2008年06月11日
執着
午前中は畑にいた。
種を蒔きすぎて多すぎるほど苗ができたトマトを、少しでも植えようと場所を作る必要に迫られた。
昨年来のネギをプランターに移してそこに植えるのが一番具合が良かった。
ネギというのは面白い。
葱坊主を取ってそのままにしておいたら、その根元から新しいネギが更新していた。
葱坊主を取ったあとは硬くなり茶色くなってるのが殆どで、それを引き剥がしたら立派なネギが残った。
これなら食べ切れなかっても問題ないので、今年のネギ苗は沢山買って植えておこうと思った。
ネギは種を蒔いて作ったこともあるが、干しネギまで育てる場所がないので、買うことにしている。
そんなことをして空けた場所にトマトは6本しか植わらなかった。
残った苗の数は70本。
おいおい、どうするんや~
昼食時に妻と、「執着」という言葉について語った。
ここ一ヶ月ほど引っかかってる言葉だが、心が思ってることが言葉にならない。
ああでもないこうでもないと言って説明しようとするのだがなかなか上手く表現できない。
「執着」とか「欲」とか、それがあると指摘されるとなにか後ろめたいような気になることはないですか?
宗教団体がよくこういう言葉を使って、人から金品を巻き上げてる気がする。
スピリチュアルな世界に入ると、このような言葉についてはかなり深く掘り下げる必要があるように感じている。
今日の妻との会話では、「執着」という言葉はネガティブな感じがするので、とりあえず「大事にする」と言うのがいいのではないかという結論になった。
全てが無常であるが、大事にする。
「欲」については語ってない。
ダライラマが、確か、欲は行動するためのモティベーションだと言ってたと思う。
なにか言い換える言葉はありませんか?
昼食後もまだ雨が降らないので、少しでも外仕事をしておこうとツツジの刈り込みをできるだけした。
それからは、日課の病院。
MKさんは、落ち着いたようだ。
とはいえ、CTでは転院時から脳は真っ黒なのでただ生きてるだけなのだが、それでもそこに価値がある。
命を大事にする。それで十分。
種を蒔きすぎて多すぎるほど苗ができたトマトを、少しでも植えようと場所を作る必要に迫られた。
昨年来のネギをプランターに移してそこに植えるのが一番具合が良かった。
ネギというのは面白い。
葱坊主を取ってそのままにしておいたら、その根元から新しいネギが更新していた。
葱坊主を取ったあとは硬くなり茶色くなってるのが殆どで、それを引き剥がしたら立派なネギが残った。
これなら食べ切れなかっても問題ないので、今年のネギ苗は沢山買って植えておこうと思った。
ネギは種を蒔いて作ったこともあるが、干しネギまで育てる場所がないので、買うことにしている。
そんなことをして空けた場所にトマトは6本しか植わらなかった。
残った苗の数は70本。
おいおい、どうするんや~
昼食時に妻と、「執着」という言葉について語った。
ここ一ヶ月ほど引っかかってる言葉だが、心が思ってることが言葉にならない。
ああでもないこうでもないと言って説明しようとするのだがなかなか上手く表現できない。
「執着」とか「欲」とか、それがあると指摘されるとなにか後ろめたいような気になることはないですか?
宗教団体がよくこういう言葉を使って、人から金品を巻き上げてる気がする。
スピリチュアルな世界に入ると、このような言葉についてはかなり深く掘り下げる必要があるように感じている。
今日の妻との会話では、「執着」という言葉はネガティブな感じがするので、とりあえず「大事にする」と言うのがいいのではないかという結論になった。
全てが無常であるが、大事にする。
「欲」については語ってない。
ダライラマが、確か、欲は行動するためのモティベーションだと言ってたと思う。
なにか言い換える言葉はありませんか?
昼食後もまだ雨が降らないので、少しでも外仕事をしておこうとツツジの刈り込みをできるだけした。
それからは、日課の病院。
MKさんは、落ち着いたようだ。
とはいえ、CTでは転院時から脳は真っ黒なのでただ生きてるだけなのだが、それでもそこに価値がある。
命を大事にする。それで十分。
2008年06月06日
干渉はペケ
Oさんの電話治療の後は、梅雨の晴れ間を逃す手はないと、畑で自家採取の種から育てたオクラの苗を定植していた。
携帯が鳴り音で妻からと分かるが、どろどろの手を洗ってたら切れた。
かけなおしたら、従姉妹のMちゃんから電話があり、老犬チャロがふらふららしいということだった。
家に戻って電話をして治療をしたら、人間なら小脳の場所に頭重感がある。
ふらふらの時に痛めたのか、右足の付け根にかなりの痛みもあった。
小脳のことを話したら前回もその辺りの凝りを指摘していたらしい。
調子が悪くなると弱いところに出るのは犬も同じでチャロちゃんはここがウイークポイントのようだ。
暫く様子を見てもらうことにして、話はお友達のOさんの話になった。
今日は冷え性だったのが感じられたので、それが治れば身体全体の血流も良くなり今の問題も軽減される可能性もあるかもしれないと伝えたが、若夫婦と最近同居されたとかを知り、それもストレスになってると思った。
何でも慣れたらそれだけのことだが、そこまでいくのに、適応能力を試される。
私も母との同居で苦労したし、慣れたらそれだけという段階までまだ行ってないので、そのストレスに関しては十分理解していると思う。
お互いが干渉するのを最低限にしたらよいのだが、親切心というものが母の場合は度を過ぎているのでお互いが気まずい思いになることが多い。
世の中の人間関係においても、この親切から出た干渉ほど困るものはない。
干渉:他人の物事に強いて立ち入り、自己の意思に従わせようとすること(広辞苑より)
話はそれるが、人が治せると分かった時、頼まれてもいないのに治したりしたことがあった。これもよくないことだと暫くして分かった。
頼まれた時だけするのが正しい。
人は何かを学ぶために病気になるとか病気から何かを学ぶとかよく書いてあるが、全くその通りだと近頃思う。
その機会を断りなく奪うのは罪とさえ言える。
治療という崇高な行為ですら相手の心を無視して干渉してはならない。
人の心は王国という。王国には土足でずかずかと入ってはいけない。
干渉はやめて提案にとどめたらどうでしょう。お互いのストレスがなくなるかも:::
(今日のブログ、まだ十分考えが練れてない内容で失礼しました。)
携帯が鳴り音で妻からと分かるが、どろどろの手を洗ってたら切れた。
かけなおしたら、従姉妹のMちゃんから電話があり、老犬チャロがふらふららしいということだった。
家に戻って電話をして治療をしたら、人間なら小脳の場所に頭重感がある。
ふらふらの時に痛めたのか、右足の付け根にかなりの痛みもあった。
小脳のことを話したら前回もその辺りの凝りを指摘していたらしい。
調子が悪くなると弱いところに出るのは犬も同じでチャロちゃんはここがウイークポイントのようだ。
暫く様子を見てもらうことにして、話はお友達のOさんの話になった。
今日は冷え性だったのが感じられたので、それが治れば身体全体の血流も良くなり今の問題も軽減される可能性もあるかもしれないと伝えたが、若夫婦と最近同居されたとかを知り、それもストレスになってると思った。
何でも慣れたらそれだけのことだが、そこまでいくのに、適応能力を試される。
私も母との同居で苦労したし、慣れたらそれだけという段階までまだ行ってないので、そのストレスに関しては十分理解していると思う。
お互いが干渉するのを最低限にしたらよいのだが、親切心というものが母の場合は度を過ぎているのでお互いが気まずい思いになることが多い。
世の中の人間関係においても、この親切から出た干渉ほど困るものはない。
干渉:他人の物事に強いて立ち入り、自己の意思に従わせようとすること(広辞苑より)
話はそれるが、人が治せると分かった時、頼まれてもいないのに治したりしたことがあった。これもよくないことだと暫くして分かった。
頼まれた時だけするのが正しい。
人は何かを学ぶために病気になるとか病気から何かを学ぶとかよく書いてあるが、全くその通りだと近頃思う。
その機会を断りなく奪うのは罪とさえ言える。
治療という崇高な行為ですら相手の心を無視して干渉してはならない。
人の心は王国という。王国には土足でずかずかと入ってはいけない。
干渉はやめて提案にとどめたらどうでしょう。お互いのストレスがなくなるかも:::
(今日のブログ、まだ十分考えが練れてない内容で失礼しました。)
2008年05月11日
考えの訂正
起床後ほどなくフランスから卵巣嚢腫が消えたMSちゃんが電話してきた。
その後のお医者さんとのやり取りを知らせてくれたのだが、消えたことについては、にや~とするだけで何の説明もなかったらしい。
その件はそれで終わり、反対側の卵巣に見つかった小さい嚢腫には薬が処方された。
卵巣に関してはそれで終わり、他の症状でおっぱいが出る問題になりそんなことが起こるのは脳下垂体に腫瘍ができてるかもしれないからとCTを撮ることになったそうだ。
小さい卵巣嚢腫をなくす薬を飲んだら耐えられないほどの副作用が出たので飲むのは止めて漢方薬を試すと言っていた。
昨日は食あたりで苦しんでいたということもあり、説明のためかけてきた電話のようだったが今一度氣を入れることにしたら脳下垂体にお願いしますと頼まれた。
それで、脳下垂体ならびに頭部全体を狙ったら、例の頭頂部ぴりぴりを感じてしまった。
MSちゃんが死ぬはずはないし、先日ブログに書いた頭ぴりぴり死亡予想説もいい加減なことのようで訂正文を書かないといけないな~なんて思いながらやっていた。
でも、じゃ~この感覚は何なんだ?という話になる。
この電話の後、終わるのを待ってたようにかかってきたYさんと話して、脳内がスパークしているというようなことが書いてある本を読んだことがあると教えてもらった。
だから、死の直前はそういうこともあるのかもしれないと思うことにした。
妻の幼馴染FSちゃんのお父さんはお医者さんや私の予想に反してまだ頑張っておられる。
ゴールデンウィークで、もっても2,3日だと思って、休みをとっていたお医者さんが現場に戻ってきてまだ88歳(訂正:これも前90歳を超えていると書いた)のおじいさんが頑張ってることにびっくりしていたらしい。
こちらも氣を送ってからまだ10日ほどで何ともいえないが、一時減ったおしっこも出てるし便も今日始めて出たそうだ。
外れたらそれはそれで嬉しいが、頭ぴりぴり死亡予想説への考えが振り出しに戻るし複雑な心境なんて言っちゃ~、駄目ですよね。
まだまだ腕も考えも未熟です。
話戻りますが、MSちゃんには、説明するのは難しいけどとにかく変な感じはなくしておいたので2,3週間みてくれる?と言って電話を切った。
電話を切る前に小さな卵巣嚢腫のことを訊かれたが、そちらの方はほとんど治療中忘れていた。申し訳ない。
氣は全体に入るからそれで効くものなら効くしということで今日は堪忍してください。
元気なYさんとの電話も終わった後、畑で昨日のズッキーニについて考えたことを試すため、出来るだけ同条件にするため、畝を伸ばし、出かけていた妻に電話して夕方さらに3本同じ店で苗を買ってきてもらった。
畝に黒マルチした所としてない所を作り、それぞれに3本ずつ植えた。
これで、受粉も受粉しないというのも試してみることができるだろう。
頑張ってます。
その後のお医者さんとのやり取りを知らせてくれたのだが、消えたことについては、にや~とするだけで何の説明もなかったらしい。
その件はそれで終わり、反対側の卵巣に見つかった小さい嚢腫には薬が処方された。
卵巣に関してはそれで終わり、他の症状でおっぱいが出る問題になりそんなことが起こるのは脳下垂体に腫瘍ができてるかもしれないからとCTを撮ることになったそうだ。
小さい卵巣嚢腫をなくす薬を飲んだら耐えられないほどの副作用が出たので飲むのは止めて漢方薬を試すと言っていた。
昨日は食あたりで苦しんでいたということもあり、説明のためかけてきた電話のようだったが今一度氣を入れることにしたら脳下垂体にお願いしますと頼まれた。
それで、脳下垂体ならびに頭部全体を狙ったら、例の頭頂部ぴりぴりを感じてしまった。
MSちゃんが死ぬはずはないし、先日ブログに書いた頭ぴりぴり死亡予想説もいい加減なことのようで訂正文を書かないといけないな~なんて思いながらやっていた。
でも、じゃ~この感覚は何なんだ?という話になる。
この電話の後、終わるのを待ってたようにかかってきたYさんと話して、脳内がスパークしているというようなことが書いてある本を読んだことがあると教えてもらった。
だから、死の直前はそういうこともあるのかもしれないと思うことにした。
妻の幼馴染FSちゃんのお父さんはお医者さんや私の予想に反してまだ頑張っておられる。
