2008年04月30日

興味のある身体の場所

9時ごろから種でまだ蒔いてないのがあったので、それを片付けようと準備をしていたら携帯に妻が電話をしてきた。
「バンクーバーのHさんから電話があったから、5分後にかけてもらうように言ったから戻ってきてくれる?」ということだった。
Hさんは肺癌で友人からの紹介で電話治療をしていることは以前書いたが、時々電話がこのようにかかってくる。
家に戻り電話を待っていたらかかってきたので表示を見たら050で始まる電話番号だった。
Hさんの電話を待ってるのに誰だろう?困ったな~と思いながら出たらHさんだった。
「あれっ!日本に戻ってるんですか?」と、つい、まず訊いてしまった。
「はい、別府です。兄弟に挨拶に帰ってます。今までは医者が飛行機に乗ってはいけないと言うので帰れなかったんですが、近頃乗ってもいいというので会いに帰ってきました。」ということだった。
お医者さんがそういうことを言う時は良くなったか助からないかどちらかなので喜んでいいのかどうか分からないが、お声は元気そうだし、Hさんも良くなったと思ってるのだから良くなってるのだろう。
飛行機での移動はそれでも身体への負担がきついのでスポーツ飲料を機内で飲むようにアドバイスした。(以前のブログ、時差ぼけとエコノミー症候群対策を参照してください。)
それからいつものように治療をして臍の右で肝臓の下あたりの凝りのようなものがとれないのでミニホカロンをそこにつけたらどうだろうとやってもらうことにした。
その場所は、エドガー・ケーシーもひまし油温湿布をするのに勧めている場所で、もしかするとこの方法はかなりの病気に効果があるかもしれないと思っている。
鼠径部の動脈から心臓とかにカテーテルを入れるが、その通り道がその辺にあるのじゃないかと推測するのだが、一度お医者さんに尋ねてみようと思っている。
もしそうなら、そこが押さえられることで動脈の流れが悪くなって病気になることは充分考えられることだ。
すい臓がんの方にもこの辺に痛みを感じるので私が今特に興味を持ってる場所でもある。
Hさんに、せっかく日本に来られてるのだから、できたら滋賀県に来てもらって直接気を受けていただくことを考えて欲しいとお願いした。
そんな訳で、住所を尋ねられたとき、これは何か送ってくださるような気配だったが、答えないわけにはいかなかった。
それから種蒔に戻った。
オクラ、エンサイは明日蒔くように水に浸けた。
それから昨年自分で採ったパセリ、セロリと先日一度に蒔かなかったトウモロコシそれと母が昨年食用にもらったカモウリから種を採っておいたのを蒔くように頼まれていて温水に3日浸けていたのを蒔き終わった。
パセリ、セロリは今蒔くのか確かでない。カモウリは少し遅いかもしれない。まあ、いいか~。
それから妻とまたへとへとになるほど竹の子掘り。
さすがにピークは過ぎた気がする。
竹の子掘りの次は決まっている。
見ないわけにはいかない草が早く刈れとばかりに伸びている。
  