ゴールデンウィークで、もっても2,3日だと思って、休みをとっていたお医者さんが現場に戻ってきてまだ88歳(訂正:これも前90歳を超えていると書いた)のおじいさんが頑張ってることにびっくりしていたらしい。
こちらも氣を送ってからまだ10日ほどで何ともいえないが、一時減ったおしっこも出てるし便も今日始めて出たそうだ。
外れたらそれはそれで嬉しいが、頭ぴりぴり死亡予想説への考えが振り出しに戻るし複雑な心境なんて言っちゃ~、駄目ですよね。
まだまだ腕も考えも未熟です。
話戻りますが、MSちゃんには、説明するのは難しいけどとにかく変な感じはなくしておいたので2,3週間みてくれる?と言って電話を切った。
電話を切る前に小さな卵巣嚢腫のことを訊かれたが、そちらの方はほとんど治療中忘れていた。申し訳ない。
氣は全体に入るからそれで効くものなら効くしということで今日は堪忍してください。
元気なYさんとの電話も終わった後、畑で昨日のズッキーニについて考えたことを試すため、出来るだけ同条件にするため、畝を伸ばし、出かけていた妻に電話して夕方さらに3本同じ店で苗を買ってきてもらった。
畝に黒マルチした所としてない所を作り、それぞれに3本ずつ植えた。
これで、受粉も受粉しないというのも試してみることができるだろう。
頑張ってます。
2008年05月10日
Hさんとズッキーニ
朝9時ごろHさんに自分達が住んでいるところに来てもらうため電話した。
声を出すので泊まってもらってるアパートでは具合が悪い。
気になるところは少しあったが、それは肺癌に影響するものではないと思った。
バンクーバーに戻ってまずX線検査から始まり抗がん剤治療になるということだが、良くなってて欲しいと思っている。
Hさんは今日の治療後、頭がすっきりしたと言っていた。
奥さんも悪いわけではないが、なかなかお出会い出来ないのでとお土産がわりに気を昨日に続いて入れて差し上げた。
なんとなく癒着しているところがあるように思ったら、以前手術をされていてそこが癒着しているらしく、癒着体質だと言っておられた。
少しそういうことも分かるようになってきているようだ。
奥さんはJRのレールパスを持っておられるので新幹線で、Hさんは伊丹から飛行機で別行動で別府に帰られることになっていた。
どちらも京都駅まではご一緒なので迎えに行った駅まで送って差し上げた後、昼時だったので妻と中華料理店に入り薬膳粥セットを食べて帰ってきた。
またズッキーニの話で恐縮だが、Hさんは野菜作りもしているということだったので、ズッキーニを作っておられるか尋ねたら、あれは簡単でいくらでも次々できるということだった。
受粉をするのか尋ねたら、放っておいたら勝手にできるということだった。
私もバンクーバーにいた時、そう聞いたはずだったのに出来ないので諦めていたのだが、やはり気候が影響しているのかもしれない。
バンクーバーは、夏は昼間30℃以上になることもあるが、そういう時は湿度が40%近くに下がる。夜は15℃ぐらいだっただろうか。
雨が降っても、水蒸気がどんどん立ち昇って直ぐに乾く。
どうも、この湿度が受粉に影響してるように感じた。
奥さんは蜂が多いとおっしゃってたが、日本は虫の数では負けない。
湿度が低いから花粉が飛びやすいと考えたらどうだろう。それも水蒸気が立ち昇るのを見る限りでは上に飛ぶのかもしれない。
上昇気流を作ったらもしかしたら自然に受粉するかもしれないというアイデアを持ったので、黒マルチをしたらどうかと考えた。
レタスも涼しい乾燥したところのもののようで軟腐病になりやすい。
今年の収穫を待たないと何ともいえないが、レタスは黒マルチをすると成績がいいような気がしている。
黒マルチをすると保水でき地温が上がるので生育がよいのだろうが、ポリフィルムが土からの水分の蒸発を防ぎ地表近くの空中湿度に影響するとともに、土むき出しの場所より暑くなることでマルチの上は上昇気流が起こり風通しも良くなるんじゃないかと思いついたのだが、果たしてどうだろう。
これは試してみるしかない。
それで、黒マルチと土(敷き藁はOK)でズッキーニを栽培し比較試験をしてみようと思っている。
よっしゃ~、今年もまた野菜で遊ぶことができた。
声を出すので泊まってもらってるアパートでは具合が悪い。
気になるところは少しあったが、それは肺癌に影響するものではないと思った。
バンクーバーに戻ってまずX線検査から始まり抗がん剤治療になるということだが、良くなってて欲しいと思っている。
Hさんは今日の治療後、頭がすっきりしたと言っていた。
奥さんも悪いわけではないが、なかなかお出会い出来ないのでとお土産がわりに気を昨日に続いて入れて差し上げた。
なんとなく癒着しているところがあるように思ったら、以前手術をされていてそこが癒着しているらしく、癒着体質だと言っておられた。
少しそういうことも分かるようになってきているようだ。
奥さんはJRのレールパスを持っておられるので新幹線で、Hさんは伊丹から飛行機で別行動で別府に帰られることになっていた。
どちらも京都駅まではご一緒なので迎えに行った駅まで送って差し上げた後、昼時だったので妻と中華料理店に入り薬膳粥セットを食べて帰ってきた。
またズッキーニの話で恐縮だが、Hさんは野菜作りもしているということだったので、ズッキーニを作っておられるか尋ねたら、あれは簡単でいくらでも次々できるということだった。
受粉をするのか尋ねたら、放っておいたら勝手にできるということだった。
私もバンクーバーにいた時、そう聞いたはずだったのに出来ないので諦めていたのだが、やはり気候が影響しているのかもしれない。
バンクーバーは、夏は昼間30℃以上になることもあるが、そういう時は湿度が40%近くに下がる。夜は15℃ぐらいだっただろうか。
雨が降っても、水蒸気がどんどん立ち昇って直ぐに乾く。
どうも、この湿度が受粉に影響してるように感じた。
奥さんは蜂が多いとおっしゃってたが、日本は虫の数では負けない。
湿度が低いから花粉が飛びやすいと考えたらどうだろう。それも水蒸気が立ち昇るのを見る限りでは上に飛ぶのかもしれない。
上昇気流を作ったらもしかしたら自然に受粉するかもしれないというアイデアを持ったので、黒マルチをしたらどうかと考えた。
レタスも涼しい乾燥したところのもののようで軟腐病になりやすい。
今年の収穫を待たないと何ともいえないが、レタスは黒マルチをすると成績がいいような気がしている。
黒マルチをすると保水でき地温が上がるので生育がよいのだろうが、ポリフィルムが土からの水分の蒸発を防ぎ地表近くの空中湿度に影響するとともに、土むき出しの場所より暑くなることでマルチの上は上昇気流が起こり風通しも良くなるんじゃないかと思いついたのだが、果たしてどうだろう。
これは試してみるしかない。
それで、黒マルチと土(敷き藁はOK)でズッキーニを栽培し比較試験をしてみようと思っている。
よっしゃ~、今年もまた野菜で遊ぶことができた。
2008年04月30日
興味のある身体の場所
9時ごろから種でまだ蒔いてないのがあったので、それを片付けようと準備をしていたら携帯に妻が電話をしてきた。
「バンクーバーのHさんから電話があったから、5分後にかけてもらうように言ったから戻ってきてくれる?」ということだった。
Hさんは肺癌で友人からの紹介で電話治療をしていることは以前書いたが、時々電話がこのようにかかってくる。
家に戻り電話を待っていたらかかってきたので表示を見たら050で始まる電話番号だった。
Hさんの電話を待ってるのに誰だろう?困ったな~と思いながら出たらHさんだった。
「あれっ!日本に戻ってるんですか?」と、つい、まず訊いてしまった。
「はい、別府です。兄弟に挨拶に帰ってます。今までは医者が飛行機に乗ってはいけないと言うので帰れなかったんですが、近頃乗ってもいいというので会いに帰ってきました。」ということだった。
お医者さんがそういうことを言う時は良くなったか助からないかどちらかなので喜んでいいのかどうか分からないが、お声は元気そうだし、Hさんも良くなったと思ってるのだから良くなってるのだろう。
飛行機での移動はそれでも身体への負担がきついのでスポーツ飲料を機内で飲むようにアドバイスした。(以前のブログ、時差ぼけとエコノミー症候群対策を参照してください。)
それからいつものように治療をして臍の右で肝臓の下あたりの凝りのようなものがとれないのでミニホカロンをそこにつけたらどうだろうとやってもらうことにした。
その場所は、エドガー・ケーシーもひまし油温湿布をするのに勧めている場所で、もしかするとこの方法はかなりの病気に効果があるかもしれないと思っている。
鼠径部の動脈から心臓とかにカテーテルを入れるが、その通り道がその辺にあるのじゃないかと推測するのだが、一度お医者さんに尋ねてみようと思っている。
もしそうなら、そこが押さえられることで動脈の流れが悪くなって病気になることは充分考えられることだ。
すい臓がんの方にもこの辺に痛みを感じるので私が今特に興味を持ってる場所でもある。
Hさんに、せっかく日本に来られてるのだから、できたら滋賀県に来てもらって直接気を受けていただくことを考えて欲しいとお願いした。
そんな訳で、住所を尋ねられたとき、これは何か送ってくださるような気配だったが、答えないわけにはいかなかった。
それから種蒔に戻った。
オクラ、エンサイは明日蒔くように水に浸けた。
それから昨年自分で採ったパセリ、セロリと先日一度に蒔かなかったトウモロコシそれと母が昨年食用にもらったカモウリから種を採っておいたのを蒔くように頼まれていて温水に3日浸けていたのを蒔き終わった。
パセリ、セロリは今蒔くのか確かでない。カモウリは少し遅いかもしれない。まあ、いいか~。
それから妻とまたへとへとになるほど竹の子掘り。
さすがにピークは過ぎた気がする。
竹の子掘りの次は決まっている。
見ないわけにはいかない草が早く刈れとばかりに伸びている。
「バンクーバーのHさんから電話があったから、5分後にかけてもらうように言ったから戻ってきてくれる?」ということだった。
Hさんは肺癌で友人からの紹介で電話治療をしていることは以前書いたが、時々電話がこのようにかかってくる。
家に戻り電話を待っていたらかかってきたので表示を見たら050で始まる電話番号だった。
Hさんの電話を待ってるのに誰だろう?困ったな~と思いながら出たらHさんだった。
「あれっ!日本に戻ってるんですか?」と、つい、まず訊いてしまった。
「はい、別府です。兄弟に挨拶に帰ってます。今までは医者が飛行機に乗ってはいけないと言うので帰れなかったんですが、近頃乗ってもいいというので会いに帰ってきました。」ということだった。
お医者さんがそういうことを言う時は良くなったか助からないかどちらかなので喜んでいいのかどうか分からないが、お声は元気そうだし、Hさんも良くなったと思ってるのだから良くなってるのだろう。
飛行機での移動はそれでも身体への負担がきついのでスポーツ飲料を機内で飲むようにアドバイスした。(以前のブログ、時差ぼけとエコノミー症候群対策を参照してください。)
それからいつものように治療をして臍の右で肝臓の下あたりの凝りのようなものがとれないのでミニホカロンをそこにつけたらどうだろうとやってもらうことにした。
その場所は、エドガー・ケーシーもひまし油温湿布をするのに勧めている場所で、もしかするとこの方法はかなりの病気に効果があるかもしれないと思っている。
鼠径部の動脈から心臓とかにカテーテルを入れるが、その通り道がその辺にあるのじゃないかと推測するのだが、一度お医者さんに尋ねてみようと思っている。
もしそうなら、そこが押さえられることで動脈の流れが悪くなって病気になることは充分考えられることだ。
すい臓がんの方にもこの辺に痛みを感じるので私が今特に興味を持ってる場所でもある。
Hさんに、せっかく日本に来られてるのだから、できたら滋賀県に来てもらって直接気を受けていただくことを考えて欲しいとお願いした。
そんな訳で、住所を尋ねられたとき、これは何か送ってくださるような気配だったが、答えないわけにはいかなかった。
それから種蒔に戻った。
オクラ、エンサイは明日蒔くように水に浸けた。
それから昨年自分で採ったパセリ、セロリと先日一度に蒔かなかったトウモロコシそれと母が昨年食用にもらったカモウリから種を採っておいたのを蒔くように頼まれていて温水に3日浸けていたのを蒔き終わった。
パセリ、セロリは今蒔くのか確かでない。カモウリは少し遅いかもしれない。まあ、いいか~。
それから妻とまたへとへとになるほど竹の子掘り。
さすがにピークは過ぎた気がする。
竹の子掘りの次は決まっている。
見ないわけにはいかない草が早く刈れとばかりに伸びている。
タグ :種蒔
2008年04月09日
また骨盤底筋!
朝9時前にやっと馴れた野良猫に餌をやってその足でなんとなく苗を見ようとしたのか畑に行って戻ってきたら、玄関近くで妻が「今戻ってきました」と言ってるのが聞こえた。
私に電話かな?と思いながら入ったら、「シアトルの方から」と受話器を渡された。
あ~先日バンクーバーのMさん紹介のNさんだと分かり、事情を話してもらった。
歯のこともあったが、他にも子宮癌を心配された経緯があった。
暫く説明を受けては答えていたが、やはりまずは診てからがよいと思い電話治療をすることにした。
ぐらついてる歯が助かるかどうかはともかくとして、口角の右から上の頬までの筋肉が痺れてるような感じがあり上唇全体にぎこちない動きを感じた。上の奥歯の歯茎にも違和感を感じたのでその辺の血行が悪かったように思う。
おもしろいことに骨盤底筋に先日横浜の方を診たときと同じような感じを持ったのだが、横浜の方ほどではないが緊張していたのと股の付け根特に左の筋が痛がっていた。(電話を切ってから右の付け根の筋も痛がってたことも分かった。)全体的に下腹部が冷えていたが、横浜の方と同様、足が冷えてるとは感じなかった。
治療が終わって感じたことを言ったのだが、足は冷え性だったのが近頃あまり感じなくなってたということだったが、どうも足からの静脈血の戻りが悪いから末端が火照る状態になっているからだろうと私の見解を述べさせてもらった。(これは「身体への関心」という題で以前に書いた。興味のある方はブログ内検索で調べて読んでみてください。)
横浜の方の場合、このほてりが足の筋肉を緩めすぎ力が入らなくなったとも考えられる。
まだ二例だが、骨盤底筋の緊張は下腹部の血行を悪くもするし足の血行もついでに悪くするのかもしれない。
場所的に、女性なら子宮に、男性なら前立腺の問題に骨盤底筋の緊張が関係している可能性もあるんじゃないかと思いついたが、そんなに上手い具合に治療の機会は来ないし、いずれまた結論を書ける日の来ることを今は祈っておこう。
それにしても立て続けによくも同様の感覚の症状を提示してもらったと神の配剤に感じ入るばかりだ。
MNさんにはまた2週間後にお電話をいただくことにした。
私に電話かな?と思いながら入ったら、「シアトルの方から」と受話器を渡された。
あ~先日バンクーバーのMさん紹介のNさんだと分かり、事情を話してもらった。
歯のこともあったが、他にも子宮癌を心配された経緯があった。
暫く説明を受けては答えていたが、やはりまずは診てからがよいと思い電話治療をすることにした。
ぐらついてる歯が助かるかどうかはともかくとして、口角の右から上の頬までの筋肉が痺れてるような感じがあり上唇全体にぎこちない動きを感じた。上の奥歯の歯茎にも違和感を感じたのでその辺の血行が悪かったように思う。
おもしろいことに骨盤底筋に先日横浜の方を診たときと同じような感じを持ったのだが、横浜の方ほどではないが緊張していたのと股の付け根特に左の筋が痛がっていた。(電話を切ってから右の付け根の筋も痛がってたことも分かった。)全体的に下腹部が冷えていたが、横浜の方と同様、足が冷えてるとは感じなかった。
治療が終わって感じたことを言ったのだが、足は冷え性だったのが近頃あまり感じなくなってたということだったが、どうも足からの静脈血の戻りが悪いから末端が火照る状態になっているからだろうと私の見解を述べさせてもらった。(これは「身体への関心」という題で以前に書いた。興味のある方はブログ内検索で調べて読んでみてください。)
横浜の方の場合、このほてりが足の筋肉を緩めすぎ力が入らなくなったとも考えられる。
まだ二例だが、骨盤底筋の緊張は下腹部の血行を悪くもするし足の血行もついでに悪くするのかもしれない。
場所的に、女性なら子宮に、男性なら前立腺の問題に骨盤底筋の緊張が関係している可能性もあるんじゃないかと思いついたが、そんなに上手い具合に治療の機会は来ないし、いずれまた結論を書ける日の来ることを今は祈っておこう。
それにしても立て続けによくも同様の感覚の症状を提示してもらったと神の配剤に感じ入るばかりだ。
MNさんにはまた2週間後にお電話をいただくことにした。
2008年04月07日
骨盤底筋
昨日ブログが長くなりすぎると思って書かなかった横浜の方の症状は、急に足に力が入らなくなって歩けなくなり食欲もなくなり尿漏れもするようになられたということだった。
お医者さんに診てもらわれたのかどうか訊かなかったので分からないが、私の診立ては骨盤底筋が痙攣したというものだった。
骨盤底筋とは骨盤の下部にあるそうで先日NHKの「ためしてガッテン」で取り上げられたのでご存知の方も多いと思う。
私は、父の病院で再放送をちらっと見ただけではっきり放送の内容は知らないが、その骨盤底筋という単語と場所とそれが緩むと尿失禁になるということをその時知った。
上に書いた通り、「ためしてガッテン」ではこの骨盤底筋が緩むことによって尿失禁が起こると放送していたが、横浜の方の場合は反対に筋肉が縮むことで問題が起こっていたとしか思えなかった。
不思議なことに腹部だけに陰気がこもって血流が悪いと感じた。足は何も感じなかった。
緩むだけなら尿失禁ですむところだが、痙攣で筋肉が縮んだことによってどのようにかは分からないが足にいく静脈か神経を押さえたのかも知れない。
妻が友達とピラテスを習いに行ってたとき、骨盤底筋を鍛える運動をさせられたのだが、その後友達は原因が分からない下腹の症状に悩むことになり心配になって病院に検査に行ったことがある。
妻からその話を聞いて、頼まれたわけではないが私の友達でもあるのでイメージを使って遠隔で調べてみたら骨盤底筋が緊張しているのを感じた。
その当時は骨盤底筋などという単語を知らないので、妻に「蟻の門渡り」の部分の筋肉が縮んでいたから治しておいたと説明したことを憶えている。
40代後半からは筋肉を鍛える時は縮んで戻らなくなる可能性があることを肝に銘じて無理しないことだと思う。
横浜の方には、治るのを早めるのにその部分にひまし油を塗ることを勧めた。
NHKのことも話したが、確か放送でその筋肉を鍛えるといってたのを思い出し鍛えたらまた縮むかもしれないし、あれっ!どうしたらいいのだろうとちょっとパニックのように思考がなりはっきりお伝えしなかったかもしれない。
鍛える(柔軟性を保つ)のは大事だし歳相応にしたほうがよいと思うが、鍛えた後、運動で筋肉を鍛えた時のようにその場所をマッサージするかひまし油を塗ってほぐしておくのが大事かもしれない。
足に力が入らなくなり尿漏れを起こすというようなことが起こったら、骨盤底筋の痙攣が原因かもしれないと疑ってみたらよいかもしれない。
お医者さんに診てもらわれたのかどうか訊かなかったので分からないが、私の診立ては骨盤底筋が痙攣したというものだった。
骨盤底筋とは骨盤の下部にあるそうで先日NHKの「ためしてガッテン」で取り上げられたのでご存知の方も多いと思う。
私は、父の病院で再放送をちらっと見ただけではっきり放送の内容は知らないが、その骨盤底筋という単語と場所とそれが緩むと尿失禁になるということをその時知った。
上に書いた通り、「ためしてガッテン」ではこの骨盤底筋が緩むことによって尿失禁が起こると放送していたが、横浜の方の場合は反対に筋肉が縮むことで問題が起こっていたとしか思えなかった。
不思議なことに腹部だけに陰気がこもって血流が悪いと感じた。足は何も感じなかった。
緩むだけなら尿失禁ですむところだが、痙攣で筋肉が縮んだことによってどのようにかは分からないが足にいく静脈か神経を押さえたのかも知れない。
妻が友達とピラテスを習いに行ってたとき、骨盤底筋を鍛える運動をさせられたのだが、その後友達は原因が分からない下腹の症状に悩むことになり心配になって病院に検査に行ったことがある。
妻からその話を聞いて、頼まれたわけではないが私の友達でもあるのでイメージを使って遠隔で調べてみたら骨盤底筋が緊張しているのを感じた。
その当時は骨盤底筋などという単語を知らないので、妻に「蟻の門渡り」の部分の筋肉が縮んでいたから治しておいたと説明したことを憶えている。
40代後半からは筋肉を鍛える時は縮んで戻らなくなる可能性があることを肝に銘じて無理しないことだと思う。
横浜の方には、治るのを早めるのにその部分にひまし油を塗ることを勧めた。
NHKのことも話したが、確か放送でその筋肉を鍛えるといってたのを思い出し鍛えたらまた縮むかもしれないし、あれっ!どうしたらいいのだろうとちょっとパニックのように思考がなりはっきりお伝えしなかったかもしれない。
鍛える(柔軟性を保つ)のは大事だし歳相応にしたほうがよいと思うが、鍛えた後、運動で筋肉を鍛えた時のようにその場所をマッサージするかひまし油を塗ってほぐしておくのが大事かもしれない。
足に力が入らなくなり尿漏れを起こすというようなことが起こったら、骨盤底筋の痙攣が原因かもしれないと疑ってみたらよいかもしれない。
2008年04月04日
早起きは三文の徳
昨日に続いてまた5時起き。これにも慣れた。
人間というのは直ぐにどんな状況にも慣れるものだ。
だが、変化することを嫌う。
何時までも今の状態でいたいと思ってもそれはお釈迦さんが「常あること無し」と言っている。早起きというような小さな生活の変化から無常という言葉を思い出した。
ウィキペディアからの抜粋:
釈尊が成道して悟った時、衆生の多くは人間世界のこの世が、無常であるのに常と見て、苦に満ちているのに楽と考え、人間本位の自我は無我であるのに我があると考え、不浄なものを浄らかだと見なしていた。これを四顛倒(してんどう=さかさまな見方)という。
無常ということからガソリンの暫定税率をなんとか維持しようと思ってる自民・公明党のことが脳裏をよぎった。
私は月一か多くて二しかガソリンを入れないのであまり関係ないが、ガソリンの安くなったのを喜ぶ庶民の感情を無視して再度数の力を頼み元に戻そうとする自民・公明党の代議士先生、無常ということをもう少し考えて、知恵をだしたらどうですか?
国民生活が楽になるときまで道路を造るのを抑えるのも考えられるし、道路が早急にいるんだったら消費税を上げるのも一法だし、国防費を削減する事だって考えられる。
そんなに頭を使わないんだったら郵政民営化を国民に問うたように暫定税率も総選挙で問うてみたらと言いたくもなる。
予算がないならないなりに何を優先させるかを考えたらどうなんだろうと思うんだけど・・・
行政はよく、これはあくまでも予算ですから、と言うではないか。その予算がなくなったんだからどうするの?というだけのこと。民間企業なら予算どおりに儲からないのは日常茶飯事と言ってもいい。
民主党の小沢党首が言ってるように、国民は混乱していないと思う。
蔵出し税だって書類上の処理だけで何とかなるはずなのに、どうして古い在庫を安く売ったら損するという考え方しか出てこないのか不思議で仕方がない。在庫を返品するというのは商売の常道で書類上ですればいいことじゃないんだろうか。
私の頭が悪いのか、政治や経済で分からないことが多すぎる。
それにしても2週間前に比べて随分と明るい。
5時半ともなると小鳥たちが活動を始めている。
まだ少し薄暗いし、あれっ!鳥って鳥目じゃなかったっけ?
気になって調べてみました。
ニワトリを除き、人間並みかそれ以上に見えるそうです。
トリメ=鳥目ではなく、トリメ=鶏目というのが正しいようです。
いろんなことを考えたり知ったり、早起きは三文の徳でした。
人間というのは直ぐにどんな状況にも慣れるものだ。
だが、変化することを嫌う。
何時までも今の状態でいたいと思ってもそれはお釈迦さんが「常あること無し」と言っている。早起きというような小さな生活の変化から無常という言葉を思い出した。
ウィキペディアからの抜粋:
釈尊が成道して悟った時、衆生の多くは人間世界のこの世が、無常であるのに常と見て、苦に満ちているのに楽と考え、人間本位の自我は無我であるのに我があると考え、不浄なものを浄らかだと見なしていた。これを四顛倒(してんどう=さかさまな見方)という。
無常ということからガソリンの暫定税率をなんとか維持しようと思ってる自民・公明党のことが脳裏をよぎった。
私は月一か多くて二しかガソリンを入れないのであまり関係ないが、ガソリンの安くなったのを喜ぶ庶民の感情を無視して再度数の力を頼み元に戻そうとする自民・公明党の代議士先生、無常ということをもう少し考えて、知恵をだしたらどうですか?
国民生活が楽になるときまで道路を造るのを抑えるのも考えられるし、道路が早急にいるんだったら消費税を上げるのも一法だし、国防費を削減する事だって考えられる。
そんなに頭を使わないんだったら郵政民営化を国民に問うたように暫定税率も総選挙で問うてみたらと言いたくもなる。
予算がないならないなりに何を優先させるかを考えたらどうなんだろうと思うんだけど・・・
行政はよく、これはあくまでも予算ですから、と言うではないか。その予算がなくなったんだからどうするの?というだけのこと。民間企業なら予算どおりに儲からないのは日常茶飯事と言ってもいい。
民主党の小沢党首が言ってるように、国民は混乱していないと思う。
蔵出し税だって書類上の処理だけで何とかなるはずなのに、どうして古い在庫を安く売ったら損するという考え方しか出てこないのか不思議で仕方がない。在庫を返品するというのは商売の常道で書類上ですればいいことじゃないんだろうか。
私の頭が悪いのか、政治や経済で分からないことが多すぎる。
それにしても2週間前に比べて随分と明るい。
5時半ともなると小鳥たちが活動を始めている。
まだ少し薄暗いし、あれっ!鳥って鳥目じゃなかったっけ?