タグ :種蒔

Posted by江龍武at 21:56 Comments(0) 思いつき

2008年04月29日

卵巣嚢腫

もう起きようかと思っていたら、電話がなった。
妻は用に立ったようだし、母は近頃起きるのが遅いので、自分で出るしかないと思い上半身を起こしてテレビの上の子機に手を伸ばした。
誰からかと思いチラッと表示を見たらヒョウジケンガイとあったので、外国からだが誰だろうと思った。
というのも、カナダの友人は私が8時ごろはまだ寝起きなのを知ってるし、治療の時は9時にお願いしてるので、どちらにせよ早くても9時にしかかけてこない。
出たら、水曜日にお医者さんとの結果を報告させてもらうと言っていたフランスのMSさんの声が聞こえてきた。
どうしたんだろう、一日早いので何か悪い結果が出たんだろうかと心配したが、「奇跡が起こりました」と電話の向こうで言っている。
なにが起こったんだろうと思い、「奇跡ってなに?」と聞き返したら「検査に行って調べてもらったら、卵巣嚢腫がなくなってました」と言う。
「(私の)お陰で助かった。本当に感謝してます。どうお礼を言っていいか分からない」とかなんとか繰り返されたが、こちらとしては詳細が知りたい。
まず、エコーによる検査があったらしい。
「えっ!」とか技師が言うので、悪いに違いないと思ったら、映らないので水の飲み方が足りないんじゃないかとまた大量の水を飲まされたが、やはり映らない。
それで、中から調べてもよいかとなったそうだが、どうしたかは訊かなかったが内視鏡でも入れたんだろうか。
それでも、お医者さんが「よくここまで放っておいたものだ」とあきれたサイズの卵巣嚢腫は見つからなかったらしい。
そのかわりというのも変だが、逆の卵巣に3センチほどのが見つかったらしいが、技師はこんなのは薬で治ると言ったらしい。
やはり私が管と感じたものが狭窄してたので体液が回収されずに嚢胞となっていたのだとこのケースの場合は考えても間違いないだろう。
また一つ経験を積ませてもらった。
MSさんとお母さんで検査に行く前にお医者さんの書いたのを読んだらしいが、それには悪性の疑いが濃厚で手術をして摘出のようなことが書いてあったらしく、家でも検査までのタクシーの中でも滅入りに滅入っていたということだった。
それでまた、「本当に感謝してます。何か送って欲しいものとかありませんか?」と訊かれてもフランスのもので思いつくものがそうそう咄嗟に出るものでもないし、電話治療というのはそういうことでお互いが気を使わないようにとしていることだから、丁重にお断りした。
良い結果だけで大満足。

「卵巣嚢腫とはどんなものか」を簡単に理解しようとするならば、「卵巣に液状成分が溜まって腫れている状態のこと」であると捉えておくと良いでしょう。

とインターネットにあった。
詳しくはサイトで各自調べてもらうとして、卵巣嚢腫は非腫瘍性病変も腫瘍性病変(大体良性らしい)もひとまとめにした呼び名らしい。
今回のMSさんのは私が感じたことや治り方から非腫瘍性病変に属するケースだったのだろうと推測している。
腫瘍性病変の場合は、こんなに奇跡的なことは起こらないのではないかと未熟な治療師は考えている。
だから、治ったということは嬉しいのだが、奇跡が起こったと言って喜ぶことは治療師としてはできない。
  

Posted by江龍武at 20:50 Comments(0) 病名

2008年04月28日

採りたてのアサリ

午前中は竹の子掘りの前に、線虫防止用に畑に植えようとタネを蒔いておいたマリーゴールドをポットに植え替えることから始めた。
畑をどう使うかまだ定まらないのでポットで一時保留するしかない。
そんなことをしていたら、妻が野良仕事の格好で出てきたので、「竹の子掘りは今植え替え中でできない」というと一人で先に竹の子を掘りに行ってくると一輪車を押して出発した。
自分で言うのもなんだが、マリーゴールドを手際良く植え替えて直ぐに竹の子掘りの手伝いに馳せ参じた。
結構採っていたが、妻が見たあとをもう一度探してみるといくつもあった。
まだ、妻の脳は竹の子を見つけるようになっていないようだ。
後で聞いた話だが、昨日のブログで書いた竹の子の掘り方を思い出しながらしようとしたらしいが、はっきり分からなかったようで、掘った竹の子を見せながら正確な知識を伝授した。
畑の方は、いよいよトマト、ナスビなどを買ってくる時節になっているし、MKさんも安定してることだし今日は父だけ見に行くことにして植えつける準備のため時間をセーブした。
早めに父の病院を出て家に戻り、畑を先日買った鍬で耕した。
普通の鍬だが、今までなかったのであるもので畝を作っていたが、仕事がはかどるしきれいにできた。
道具はやはり揃えた方が良い。
明日畝を仕上げてゴールデンウィーク中にキュウリ、ナス、トマトを植える予定でいる。

仕事の後の今日の夕食には楽しみな食材があった。
昨夕、娘さんの治療以来親しくしているMさんから、三重県の海岸で自分で採ったというアサリを海岸から直行で届けてもらった。
昨晩は砂を吐かすため海水ももらいそれではちょっと足りなかったので塩水を足して保存しておいたのだが、今夕まで元気に水を吐いているのが待っていた。
沢山いただいたので、全部は食べきれない。
今晩は酒蒸しでよばれた。
火の入れ具合が貝やエビは大事。
文句を言われない用心かバターとニンニクを炒めだしたところにアサリを投入するところから妻は私にあまりにも自然に調理を譲っていた。(酒蒸しというより洋風ですが、ワインの代わりに日本酒を使いました。)
大体口を開いたところで急いで自家製のパセリのみじん切りを加えて出来上がり。
ぷりっとした身で採りたての貝しか味わえない甘みが口中に広がり最高。
こういうのを味わうとスーパーのは食べられなくなるが、それでもいいと思えるほど美味しい。
それで、ついアルコールをいつもより飲んでしまったのだが、食後毎月曜日の電話治療の電話を受けたときは慌てた。
完全に忘れてた。
なんとか酔っ払ってるもののこなしたが、その後、本当に久しぶりに友達KOちゃんが電話をしてきて足がしびれるという。
やってみてあまり感じなかったのはアルコールのせいではなく脊柱の歪みが自然と思えるほど古いということだと思うのだが・・・とりあえず西野式の捻転という運動を勧めておいた。