気になって調べてみました。
ニワトリを除き、人間並みかそれ以上に見えるそうです。
トリメ=鳥目ではなく、トリメ=鶏目というのが正しいようです。
いろんなことを考えたり知ったり、早起きは三文の徳でした。
2008年04月01日
アトピー性皮膚炎で思いついたこと
昨日5時に丁度二週間前に治療したアトピーのお子さんを持つお母さんから電話があった。
二週間後にもう一度治療してみようと提案してたので電話をいただいたのだが、結果は喜んでよいものだった。
例年なら6月中旬から治りかけるのが、もう治り始めているらしい。
もう一度治療を始めたらやはり前回指摘したお臍の少し右外から下に10センチほど筋肉の凝りを感じた。
前回はいろんな痛みがあったが、それは消えていた。
今回はっきりと感じたのは横隔膜を境に上と下で陽気と陰気に分かれていた。これは私が過去に小児喘息を治していたとき感じた状態で、このように気が上下で陰陽に分かれていた子がいたので、やはり直感的に以前お母さんにその可能性を指摘したのは間違ってなかったようだ。
ついでに言っておくが、小児喘息には身体全体が陰気のときと今回のように横隔膜で陰陽に分かれていた二通りを今までのところ経験している。昔のことなので、陽気と陰気のどちらが上か下かまでは憶えていないので同じというには少し正確ではない。
これは憶測にすぎないが、この子の場合その小児喘息の状態の気に筋肉の硬直が加わったので、現れる症状が違うのかもしれないと考えられる。
お母さんと治療を終わった後、エドガー・ケーシーの療法であるひまし油をその硬直部分に塗ることをお勧めして、今一度二週間後に電話していただくよう言った。
お母さんとお電話している時、Mさん一家が私のためにわざわざ沖縄旅行のお土産を持ってきてくださった。
電話を終わってからMさんに、今までこんな風なアトピーの治療をしてました、とお話したら興味深い話をしていただいた。
知り合いのお子さんがまさに同じようなアトピーで原因が分からず、ステロイドで抑えているようだということだった。
Mさんの娘さんのAちゃんはスティーブンス・ジョンソン症候群だがアレルギー反応だし、Aちゃんも今回のアトピーの女の子も後ろに反るのが苦手なようだし何かそこに原因はないかと考えた。
Mさんと話しながら、もしかすると車のシートの形状や遊びが今はゲームが多いということによる猫背的な生活にあるのかもしれないと思うようになった。
そういえば、我々の子供のときは背筋を真っ直ぐ伸ばして座るように躾けられたものだ。
車も今のシートのようにバケットシートのような背中が自然に丸くなるようなシートではなかったし第一車に乗ることは本当に少なかった。
遊びもジャングルジムとかブランコとか自然と均等に身体を発達させる遊びが殆どだったが、今は背中を丸めてテレビの前に座り親指ばっかり使うゲームが殆どだ。
ちなみに親指ばっかり使っていると不器用で利己主義になることは書いたかもしれないがそんな悪影響もある。
原因の分からないアトピーでお困りの方は、そんなこともあるかもしれないとお子さんを観察して見られたらどうだろう。
ところでMさんからいただいた泡盛の古酒は治療のため今晩になったが、奥さんがモンゴル産かのピンク色の塩をしたという島ラッキョウはことのほか美味だった。
あれっ、泡盛のために島ラッキョウを残しておいたか心配になってきた。
最後になりましたが、Mさん、遠いところから珍しいものを本当にありがとうございました。
二週間後にもう一度治療してみようと提案してたので電話をいただいたのだが、結果は喜んでよいものだった。
例年なら6月中旬から治りかけるのが、もう治り始めているらしい。
もう一度治療を始めたらやはり前回指摘したお臍の少し右外から下に10センチほど筋肉の凝りを感じた。
前回はいろんな痛みがあったが、それは消えていた。
今回はっきりと感じたのは横隔膜を境に上と下で陽気と陰気に分かれていた。これは私が過去に小児喘息を治していたとき感じた状態で、このように気が上下で陰陽に分かれていた子がいたので、やはり直感的に以前お母さんにその可能性を指摘したのは間違ってなかったようだ。
ついでに言っておくが、小児喘息には身体全体が陰気のときと今回のように横隔膜で陰陽に分かれていた二通りを今までのところ経験している。昔のことなので、陽気と陰気のどちらが上か下かまでは憶えていないので同じというには少し正確ではない。
これは憶測にすぎないが、この子の場合その小児喘息の状態の気に筋肉の硬直が加わったので、現れる症状が違うのかもしれないと考えられる。
お母さんと治療を終わった後、エドガー・ケーシーの療法であるひまし油をその硬直部分に塗ることをお勧めして、今一度二週間後に電話していただくよう言った。
お母さんとお電話している時、Mさん一家が私のためにわざわざ沖縄旅行のお土産を持ってきてくださった。
電話を終わってからMさんに、今までこんな風なアトピーの治療をしてました、とお話したら興味深い話をしていただいた。
知り合いのお子さんがまさに同じようなアトピーで原因が分からず、ステロイドで抑えているようだということだった。
Mさんの娘さんのAちゃんはスティーブンス・ジョンソン症候群だがアレルギー反応だし、Aちゃんも今回のアトピーの女の子も後ろに反るのが苦手なようだし何かそこに原因はないかと考えた。
Mさんと話しながら、もしかすると車のシートの形状や遊びが今はゲームが多いということによる猫背的な生活にあるのかもしれないと思うようになった。
そういえば、我々の子供のときは背筋を真っ直ぐ伸ばして座るように躾けられたものだ。
車も今のシートのようにバケットシートのような背中が自然に丸くなるようなシートではなかったし第一車に乗ることは本当に少なかった。
遊びもジャングルジムとかブランコとか自然と均等に身体を発達させる遊びが殆どだったが、今は背中を丸めてテレビの前に座り親指ばっかり使うゲームが殆どだ。
ちなみに親指ばっかり使っていると不器用で利己主義になることは書いたかもしれないがそんな悪影響もある。
原因の分からないアトピーでお困りの方は、そんなこともあるかもしれないとお子さんを観察して見られたらどうだろう。
ところでMさんからいただいた泡盛の古酒は治療のため今晩になったが、奥さんがモンゴル産かのピンク色の塩をしたという島ラッキョウはことのほか美味だった。
あれっ、泡盛のために島ラッキョウを残しておいたか心配になってきた。
最後になりましたが、Mさん、遠いところから珍しいものを本当にありがとうございました。
2008年02月10日
丁半博打としか・・・
朝起き掛けにカナダの友人Yさんが電話してきた。
4日ほど前カナダから電話で相談を受けたのだが、その内容というのが難しいことだった。
お父さんが、危篤状態で病院に運ばれたが、88歳という高齢なので、人工呼吸器を着けたほうがよいのかどうかということだった。
お医者さんは、70歳台だったら躊躇せず装着するのだが、ご高齢ということを考えるとどうするかはご家族で決めて欲しいと判断を任せたので、日本にいる妹さんが姉であるYさんに聞いてきたらしい。
Yさんは、私の父のことを知ってるので尋ねてきたのだが、父の場合お医者さんが着けても助からないと思ってた節はあるものの、自分の判断で装着してくれたので、家族がどうしようと悩むことがなかった。
妻のお父さんの時も、人工呼吸器を着けたときがあったが、それは鎮静剤投与の失敗のようなもので、それまで元気にされてたから着けるのが自然の流れだった。
ただ、胸水を抜くと調子が悪くなるのでその管を抜いてもらおうとしたとき、抜くと胸水が溜まって心臓を圧迫して亡くなる可能性が高いがどうします、と判断を任されたときがあった。
この時も、悩んだ。
医療について素人判断をするというのは、それも死ぬ可能性があると言われてするのは、悩むというより苦しい。殆どの場合、お医者さんが考えるようにしてください、と分からないことだから考えることから逃げるだろう。
妻の父の場合は、人間の身体はそんなことぐらいでは死なないと私の気にかけることにして管を抜いたが、どのお医者さんの言葉も悪い選択をしたといった風に感じられたほどのことだった。
この結果は私の判断が正しく、一年半後ぐらいに老衰のように静かに息を引き取るまで、お医者さんが生きてるのが不思議という顔を定期検診で病院に行くたびにしていたが、自分の思った結果と違うのでなんにもそれについてはコメントもなかった。
私は、素人だが多くの末期の患者さんを見てきたので、まだ一般の方よりはよく知っていると思うが、それでもどうしたらよいか答えはない。気で治りますと言えれば悩まないのだが、そんなことがあれば誰も死なない。
ただ、私の父もまだ生きているし、妻のお父さんもお医者さんの予想に反して生きていた。
二人とも、いわゆる延命処置というようなことにはなってない。
そんな可能性もあるが、実際世の中には延命処置の方も多いし、どう答えていいか分からなくなる。
始めから答えが分かっていたら悩まないが、延命処置になるか、かなりのとこまで治るかは出たとこ勝負、まるで丁半博打と変わらない。
Yさんには、常識的だが、装着を勧めた。私がからめるので延命処置にならないと思うことにした。
お父さんがそんな場合のことを意思表示していなかったというミスにつけ込み、こちらの言い訳は立つ。Yさんもとにかく生きてるお父さんに会える。もしかすると治る可能性もある。お父さんにとっては、残されたものが世話をしたと納得するための、最後のお勤めでもあるかもしれない。病院に運ばれた以上は、見殺しにはしにくい。私の父を見ていると、今の状態は辛いようでもないし受け入れているようだ。
そんないろんなことを言って、着ける方を勧めた。
日本に戻ってきたYさんの電話によると、意識が戻ったとき、お父さんはそんなことをしたことに怒っているようだったらしいが、ICU内のラジオの音がうるさいとか他にも気に入らないことを書いたりされてるとのことだ。
私は、以前一度お父さんに気を送ったことがあるので、カナダから一報をもらったときイメージで送り始めたが、頭頂がびりびりして開く感じをもった。其処が開くと駄目なような気がして、閉じるように送ったのだが、これは初めての経験だった。それで、お父さんの命がつながったかどうかは分からないが、もしそうならお父さんには余計なことをしてと叱られることだろう。
私としては、忘れてはならないと思える貴重な経験をさせていただいたので、お礼が言いたい。
4日ほど前カナダから電話で相談を受けたのだが、その内容というのが難しいことだった。
お父さんが、危篤状態で病院に運ばれたが、88歳という高齢なので、人工呼吸器を着けたほうがよいのかどうかということだった。
お医者さんは、70歳台だったら躊躇せず装着するのだが、ご高齢ということを考えるとどうするかはご家族で決めて欲しいと判断を任せたので、日本にいる妹さんが姉であるYさんに聞いてきたらしい。
Yさんは、私の父のことを知ってるので尋ねてきたのだが、父の場合お医者さんが着けても助からないと思ってた節はあるものの、自分の判断で装着してくれたので、家族がどうしようと悩むことがなかった。
妻のお父さんの時も、人工呼吸器を着けたときがあったが、それは鎮静剤投与の失敗のようなもので、それまで元気にされてたから着けるのが自然の流れだった。
ただ、胸水を抜くと調子が悪くなるのでその管を抜いてもらおうとしたとき、抜くと胸水が溜まって心臓を圧迫して亡くなる可能性が高いがどうします、と判断を任されたときがあった。
この時も、悩んだ。
医療について素人判断をするというのは、それも死ぬ可能性があると言われてするのは、悩むというより苦しい。殆どの場合、お医者さんが考えるようにしてください、と分からないことだから考えることから逃げるだろう。
妻の父の場合は、人間の身体はそんなことぐらいでは死なないと私の気にかけることにして管を抜いたが、どのお医者さんの言葉も悪い選択をしたといった風に感じられたほどのことだった。
この結果は私の判断が正しく、一年半後ぐらいに老衰のように静かに息を引き取るまで、お医者さんが生きてるのが不思議という顔を定期検診で病院に行くたびにしていたが、自分の思った結果と違うのでなんにもそれについてはコメントもなかった。
私は、素人だが多くの末期の患者さんを見てきたので、まだ一般の方よりはよく知っていると思うが、それでもどうしたらよいか答えはない。気で治りますと言えれば悩まないのだが、そんなことがあれば誰も死なない。
ただ、私の父もまだ生きているし、妻のお父さんもお医者さんの予想に反して生きていた。
二人とも、いわゆる延命処置というようなことにはなってない。
そんな可能性もあるが、実際世の中には延命処置の方も多いし、どう答えていいか分からなくなる。
始めから答えが分かっていたら悩まないが、延命処置になるか、かなりのとこまで治るかは出たとこ勝負、まるで丁半博打と変わらない。
Yさんには、常識的だが、装着を勧めた。私がからめるので延命処置にならないと思うことにした。
お父さんがそんな場合のことを意思表示していなかったというミスにつけ込み、こちらの言い訳は立つ。Yさんもとにかく生きてるお父さんに会える。もしかすると治る可能性もある。お父さんにとっては、残されたものが世話をしたと納得するための、最後のお勤めでもあるかもしれない。病院に運ばれた以上は、見殺しにはしにくい。私の父を見ていると、今の状態は辛いようでもないし受け入れているようだ。
そんないろんなことを言って、着ける方を勧めた。
日本に戻ってきたYさんの電話によると、意識が戻ったとき、お父さんはそんなことをしたことに怒っているようだったらしいが、ICU内のラジオの音がうるさいとか他にも気に入らないことを書いたりされてるとのことだ。
私は、以前一度お父さんに気を送ったことがあるので、カナダから一報をもらったときイメージで送り始めたが、頭頂がびりびりして開く感じをもった。其処が開くと駄目なような気がして、閉じるように送ったのだが、これは初めての経験だった。それで、お父さんの命がつながったかどうかは分からないが、もしそうならお父さんには余計なことをしてと叱られることだろう。
私としては、忘れてはならないと思える貴重な経験をさせていただいたので、お礼が言いたい。
2008年01月10日
秘訣あれこれ
京都で、仕事でお世話になっている社長と昼食することになってたので、秘書というか書類持ちをしてくれる妻と十時に車で家を出た。
昼食は、今出川寺町下がったところにある、親友の後輩がやっている、以前にも書いたリンデンバームに行くことになっていた。
妻と一緒に出かけたのは、妻の好きなそこに連れていくのも一つの理由である。やはり、仲良くするには同じ釜の飯を食べないといけない。何かに書いていたが、そうすると呼吸が一緒になるから気がかようとかいうことだ。近頃、家庭崩壊が取りざたされるが、一緒に食べることをおろそかにしていることも原因しているのかもしれない。
オーナーのHさんに、前々から大根ができたら持ってくると言ってたので、朝から畑に行って大きなところを3本引いて洗って用意した。それと美味しくできたヤマモモ酒も飲んでもらうことにした。
大きな仕事をしている社長には、恐れ多いことながら、厚かましくも毎回頼んでいる書類作りを気持ちよく引き受けてくださるので、昼食は一緒にするものの何か持参しようと、イチゴ大福を持っていくことにして、出発してからまずそれを買いに行った。
会社に着いてからお昼まで社長と話をしていた。
暫く行かない間に会社は模様替えがされていた。
社長にお世話になりだした当初から親しくしている中国人で社員のエンさんが言うには、近頃社長が付き合う人に偉い人が多くなり今までのごちゃごちゃした事務所では格好が悪いと、年末に社長が模様替えを頼んだということだった。
そんなことで話題はその話になったのだが、日本の大きな会社もそうですけど~、近頃中国に仕事で行っていると向こうの社長はそら~贅沢なもんで、わしの会社にも寄せてもらうと言うよるんで来たら格好悪いと思いましてな~、ということで模様替えとなったらしい。
実際カナダでも、私が関係したところなんか知れたものだが、会計士でも弁護士でも、小奇麗にしつらえた入口の部屋に明るい愛想のよい女性の受付嬢が居て応対をしてくれることから始まった。
そして、お目当ての相手が出てきて各自の部屋に連れて行ってくれるのだが、其処は眼下にダウンタウンを一望できるような部屋になっている。
それで、長らく頼んでいた会計士の場合、出世して儲けているということが分かるというものだった。
卵が先か、鶏が先かという話のようだが、テレビドラマでは金持ちの家庭はあまり物を置かずにすっきりとした背景にし、窮乏している家庭のシーンはごちゃごちゃと物を置くのが決まりらしい。だから、逆もありえると思っている。すっきりとしたところで生活していると、金持ちとまでは行かないまでも苦労しないとか、すっきりとした事務所だと商売は上手く行くとかあるかもしれない。
そんな考えもあって、カナダで友達の会社の経営コンサルタントのようなことを頼まれた時、まずそれから直した。自分の生活にもそれを心がけている。
ということで、社長はますます金持ちになる気がする。
しみったれた話の多い田舎から出て、久しぶりに景気のよい社長の話を聞いて何か元気をもらった気がした。
社長と別れた後、妻と四条通を歩いたが、京都の町は活気にあふれているように映った。
昼食は、今出川寺町下がったところにある、親友の後輩がやっている、以前にも書いたリンデンバームに行くことになっていた。
妻と一緒に出かけたのは、妻の好きなそこに連れていくのも一つの理由である。やはり、仲良くするには同じ釜の飯を食べないといけない。何かに書いていたが、そうすると呼吸が一緒になるから気がかようとかいうことだ。近頃、家庭崩壊が取りざたされるが、一緒に食べることをおろそかにしていることも原因しているのかもしれない。
オーナーのHさんに、前々から大根ができたら持ってくると言ってたので、朝から畑に行って大きなところを3本引いて洗って用意した。それと美味しくできたヤマモモ酒も飲んでもらうことにした。
大きな仕事をしている社長には、恐れ多いことながら、厚かましくも毎回頼んでいる書類作りを気持ちよく引き受けてくださるので、昼食は一緒にするものの何か持参しようと、イチゴ大福を持っていくことにして、出発してからまずそれを買いに行った。
会社に着いてからお昼まで社長と話をしていた。
暫く行かない間に会社は模様替えがされていた。
社長にお世話になりだした当初から親しくしている中国人で社員のエンさんが言うには、近頃社長が付き合う人に偉い人が多くなり今までのごちゃごちゃした事務所では格好が悪いと、年末に社長が模様替えを頼んだということだった。
そんなことで話題はその話になったのだが、日本の大きな会社もそうですけど~、近頃中国に仕事で行っていると向こうの社長はそら~贅沢なもんで、わしの会社にも寄せてもらうと言うよるんで来たら格好悪いと思いましてな~、ということで模様替えとなったらしい。
実際カナダでも、私が関係したところなんか知れたものだが、会計士でも弁護士でも、小奇麗にしつらえた入口の部屋に明るい愛想のよい女性の受付嬢が居て応対をしてくれることから始まった。
そして、お目当ての相手が出てきて各自の部屋に連れて行ってくれるのだが、其処は眼下にダウンタウンを一望できるような部屋になっている。
それで、長らく頼んでいた会計士の場合、出世して儲けているということが分かるというものだった。
卵が先か、鶏が先かという話のようだが、テレビドラマでは金持ちの家庭はあまり物を置かずにすっきりとした背景にし、窮乏している家庭のシーンはごちゃごちゃと物を置くのが決まりらしい。だから、逆もありえると思っている。すっきりとしたところで生活していると、金持ちとまでは行かないまでも苦労しないとか、すっきりとした事務所だと商売は上手く行くとかあるかもしれない。
そんな考えもあって、カナダで友達の会社の経営コンサルタントのようなことを頼まれた時、まずそれから直した。自分の生活にもそれを心がけている。
ということで、社長はますます金持ちになる気がする。
しみったれた話の多い田舎から出て、久しぶりに景気のよい社長の話を聞いて何か元気をもらった気がした。
社長と別れた後、妻と四条通を歩いたが、京都の町は活気にあふれているように映った。
2007年11月02日
ボツリヌス菌の毒?
知人が眼瞼下垂にボツリヌス菌の毒を注射してもらったが、それを聞いておかしいんじゃないかと思っている。
これ(ボトックス)を知ったのはカナダで見たテレビ番組が最初だった。
眉間に縦皺が刻まれたように入っている人にボツリヌス菌毒を打つと皺が取れ、その結果精神的にも穏やかになり、日常生活を幸せに送れるようになったと医師と患者本人がテレビで話していた。
これはなかなか面白い要素を含んだ話だと思った。
精神と肉体は表裏一体の関係にあるとよく言うが、皺が無くなるだけで精神に良い結果をそんなにも早くもたらすのは一体どうしてかと考えてしまう。
体が健康であるには、私は、筋肉のバランスと萎縮を主眼に置いている。その結果静脈が押さえられ血行が悪くなり、さまざまな症状として現れているのが大半の病だと考えている。
眉間に皺を寄せるにはかなり多くの顔の筋肉を使い、頭の自然な血行を偏らせると思う。そして、脳に作用してマイナスに作用する化学物質が出て精神的に問題が出ると考えたら、自然な血行を取り戻すのに眉間の皺を伸ばすことで治ると考えられないだろうか。
顔の筋肉の使い方で脳に作用できると思ってることに、真言がある。
般若心経の真言は、最後の部分にある。
ガテー ガテー パーラガテー パーラサンガテー ボーディ スヴァーハー
また修験者から弘法大師が若い時教えてもらった記憶に関する真言(虚空蔵菩薩の真言)がある。
ナウボウ アキャシャ ギャラバヤ オンアリキャ マリボリ ソワカ
弘法大師の真言は100万回唱えるそうだ。一日1万回で14時間かかる。ほとんど不可能に近い。それでも、歳のせいか物忘れをするようになってきたので、少しでも効くかと思い車の運転中とかに唱えている。
とにかく意味ではなく音らしい。その音の振動数が脳へ影響を及ぼすと考えられてるようだ。だから、真言はサンスクリット語に近い発音が良いとされている。般若心経も、一般的なギャテイギャテイは音読みなので上のように発音するのが望ましいというのを読んだことがある。
しかし音もあるが、筋肉の使い方も偏るのである部分の脳が発達すると考えられないかと思う。実際声に出してみると真言によって口や首の筋肉の動くところが全然違うことが分かってもらえると思う。
音に関係なく眉間の皺が無くなっただけで精神的に影響してるのだからそう考えて問題があるだろうか。
真言は唱えることで筋肉も変え、音でも脳に影響を与える方法なのかもしれない。
話がどんどんそれたが、ボツリヌス菌毒は筋肉の緊張を解くので眼瞼痙攣には有効かもしれないが、眼瞼下垂というどちらかというとだらりと伸びた筋肉に本当に有効なのだろうか。
私にはまぶたを下ろそうとする自然な状態の筋肉にボツリヌス毒を打ち自然な筋肉の働きを殺して一時的にまぶたが上がったとしか思えない。だから、元の木阿弥に戻ったのではないかと思った。
これ(ボトックス)を知ったのはカナダで見たテレビ番組が最初だった。
眉間に縦皺が刻まれたように入っている人にボツリヌス菌毒を打つと皺が取れ、その結果精神的にも穏やかになり、日常生活を幸せに送れるようになったと医師と患者本人がテレビで話していた。
これはなかなか面白い要素を含んだ話だと思った。
精神と肉体は表裏一体の関係にあるとよく言うが、皺が無くなるだけで精神に良い結果をそんなにも早くもたらすのは一体どうしてかと考えてしまう。
体が健康であるには、私は、筋肉のバランスと萎縮を主眼に置いている。その結果静脈が押さえられ血行が悪くなり、さまざまな症状として現れているのが大半の病だと考えている。
眉間に皺を寄せるにはかなり多くの顔の筋肉を使い、頭の自然な血行を偏らせると思う。そして、脳に作用してマイナスに作用する化学物質が出て精神的に問題が出ると考えたら、自然な血行を取り戻すのに眉間の皺を伸ばすことで治ると考えられないだろうか。
顔の筋肉の使い方で脳に作用できると思ってることに、真言がある。
般若心経の真言は、最後の部分にある。
ガテー ガテー パーラガテー パーラサンガテー ボーディ スヴァーハー
また修験者から弘法大師が若い時教えてもらった記憶に関する真言(虚空蔵菩薩の真言)がある。
ナウボウ アキャシャ ギャラバヤ オンアリキャ マリボリ ソワカ
弘法大師の真言は100万回唱えるそうだ。一日1万回で14時間かかる。ほとんど不可能に近い。それでも、歳のせいか物忘れをするようになってきたので、少しでも効くかと思い車の運転中とかに唱えている。
とにかく意味ではなく音らしい。その音の振動数が脳へ影響を及ぼすと考えられてるようだ。だから、真言はサンスクリット語に近い発音が良いとされている。般若心経も、一般的なギャテイギャテイは音読みなので上のように発音するのが望ましいというのを読んだことがある。
しかし音もあるが、筋肉の使い方も偏るのである部分の脳が発達すると考えられないかと思う。実際声に出してみると真言によって口や首の筋肉の動くところが全然違うことが分かってもらえると思う。
音に関係なく眉間の皺が無くなっただけで精神的に影響してるのだからそう考えて問題があるだろうか。
真言は唱えることで筋肉も変え、音でも脳に影響を与える方法なのかもしれない。
話がどんどんそれたが、ボツリヌス菌毒は筋肉の緊張を解くので眼瞼痙攣には有効かもしれないが、眼瞼下垂というどちらかというとだらりと伸びた筋肉に本当に有効なのだろうか。
私にはまぶたを下ろそうとする自然な状態の筋肉にボツリヌス毒を打ち自然な筋肉の働きを殺して一時的にまぶたが上がったとしか思えない。だから、元の木阿弥に戻ったのではないかと思った。
2007年10月29日
排泄物理論
純米酒の稿で、酒の酵母菌は自分でアルコールを作り出すくせにアルコールに弱いと書いたが、これと、当時日本から隠して持ち込んで飼っていたメダカの水作りからヒントを得て、菌の育成に関するウンコ理論とか排泄物理論と名付けた考えがある。
理論というほど大層なものではないが、権威がある感じがするのでそう言っている。
菌が作り出すものは、菌の排泄物でそれに対して菌は弱いというだけのことだ。排泄物による自家中毒のようなもので高濃度になると休眠するか突然高濃度になると死ぬというように決めた。
アルコール酵母菌はアルコールを作り、ワインなら14度で、日本酒なら18度ぐらいで休眠に入る。この差は菌が活躍している環境にあるようだ。いずれにせよ、20度にもなるとほとんど死ぬことになる。
糖分がアルコールになると、高濃度ではだめだが適当なアルコール度数なら今度はそれを食べる酢酸菌が活躍する。酢酸菌は酢酸5度ぐらいで活動を停止する。酢酸の次の菌のことは知らないが、とにかく細菌叢ではそのように菌の休眠と活動が繰り返されて平衡を保っているのだろう。
以上のような考えで、菌のコントロールは上手くいく。
例えば、水槽の水替えだが、最初の水位を保つように水を足していたら平衡が保たれるので何の問題もないが、水を替えたい人は最高で4分の1ぐらいが菌の平衡を保ち異常増殖をさせないために無難な量だろう。新しい水を入れることで、新しい水に含まれている栄養分とそれぞれの作り出した排泄物の濃度が薄まることとで、菌はまた休眠から覚め活動しだす。それが、短時間で終わるほどの活動なら問題ないが、数日にもわたると酸欠になり魚には辛い。餌のやり過ぎは菌にも餌をやってることになるので水が澄んでるように管理するのが平衡を保つ目安となる。にごっている時は何らかの菌が活発に活動している。
先日のEMが良いからと入れるのも危ない。新しい菌によって平衡が壊れるのでもし入れたいなら、魚を違うところに移してから入れることだ。それで10日ほど見ていたら分かるが、水が白濁してくることが多い。その間は新たな菌が増殖しまくってる時で、これまた魚には酸欠状態となるのでもし魚がいたら死ぬことになる。白濁がおさまって水が澄んだら新しい平衡状態になったから魚を戻しても問題はないはずだ。
根粒バクテリアが根にいるマメ科植物に窒素をきかすと枯れることが多い。母がエニシダの根元に草引き後の草を積み上げて随分と枯らした。緑草はすごい窒素分を供給する。根粒バクテリアは窒素固定菌だから、たぶん窒素肥料には弱い。
しかし、根粒バクテリアが死ぬか弱るのは分かるが、どうしてマメ科植物が枯れるのだろう。マメ科植物にも少し窒素を与えたほうが良くできることを思うと、窒素を根から吸収する力があるということだし枯れるのはおかしいと思うが、根粒バクテリアが死ぬとバクテリアの死体が導管に詰まって枯れるのだろうか。松枯れ病はマツノマダラカミキリ虫が運んだマツノザイセンチュウという線虫が仮導管に詰まって枯れる。それと同じようなことだろうか。それとも、根粒が腐ってそこからマメ科植物の根が腐り枯れるのだろうか。それともバクテリアの窒素固定で充分なところに窒素肥料を与えたので肥料やけという過剰栄養から起こる浸透圧により根から水が出て脱水で枯れるのだろうか。前提条件の窒素固定菌が死ぬと言うのが間違っていたら話にならないが、う~~ぅっ!答えが知りたい。とにかくマメ類を作る時は窒素肥料の与えすぎは厳禁である。
窒素固定菌ではこんな話もある。
南洋の原住民のお腹には窒素固定菌もいて、タロイモを食べていても筋肉質の体になるそうだ。それで、それを発見した学者が窒素固定菌を飲んだが、住み着かなかったそうだ。腸内まで生きてたどり着けるかどうかと言う問題もあるが、それは当たり前だと思う。成功するかどうかは分からないが、まず、たんぱく質を取らないような生活をしてその菌のために腸内を窒素分の少ない環境にしてやらないとたどり着けたとしても駄目だと思う。
畑の土作りもメダカの水環境も漬物も挙句の果ては口の中も腸のなかもいつも菌の存在を考えながら生活している。
(まだまだ充分考えが検証されてませんし知識不足です。間違ってる可能性大かもしれません。ご了承ください。)
理論というほど大層なものではないが、権威がある感じがするのでそう言っている。
菌が作り出すものは、菌の排泄物でそれに対して菌は弱いというだけのことだ。排泄物による自家中毒のようなもので高濃度になると休眠するか突然高濃度になると死ぬというように決めた。
アルコール酵母菌はアルコールを作り、ワインなら14度で、日本酒なら18度ぐらいで休眠に入る。この差は菌が活躍している環境にあるようだ。いずれにせよ、20度にもなるとほとんど死ぬことになる。
糖分がアルコールになると、高濃度ではだめだが適当なアルコール度数なら今度はそれを食べる酢酸菌が活躍する。酢酸菌は酢酸5度ぐらいで活動を停止する。酢酸の次の菌のことは知らないが、とにかく細菌叢ではそのように菌の休眠と活動が繰り返されて平衡を保っているのだろう。
以上のような考えで、菌のコントロールは上手くいく。
例えば、水槽の水替えだが、最初の水位を保つように水を足していたら平衡が保たれるので何の問題もないが、水を替えたい人は最高で4分の1ぐらいが菌の平衡を保ち異常増殖をさせないために無難な量だろう。新しい水を入れることで、新しい水に含まれている栄養分とそれぞれの作り出した排泄物の濃度が薄まることとで、菌はまた休眠から覚め活動しだす。それが、短時間で終わるほどの活動なら問題ないが、数日にもわたると酸欠になり魚には辛い。餌のやり過ぎは菌にも餌をやってることになるので水が澄んでるように管理するのが平衡を保つ目安となる。にごっている時は何らかの菌が活発に活動している。
先日のEMが良いからと入れるのも危ない。新しい菌によって平衡が壊れるのでもし入れたいなら、魚を違うところに移してから入れることだ。それで10日ほど見ていたら分かるが、水が白濁してくることが多い。その間は新たな菌が増殖しまくってる時で、これまた魚には酸欠状態となるのでもし魚がいたら死ぬことになる。白濁がおさまって水が澄んだら新しい平衡状態になったから魚を戻しても問題はないはずだ。
根粒バクテリアが根にいるマメ科植物に窒素をきかすと枯れることが多い。母がエニシダの根元に草引き後の草を積み上げて随分と枯らした。緑草はすごい窒素分を供給する。根粒バクテリアは窒素固定菌だから、たぶん窒素肥料には弱い。
しかし、根粒バクテリアが死ぬか弱るのは分かるが、どうしてマメ科植物が枯れるのだろう。マメ科植物にも少し窒素を与えたほうが良くできることを思うと、窒素を根から吸収する力があるということだし枯れるのはおかしいと思うが、根粒バクテリアが死ぬとバクテリアの死体が導管に詰まって枯れるのだろうか。松枯れ病はマツノマダラカミキリ虫が運んだマツノザイセンチュウという線虫が仮導管に詰まって枯れる。それと同じようなことだろうか。それとも、根粒が腐ってそこからマメ科植物の根が腐り枯れるのだろうか。それともバクテリアの窒素固定で充分なところに窒素肥料を与えたので肥料やけという過剰栄養から起こる浸透圧により根から水が出て脱水で枯れるのだろうか。前提条件の窒素固定菌が死ぬと言うのが間違っていたら話にならないが、う~~ぅっ!答えが知りたい。とにかくマメ類を作る時は窒素肥料の与えすぎは厳禁である。
窒素固定菌ではこんな話もある。
南洋の原住民のお腹には窒素固定菌もいて、タロイモを食べていても筋肉質の体になるそうだ。それで、それを発見した学者が窒素固定菌を飲んだが、住み着かなかったそうだ。腸内まで生きてたどり着けるかどうかと言う問題もあるが、それは当たり前だと思う。成功するかどうかは分からないが、まず、たんぱく質を取らないような生活をしてその菌のために腸内を窒素分の少ない環境にしてやらないとたどり着けたとしても駄目だと思う。
畑の土作りもメダカの水環境も漬物も挙句の果ては口の中も腸のなかもいつも菌の存在を考えながら生活している。
(まだまだ充分考えが検証されてませんし知識不足です。間違ってる可能性大かもしれません。ご了承ください。)
2007年10月27日
お産
姪が昨晩9時ごろ女児を授かった。
夕方5時過ぎに義姉から電話があり、陣痛が始まったので病院に来ているという連絡があった。
予定日は22日だったのでまだかまだかと全員が思っていたので、やっと始まったかという思いだった。
今日聞いた話だと、その連絡の後、先生がまだまだ時間がかかると言ったので、姪の夫も義姉も長丁場に備え風呂に入ったり身支度をしに一度家に帰り、そして病院に戻ったらしい。ところが先生の予想を覆し、何とか出産に間に合ったというほどスムーズだったらしい。
この姪は二卵性双生児の双子の姉だが、昨年その妹の方も同じ病院でお産している。
そのときも先生や病院関係者全員の予想は当たらず、病院に入って直ぐに出産し、病院関係者がこんなこともあるんやとびっくりしたことがあった。
今回の姪はつわりがひどかったので気を何度も入れた。その妹の方は子宮口が早く開きだし先生が早産の可能性があると言ったので気で止められるはずと気を入れた。
まだ試した数が少ないので確かなことはいえないが、妊婦に気を入れておくとお産が楽になる可能性は大きい。
早産を止められると思ったのは、気の治療を始めてからまもなくのころ、流産の経験のある女性に再度流産しないように頼まれて試したことがあった。結果、その方は無事出産された。そのときはただ気を入れるだけで体のことをまだあまり分かってなかったので結果しかないが、姪の早産話の際には思ったことがある。
去年姪に気を入れたとき、腰のカーブが強くなっているように思った。というのは、背筋が縮んでいる感覚を持ったからだが、それこそが、お産が始まる引き金ではないかと考えた。
臨月にもなるとお腹の子が大きくなるので母体のお腹も前にせり出してくる。以前重心線ということを考えたことがあるが、その腰の所で重心線が背骨より外に出るぐらいになると子宮口が開きだすのではないだろうか。
それで、気を入れた後、姪に腰のカーブに気をつけるように言ったが、早産どころか予定通りの出産だった。
昔の人は、予定よりずいぶん遅いことが多かったと聞くが、以上のことから類推すると次のようになると思う。
まず栄養面で胎児が小さいからお腹のせり出しが遅い。さらに田舎では田植えとか低い調理台とか針仕事とか前かがみの仕事が多かったのでさらにそれを抑制した。その結果、陣痛の始まる引き金が引かれるのが遅くなり予定より遅い出産になる。
どう、皆さん思います?
もし、正しかったら、日頃の生活で、ある程度出産を安産にできる。
ところで、昨晩は満月だった。
人が生まれるときは満月の日が多く、人が亡くなるときは新月の日が多いと言われている。
姪の予定日もその影響で昨日まで延びたのだろうか。
自然の影響を受けながら生きていることを思い知らされた日でもあった。
夕方5時過ぎに義姉から電話があり、陣痛が始まったので病院に来ているという連絡があった。
予定日は22日だったのでまだかまだかと全員が思っていたので、やっと始まったかという思いだった。
今日聞いた話だと、その連絡の後、先生がまだまだ時間がかかると言ったので、姪の夫も義姉も長丁場に備え風呂に入ったり身支度をしに一度家に帰り、そして病院に戻ったらしい。ところが先生の予想を覆し、何とか出産に間に合ったというほどスムーズだったらしい。
この姪は二卵性双生児の双子の姉だが、昨年その妹の方も同じ病院でお産している。
そのときも先生や病院関係者全員の予想は当たらず、病院に入って直ぐに出産し、病院関係者がこんなこともあるんやとびっくりしたことがあった。
今回の姪はつわりがひどかったので気を何度も入れた。その妹の方は子宮口が早く開きだし先生が早産の可能性があると言ったので気で止められるはずと気を入れた。
まだ試した数が少ないので確かなことはいえないが、妊婦に気を入れておくとお産が楽になる可能性は大きい。
早産を止められると思ったのは、気の治療を始めてからまもなくのころ、流産の経験のある女性に再度流産しないように頼まれて試したことがあった。結果、その方は無事出産された。そのときはただ気を入れるだけで体のことをまだあまり分かってなかったので結果しかないが、姪の早産話の際には思ったことがある。
去年姪に気を入れたとき、腰のカーブが強くなっているように思った。というのは、背筋が縮んでいる感覚を持ったからだが、それこそが、お産が始まる引き金ではないかと考えた。
臨月にもなるとお腹の子が大きくなるので母体のお腹も前にせり出してくる。以前重心線ということを考えたことがあるが、その腰の所で重心線が背骨より外に出るぐらいになると子宮口が開きだすのではないだろうか。
それで、気を入れた後、姪に腰のカーブに気をつけるように言ったが、早産どころか予定通りの出産だった。
昔の人は、予定よりずいぶん遅いことが多かったと聞くが、以上のことから類推すると次のようになると思う。
まず栄養面で胎児が小さいからお腹のせり出しが遅い。さらに田舎では田植えとか低い調理台とか針仕事とか前かがみの仕事が多かったのでさらにそれを抑制した。その結果、陣痛の始まる引き金が引かれるのが遅くなり予定より遅い出産になる。
どう、皆さん思います?
もし、正しかったら、日頃の生活で、ある程度出産を安産にできる。
ところで、昨晩は満月だった。
人が生まれるときは満月の日が多く、人が亡くなるときは新月の日が多いと言われている。
姪の予定日もその影響で昨日まで延びたのだろうか。
自然の影響を受けながら生きていることを思い知らされた日でもあった。
2007年10月12日
1/fのゆらぎ
治療テープを作っていたことを書いたが、横浜のTさんは一日何時間も私のテープを聴いてくださるのでテープが一ヶ月ほどしかもたなかった。テープ作りが苦にならない時は数本作ってはカナダから郵送していた。
日本に帰って横浜の親友宅へ遊びに行った際は、隣のマンションにお住まいだったので必ず直接気をかけに行っていた。
あるとき、機材は用意しますのでMDに吹き込んでいただけませんかと頼まれた。あまりにテープが早くに駄目になるので気にしていただいたようだ。
それまでに1/fのゆらぎというのを新聞で読んでいて、それは心を和ませるらしい。モーツアルトの曲とか風の音とか小川のせせらぎ音あるいは金魚の泳ぐのを見ていてもそのゆらぎ効果があるそうだ。そして、それは電子音とかにはないというぐらいの知識があったものだから、アナログしかゆらぎは確保できないように思ってデジタルでは無理だろうとお断りしたことがある。何となくデジタルと言うと電子音とイコールなんて思ってしまっていた。
と言うのは表向きの理由で、それも確かにそうだが、昨日書いたように消耗するので出来るだけしたくないというのが本音だった。
これを書き出す前に、インターネットで調べてみたら、CDでも1/fのゆらぎは大丈夫なようだ。デジタルだからというのではなく、音源によるようだ。と手前勝手に解釈しているのだが興味のある方は各自調べてください。
そんなことが今頃分かって、やっぱりTさんに作ってあげたらよかったと後悔している。
それにしても、世の中デジタルばやり。2011年からはテレビ放送もアナログ放送はなくなることになっている。
私は時代劇が好きだが、カメラで撮影した当時の時代劇はなにか懐かしさがあり心が引き込まれる感じがあったが、今時のデジタル機器で作ったのはくっきりしすぎていて何かしっくり来ない。
巷で見るデザインもなにか冷たい。温もりが伝わってこない。平板な気がする。
デジタルだから1/fのゆらぎがないというのではないようだから、コンピューター処理のためか製作者の感性の故か、ゆらぎが足りないのだろう。そんな感じが生活の多岐にわたってあるように思う。
その感じが正しかったら、1/fのゆらぎが生活から減っていることになる。そしてそんなことだと、ぎすぎす、いらいらした殺伐たる社会になる。ニュースなどから実際なってきてるように思う。
これからは、誰もが生活にゆらぎを積極的に持ち込む努力がいるようだ。
そんなわけで酒を飲むわけではないが、やっと熱燗の恋しい季節になってきましたね。
日本に帰って横浜の親友宅へ遊びに行った際は、隣のマンションにお住まいだったので必ず直接気をかけに行っていた。
あるとき、機材は用意しますのでMDに吹き込んでいただけませんかと頼まれた。あまりにテープが早くに駄目になるので気にしていただいたようだ。
それまでに1/fのゆらぎというのを新聞で読んでいて、それは心を和ませるらしい。モーツアルトの曲とか風の音とか小川のせせらぎ音あるいは金魚の泳ぐのを見ていてもそのゆらぎ効果があるそうだ。そして、それは電子音とかにはないというぐらいの知識があったものだから、アナログしかゆらぎは確保できないように思ってデジタルでは無理だろうとお断りしたことがある。何となくデジタルと言うと電子音とイコールなんて思ってしまっていた。
と言うのは表向きの理由で、それも確かにそうだが、昨日書いたように消耗するので出来るだけしたくないというのが本音だった。
これを書き出す前に、インターネットで調べてみたら、CDでも1/fのゆらぎは大丈夫なようだ。デジタルだからというのではなく、音源によるようだ。と手前勝手に解釈しているのだが興味のある方は各自調べてください。
そんなことが今頃分かって、やっぱりTさんに作ってあげたらよかったと後悔している。
それにしても、世の中デジタルばやり。2011年からはテレビ放送もアナログ放送はなくなることになっている。
私は時代劇が好きだが、カメラで撮影した当時の時代劇はなにか懐かしさがあり心が引き込まれる感じがあったが、今時のデジタル機器で作ったのはくっきりしすぎていて何かしっくり来ない。
巷で見るデザインもなにか冷たい。温もりが伝わってこない。平板な気がする。
デジタルだから1/fのゆらぎがないというのではないようだから、コンピューター処理のためか製作者の感性の故か、ゆらぎが足りないのだろう。そんな感じが生活の多岐にわたってあるように思う。
その感じが正しかったら、1/fのゆらぎが生活から減っていることになる。そしてそんなことだと、ぎすぎす、いらいらした殺伐たる社会になる。ニュースなどから実際なってきてるように思う。
これからは、誰もが生活にゆらぎを積極的に持ち込む努力がいるようだ。
そんなわけで酒を飲むわけではないが、やっと熱燗の恋しい季節になってきましたね。
2007年10月10日
偶像崇拝の弊害
先日クリスマスカードのことを書いた時、物質に気が入ることが分かったと書いたがそれから偶像崇拝について思いが至ったので書いておきたい。
多くの宗教の始祖が偶像崇拝を勧めていない。どちらかと言うと禁じている。それは一体どうしてだろうと自然に考えは向かう。
そのことに思いを馳せる人は少ないだろう。仏教には仏像があり、キリスト教には処刑された状態のキリストの姿かマリア様があるのが当たり前のようになっている。殆どの日本人の家には仏壇があり神道の家には御社が飾られている。そしてそれに手を合わせるのが大事なことのようになっている。
私は、手を合わせるという行為自身が大事だと思うし、先祖のことを思い出すのに対象が何かあるとやりやすいのでそれはそれなりに意味があるし否定するものでは決してない。
ただ、一般的に困った時の神頼みで、偶像に向かって窮状を訴え、助けを求める姿勢が危ないと思っている。
気には陽気と陰気があることは何度も書いているが、そのような助けを求める心からは陰気が放出されていると思って間違いない。心もネガティブだし身体も不調の方が拝むことが多いからさらにその傾向は顕著だ。
その拝んでいる対象は木であったり金物であったりするがただの物質から出来ている。そして物質に入る気の量というのは限定されているに違いないというのが私の見解だ。気の入ったテープ作りを何度もしたのでそれは手応えから感じている。
気というのは人間なら強弱や質の差はあれ、誰でも出せるし出してるものだ。だから、まっさらの物質の前でそれに向かって願い事のため拝めば、それも助けてくれと必死ですれば、その陰気は拝んでいる物質に吸収され暫くは役に立ってくれるはずだ。
ここに落とし穴がある。
いつも陰気を入れ続けていると、やがて物質は陰気で満たされ吸収できなくなった時、拝んだところに返してくる状態になる。そうなると誰が拝んでも、陽気を送っても、陰気が戻ってくることになり拝んだことが仇となる。陰気は不幸を呼ぶので人生は転落、家は没落となる可能性が高い。
偶像や仏壇に向かって、果ては神社仏閣および教会では、陰気を送るような心がけや身体の悪いところを治して欲しいというような願い事の体調では拝まないことだ。それが無理なら近づかないことだ。そういう場所で拝むとするなら神に感謝することが一番いいだろう。他には新しい道に向かって何かするとしたら頑張りますので見ていてください。というようなのはかまわないと思う。(パワースポットにあるのは別だろうと思うが、これは一般論として書いている。)
神に何かを頼むのが間違っていると言っているのではない。キリストも求めよさらば与えられんとおっしゃっている。辛い時、悲しい時、お金がない時、物を失った時などなど何でもいい。困ったときは目をつぶり虚空に向かって祈ればいい。布団の中でもかまわない。神に祈る時、静かな心、感謝する心があれば良いように思う。魂の進化の度合いによって願いが叶えられる時間に差はあるようだが、確かに願いは叶う。
古い家の仏壇はそういう意味でほとんど陰気に満たされている。
私の実家、妹の嫁いだ家、および治療してそんな話になった人の家のお仏壇には、そのように考えてから気を入れて中和した。実家と妹の家のはしっかり陰気が溜まっていた。このように中和して最初の状態になっていれば誰かが誤った拝み方をしても暫くは災いが来ることはないと信じている。
そんなことをしたら、霊はどうなるのだろうと思う心優しい人には、陰気と感じる霊は昇天すると思うし、仏壇に住めなくなって霊が困ってると思うなら、カナダの私の家は仏壇も何もないのに幽霊が居たと言っておこう。
(また長文になってすいません。)
多くの宗教の始祖が偶像崇拝を勧めていない。どちらかと言うと禁じている。それは一体どうしてだろうと自然に考えは向かう。
そのことに思いを馳せる人は少ないだろう。仏教には仏像があり、キリスト教には処刑された状態のキリストの姿かマリア様があるのが当たり前のようになっている。殆どの日本人の家には仏壇があり神道の家には御社が飾られている。そしてそれに手を合わせるのが大事なことのようになっている。
私は、手を合わせるという行為自身が大事だと思うし、先祖のことを思い出すのに対象が何かあるとやりやすいのでそれはそれなりに意味があるし否定するものでは決してない。
ただ、一般的に困った時の神頼みで、偶像に向かって窮状を訴え、助けを求める姿勢が危ないと思っている。
気には陽気と陰気があることは何度も書いているが、そのような助けを求める心からは陰気が放出されていると思って間違いない。心もネガティブだし身体も不調の方が拝むことが多いからさらにその傾向は顕著だ。
その拝んでいる対象は木であったり金物であったりするがただの物質から出来ている。そして物質に入る気の量というのは限定されているに違いないというのが私の見解だ。気の入ったテープ作りを何度もしたのでそれは手応えから感じている。
気というのは人間なら強弱や質の差はあれ、誰でも出せるし出してるものだ。だから、まっさらの物質の前でそれに向かって願い事のため拝めば、それも助けてくれと必死ですれば、その陰気は拝んでいる物質に吸収され暫くは役に立ってくれるはずだ。
ここに落とし穴がある。
いつも陰気を入れ続けていると、やがて物質は陰気で満たされ吸収できなくなった時、拝んだところに返してくる状態になる。そうなると誰が拝んでも、陽気を送っても、陰気が戻ってくることになり拝んだことが仇となる。陰気は不幸を呼ぶので人生は転落、家は没落となる可能性が高い。
偶像や仏壇に向かって、果ては神社仏閣および教会では、陰気を送るような心がけや身体の悪いところを治して欲しいというような願い事の体調では拝まないことだ。それが無理なら近づかないことだ。そういう場所で拝むとするなら神に感謝することが一番いいだろう。他には新しい道に向かって何かするとしたら頑張りますので見ていてください。というようなのはかまわないと思う。(パワースポットにあるのは別だろうと思うが、これは一般論として書いている。)
神に何かを頼むのが間違っていると言っているのではない。キリストも求めよさらば与えられんとおっしゃっている。辛い時、悲しい時、お金がない時、物を失った時などなど何でもいい。困ったときは目をつぶり虚空に向かって祈ればいい。布団の中でもかまわない。神に祈る時、静かな心、感謝する心があれば良いように思う。魂の進化の度合いによって願いが叶えられる時間に差はあるようだが、確かに願いは叶う。
古い家の仏壇はそういう意味でほとんど陰気に満たされている。
私の実家、妹の嫁いだ家、および治療してそんな話になった人の家のお仏壇には、そのように考えてから気を入れて中和した。実家と妹の家のはしっかり陰気が溜まっていた。このように中和して最初の状態になっていれば誰かが誤った拝み方をしても暫くは災いが来ることはないと信じている。
そんなことをしたら、霊はどうなるのだろうと思う心優しい人には、陰気と感じる霊は昇天すると思うし、仏壇に住めなくなって霊が困ってると思うなら、カナダの私の家は仏壇も何もないのに幽霊が居たと言っておこう。
(また長文になってすいません。)
2007年09月21日
金ラメ出現
昨日の稿にノンノンさんからコメントを頂いた。読んでいただいたら分かるが、その中に黒いスカートに金粉が出たのを思い出したとある。以前金粉のことを書いたが、その時あまりにも荒唐無稽のことなので書くのを控えていた。ノンノンさんが証人なのでここで書いておきたい。(ところで、ブログどうして知りました?)
多分1991年日本に帰りデビューする直前のことだったと思う。ノンノンさんは両親がよく知ってるのでそれまでに石井先生の本とか母が話してたのかもしれない。それで多分私が帰国したとき来られたのだと思う。母の記憶によると3人ほどで来られたということだ。私は時差ぼけもあって思い出すといっても夢の話のようなあいまいなものだ。
ただ、その中の一人の方の黒いスカートが気をかけ終わったら隈なく金のラメ入りになったのを来られてる方も母も私も見ることになる。ノンノンさんではなかったと思うのだが・・・母はおきよちゃんと言っている。それは後日洗っても落ちなかったそうだ。記念にとってあるというようなことはないと思うが、もう一度見てみたいと思う。
カナダでも一度あった。その時は、誰かの紹介で気を受けに来た日本人の若者に起こった。その時はTシャツが金ラメになった。
こういう現象は信じるにはあまりに不思議すぎてそれを目撃した人もあまり話さないし、そんな話を聞いたところで探求することもできないし、ほぉ~の一言で片付けられる。私もなぜそんなことが起こったのか分からないし再現しろといわれてもできない。できたのは目に見えないような小さい金粉を一個出すぐらいだった。
さて、なぜ金粉が出現するのかは分からないとしても、この金粉はなんなのかと考えることはできる。
私はなにか汚いエネルギーの浄化の結果現れてるのではないかと思ってる。
なぜ汚いエネルギーと言ったかというと、私に出現する金粉が段々減り、最後は気にしなくなってたこともあるが殆どでなくなったことからそう考えている。人に気をかけるようになってから身体も心もできるだけ清浄にするよう努めてたからである。
例えば、嘘をつかずに生活する。これは大変だった。黙ってるのも嘘の内なので内緒の話は聞かないようにもした。
それに、当時小学生だった姪のYにも出たことを考えると、心が汚いという意味ではないと思う。おそらく感応する体質のものは多かれ少なかれ自然に悪い気をその身に受けて溜めているのだろう。
例のKちゃんが言っていた。金を身につけるといい気も悪い気も集まってくるらしい。お金持ちになりたかったら、だから清濁併せ呑む覚悟で金を身につけるのが近道かもしれない。成功するか自滅するかはあなたの気の持ちようと気の強さによるだろう。
Kちゃんはいい気だけを欲しいというか悪魔よけのため銀を身につけていた。私は何もつけない。
おまけ話。
コメントを読んで金ラメのことを母と話してすぐ後、太ももに小さな金粉を見つけた。何かよこしまな心ができてたのかと思い、反省しながら大根の虫取りをした。
多分1991年日本に帰りデビューする直前のことだったと思う。ノンノンさんは両親がよく知ってるのでそれまでに石井先生の本とか母が話してたのかもしれない。それで多分私が帰国したとき来られたのだと思う。母の記憶によると3人ほどで来られたということだ。私は時差ぼけもあって思い出すといっても夢の話のようなあいまいなものだ。
ただ、その中の一人の方の黒いスカートが気をかけ終わったら隈なく金のラメ入りになったのを来られてる方も母も私も見ることになる。ノンノンさんではなかったと思うのだが・・・母はおきよちゃんと言っている。それは後日洗っても落ちなかったそうだ。記念にとってあるというようなことはないと思うが、もう一度見てみたいと思う。
カナダでも一度あった。その時は、誰かの紹介で気を受けに来た日本人の若者に起こった。その時はTシャツが金ラメになった。
こういう現象は信じるにはあまりに不思議すぎてそれを目撃した人もあまり話さないし、そんな話を聞いたところで探求することもできないし、ほぉ~の一言で片付けられる。私もなぜそんなことが起こったのか分からないし再現しろといわれてもできない。できたのは目に見えないような小さい金粉を一個出すぐらいだった。
さて、なぜ金粉が出現するのかは分からないとしても、この金粉はなんなのかと考えることはできる。
私はなにか汚いエネルギーの浄化の結果現れてるのではないかと思ってる。
なぜ汚いエネルギーと言ったかというと、私に出現する金粉が段々減り、最後は気にしなくなってたこともあるが殆どでなくなったことからそう考えている。人に気をかけるようになってから身体も心もできるだけ清浄にするよう努めてたからである。
例えば、嘘をつかずに生活する。これは大変だった。黙ってるのも嘘の内なので内緒の話は聞かないようにもした。
それに、当時小学生だった姪のYにも出たことを考えると、心が汚いという意味ではないと思う。おそらく感応する体質のものは多かれ少なかれ自然に悪い気をその身に受けて溜めているのだろう。
例のKちゃんが言っていた。金を身につけるといい気も悪い気も集まってくるらしい。お金持ちになりたかったら、だから清濁併せ呑む覚悟で金を身につけるのが近道かもしれない。成功するか自滅するかはあなたの気の持ちようと気の強さによるだろう。
Kちゃんはいい気だけを欲しいというか悪魔よけのため銀を身につけていた。私は何もつけない。
おまけ話。
コメントを読んで金ラメのことを母と話してすぐ後、太ももに小さな金粉を見つけた。何かよこしまな心ができてたのかと思い、反省しながら大根の虫取りをした。
2007年09月16日
時間とエネルギー
気を入れるのと出る道ができたので、いくらやっても大丈夫だろうとますます面白くなって誰彼となく声をかけ治療する機会を求めた。そんなことをしていたら、以前なら30分かかったと思えるのが20分ほどで終わるようになった。してる側からすると30分ぐらいやったと思ってやめるのだが、実際には20分しか経っていない。これはさらに早くなり10分ほどになった。
これはどういうことだろう。物理は苦手なのでよく分からないが、エネルギー×時間=仕事量というような式に表すことができるだろうか。
仕事量を最初の頃の30分として、それにかかる時間がみじかくなってるのだから、もし上の式でよいなら気というエネルギーを沢山出したことになる。
皮一枚で冷気を止めてるのは一緒だから、気が入る道と気が出る道が太くなったとしか考えられない。
今はもっと単位時間当たりの出す気の量は増えているのは間違いないと感じている。ただし最初の頃のようにそんなにかかってないのに30分ほどしたと思うようなことはない。
これは何を意味するのだろう。
時間を長く感じる感じないは仕事量にかかわってる主観的なもののようだ。比較して始めて感じることであって、その仕事量に慣れてしまえばそれはそれで10分は10分ということになるんだろう。
とはいえ実際エネルギーを沢山使うと時間は長く感じられる。
人生で困難な状態にいるときや、初めての事をするときなかなか時間が経たない。
同じようなワンパターンの生活をしていると難しい事をしていてもあっという間に一日一年が過ぎる。
子供のときは全てが目新しく毎日充実していた。歳を重ねてくると一日何をしてたのかと思ってるうちにまたすぐに次の日が来る。
だらだらと分かったような分からないようなことを書いているが、頭を使うような状態ではエネルギーを沢山使っているということで人間が一回りも二回りも大きくなるにはこのエネルギーを多く使うことが大事に思える。苦労はかってでもしろと昔の人は上手く言ったもんだ。つまり人間の大きさは出すエネルギー量ということになるのかな。
またこんなこともある。
プロ野球のバッターがよく球が止まって見えたと言うことがある。武道の達人も相手の動きがスローに思えるときがあるそうだ。有名な話では合気道の創始者 植芝盛平氏は飛んで来る弾丸が見えたという。
これは対象物にものすごいエネルギーで集中することで仕事量を増し、時間を長く感じてるのではないだろうか。
先日テレビで集中ということについて話していたが、脳の使い方によるそうだ。脳はいろんなところが同時に働いているが、達人が集中してるときはその必要なところしか働いていないそうだ。そして他のところで使わないエネルギーがそこに集まって超人的な能力を出してるらしい。
唐突に座禅の話になるが、私は最近その集中したときの脳の使い方の話を聞いてから座禅は脳の働きを止める練習じゃないかと考えるようになった。
座禅をしてみると分かるが、最初は20分座ってるのがやっとである。その20分がものすごく長く感じられる。時間を長く感じるということはエネルギーを沢山使ってることだと仮定した。身体を動かさないようにしたものだから、脳にエネルギーが行き過ぎるのだろうか。だから脳の状態は空とか無とかからかけ離れた状態にちがいない。
それが毎日座っていると一時間座ってもそんなに座ったように思わなくなる。エネルギーがあまり使われなくなった。つまり脳の働きが減ったんじゃないだろうか。
座禅の楽しみはそれから出てくる。山吹色の直径一メートル位のスポットライトに照らされて、そのなかにいるとあまりに気持ちよくていつまでもそうしていたくなる。温度はこれ以上ないというような適温だ。これは座禅三昧の方がよくおっしゃる境地である。
しかし座禅はまだ先がある。その時脳の働きが完全に停止してエネルギーと意識と身体の存在を知ることができる。これは運がよければ体得できる。教えてはならないものだと思っている。だから、弘法大師も「明けの明星」としか述べていない。
その言葉から明け方に座禅を組む方も多いが、それは間違っていると思う。私は座禅を組み「明けの明星」を見たと信じているので断言したい。
さて、気で治療をするとき集中しているのかというとそうではない。話しながらでも食べながらでも飲みながらでも酔っ払っててもできる。私の身体はエネルギーの通り道というだけだから集中する必要がないのだろう。
これはどういうことだろう。物理は苦手なのでよく分からないが、エネルギー×時間=仕事量というような式に表すことができるだろうか。
仕事量を最初の頃の30分として、それにかかる時間がみじかくなってるのだから、もし上の式でよいなら気というエネルギーを沢山出したことになる。
皮一枚で冷気を止めてるのは一緒だから、気が入る道と気が出る道が太くなったとしか考えられない。
今はもっと単位時間当たりの出す気の量は増えているのは間違いないと感じている。ただし最初の頃のようにそんなにかかってないのに30分ほどしたと思うようなことはない。
これは何を意味するのだろう。
時間を長く感じる感じないは仕事量にかかわってる主観的なもののようだ。比較して始めて感じることであって、その仕事量に慣れてしまえばそれはそれで10分は10分ということになるんだろう。
とはいえ実際エネルギーを沢山使うと時間は長く感じられる。
人生で困難な状態にいるときや、初めての事をするときなかなか時間が経たない。
同じようなワンパターンの生活をしていると難しい事をしていてもあっという間に一日一年が過ぎる。
子供のときは全てが目新しく毎日充実していた。歳を重ねてくると一日何をしてたのかと思ってるうちにまたすぐに次の日が来る。
だらだらと分かったような分からないようなことを書いているが、頭を使うような状態ではエネルギーを沢山使っているということで人間が一回りも二回りも大きくなるにはこのエネルギーを多く使うことが大事に思える。苦労はかってでもしろと昔の人は上手く言ったもんだ。つまり人間の大きさは出すエネルギー量ということになるのかな。
またこんなこともある。
プロ野球のバッターがよく球が止まって見えたと言うことがある。武道の達人も相手の動きがスローに思えるときがあるそうだ。有名な話では合気道の創始者 植芝盛平氏は飛んで来る弾丸が見えたという。
これは対象物にものすごいエネルギーで集中することで仕事量を増し、時間を長く感じてるのではないだろうか。
先日テレビで集中ということについて話していたが、脳の使い方によるそうだ。脳はいろんなところが同時に働いているが、達人が集中してるときはその必要なところしか働いていないそうだ。そして他のところで使わないエネルギーがそこに集まって超人的な能力を出してるらしい。
唐突に座禅の話になるが、私は最近その集中したときの脳の使い方の話を聞いてから座禅は脳の働きを止める練習じゃないかと考えるようになった。
座禅をしてみると分かるが、最初は20分座ってるのがやっとである。その20分がものすごく長く感じられる。時間を長く感じるということはエネルギーを沢山使ってることだと仮定した。身体を動かさないようにしたものだから、脳にエネルギーが行き過ぎるのだろうか。だから脳の状態は空とか無とかからかけ離れた状態にちがいない。
それが毎日座っていると一時間座ってもそんなに座ったように思わなくなる。エネルギーがあまり使われなくなった。つまり脳の働きが減ったんじゃないだろうか。
座禅の楽しみはそれから出てくる。山吹色の直径一メートル位のスポットライトに照らされて、そのなかにいるとあまりに気持ちよくていつまでもそうしていたくなる。温度はこれ以上ないというような適温だ。これは座禅三昧の方がよくおっしゃる境地である。
しかし座禅はまだ先がある。その時脳の働きが完全に停止してエネルギーと意識と身体の存在を知ることができる。これは運がよければ体得できる。教えてはならないものだと思っている。だから、弘法大師も「明けの明星」としか述べていない。
その言葉から明け方に座禅を組む方も多いが、それは間違っていると思う。私は座禅を組み「明けの明星」を見たと信じているので断言したい。
さて、気で治療をするとき集中しているのかというとそうではない。話しながらでも食べながらでも飲みながらでも酔っ払っててもできる。私の身体はエネルギーの通り道というだけだから集中する必要がないのだろう。
2007年08月24日
うつるんです
先ほど姪がやってきた。昨日のお礼の意味も含めて沢山イチジクをもらったからとお裾分けに来てくれた。あまりに立派なイチジクだったのでクーちゃんのことより作り方の方が気になった。姪に訊いても知ってるはずもなく未だに気になって仕方がない。プロというのはすごいといつも思う。
さて、クーちゃんだが、もういつもと同じになったそうだ。よほど疲れたのか寝てばかりいるらしい。やはり犬には気はよく効く。
イギリス人のLさんにも、あれ以来毎日気を入れに行っているが、本人は喉だけでなく身体のどこにも今まであった痛いところや変な感じが無いようになったと言っている。元気になってお腹が空くのかいつ普通食が出るのかと尋ねられてもこればかりは病院のやり方に従うしかない。いずれにせよ絶食をしたら復食は絶食した期間の2倍かけるのが原則だから急がない方が賢明だ。と説明しておいた。
今回も犬と白人にはやはりよく効くとまた思わせてくれた。
犬にはよく効くと書いたらやはり猫好きの人はじゃー猫はどうなんだと知りたくなるのではないかと思うのでその辺についてちょっと書いておきたい。
過去に猫にも何回か頼まれて気を入れた経験から言うと、猫にも効く事は確かだ。生物なら猫に限らず効くと思ってる。気を物体に入れることができるということも大学の後輩からの報告で確認した事もある。
ただ治療師として未熟なのか、猫の場合どこが悪いか分からない。犬は人と同じで、大体だがどこが問題か分かるのでよし治せた!と納得できるのだが、猫の場合はただ身体全体に気を入れるというだけのことしか出来ない。
この道に関係している人なら分かると思うが、気を入れると相手の痛いところと同じところが痛くなったり、冷たく感じたり熱く感じたり色々な感覚が施術しているものにうつってくる。
対面していたら鏡写しに、背中からなら身体そのままに症状がうつってくる。真横からは無意識なら背中からと同じで、意識で対面に替えられる。遠隔治療の場合は自分の思う方向からできるし反応もそのように出る。それであこが悪いここが悪いと言うのだが、それが猫からはない。
犬が飼い主の病気を背負って亡くなったというような話をたまに聞くが、この気に含まれていると思われる情報の類似性とそのやりとりがそのような現象に関係しているのではないかと思っている。
猫は化け猫の話はあっても犬のような話を聞かない。
明日からは気の治療師として私が辿った道を今まで以上に書いていきたいと思っている。
さて、クーちゃんだが、もういつもと同じになったそうだ。よほど疲れたのか寝てばかりいるらしい。やはり犬には気はよく効く。
イギリス人のLさんにも、あれ以来毎日気を入れに行っているが、本人は喉だけでなく身体のどこにも今まであった痛いところや変な感じが無いようになったと言っている。元気になってお腹が空くのかいつ普通食が出るのかと尋ねられてもこればかりは病院のやり方に従うしかない。いずれにせよ絶食をしたら復食は絶食した期間の2倍かけるのが原則だから急がない方が賢明だ。と説明しておいた。
今回も犬と白人にはやはりよく効くとまた思わせてくれた。
犬にはよく効くと書いたらやはり猫好きの人はじゃー猫はどうなんだと知りたくなるのではないかと思うのでその辺についてちょっと書いておきたい。
過去に猫にも何回か頼まれて気を入れた経験から言うと、猫にも効く事は確かだ。生物なら猫に限らず効くと思ってる。気を物体に入れることができるということも大学の後輩からの報告で確認した事もある。
ただ治療師として未熟なのか、猫の場合どこが悪いか分からない。犬は人と同じで、大体だがどこが問題か分かるのでよし治せた!と納得できるのだが、猫の場合はただ身体全体に気を入れるというだけのことしか出来ない。
この道に関係している人なら分かると思うが、気を入れると相手の痛いところと同じところが痛くなったり、冷たく感じたり熱く感じたり色々な感覚が施術しているものにうつってくる。
対面していたら鏡写しに、背中からなら身体そのままに症状がうつってくる。真横からは無意識なら背中からと同じで、意識で対面に替えられる。遠隔治療の場合は自分の思う方向からできるし反応もそのように出る。それであこが悪いここが悪いと言うのだが、それが猫からはない。
犬が飼い主の病気を背負って亡くなったというような話をたまに聞くが、この気に含まれていると思われる情報の類似性とそのやりとりがそのような現象に関係しているのではないかと思っている。
猫は化け猫の話はあっても犬のような話を聞かない。
明日からは気の治療師として私が辿った道を今まで以上に書いていきたいと思っている。