Mさん、アサリ本当に美味しいでした。サイズも大きくて感心しながらいただきました。
  

Posted by江龍武at 22:47 Comments(2) 料理

2008年04月27日

竹の子掘り技術編

昨日フランスから電話をしてきたMSさんに今日も治療しようと約束しておいたので、午前8時半過ぎに電話をもらった。
昨日の治療で身が軽くなったとかで、近くのスーパーに歩いて買い物に行けたし、軽快な音楽を聴いたら踊ってしまったと言っていた。
膨れていたお腹も少し小さくなったということだった。
今日は、どこかが悪いという反応はあまりなかったが、身体の芯が冷えているように思った。
それで、内部の冷えをしっかり出しておいた。
卵巣嚢腫のことはまだしっかり調べていないが、大きくなったり小さくなったりすることがあるとか書いてあった。
それなら体液の循環に関係しているのかもしれないので、その類は氣でよく治るように思っているので、今回も結果に期待が持てる。
今回は左の卵巣嚢腫だからと思うが、みぞおちから左3,4センチ外側で縦に10センチほどの長さの径1センチと感じられる管状のものになにか詰まってるような痛みがあるようなものを感じていた。
そんなところに管状の物があるのかどうかまだ調べていないので何ともいえない。
それはなんとか治せたと思ったので、もし体液がその管に影響していたなら治るだろうと思っている。
水曜日に結果を知らせてくれることになっているので楽しみにして待つことにしよう。
その治療が終わってからは、妻も手伝いに途中から加わってくれた相も変わらずの竹の子掘り。昨日MKさんの奥さんと明朝もらいに来てくれる約束をしていたので採っておかねばならない。

理由はともかく読者もまたかいなと思ってらっしゃることだろう。

それで、今日は竹の子掘りの技術編。
竹の子を掘るときは周りを掘ってからバチ鍬を打ち下ろすのだが、むやみやたらとするのではない。
竹の皮の先端についてる三角形だが一列ずつ竹の子の(丸いが)両側に付いている。
その三角形がどちらかのサイドに寝ているというのか開いている方向側を掘る。
地下茎はその方向から来ていることになっている。
根の部分までさぐり、ゴルフの玉を打つほどの真剣さで竹の子の曲がり具合を計算に入れできるだけ主幹に直角になるように鍬の先を打ち込む。
一撃に越したことはないし、満足感も違う。
ダフルのは地下茎を痛めるがゴルフと同様再度打つことができる。トップはゴルフと違って打ち直しができず貴重な竹の子(今年は練習場の玉のようなものだが)を短くしてしまうのでいただけない。
手入れの入っていない竹林では思い通りにできないことも多いので、その時は理想を求めないでとりあえず掘れたらよいとするのもハザードから脱出できたらよいとするゴルフに似ている。

そんなことをいつも思いながら掘っているが、掘ってる最中に姪から電話があり、2時から川崎に住んでおられる姪のお義母さんの先日発見された膵臓癌を診て差し上げることになった。
12時過ぎに掘るのを切り上げて昼食をし電話を待った。
お声は元気そうだったが、不安感のあるのは誰でも分かる。
とにかくご挨拶はそこそこに治療をした。
癌はいつも言うように分からないが、その影響の痛みとかその原因の身体の不調とかは感じることができる。
治療後そういうことがわかるものですか?ということだったので、ここがこうで、あこがこうでというように説明したら全てその通りですとびっくりしておられた。
こうして信用してもらうと楽観的な私の見解も現実味を帯びて良い結果をもたらすんじゃないかとプラシーボ効果も期待している。
その後はいつもどおりだが、5時までに帰宅して肺癌で入院しておられたO先生からの電話を待っていた。
放射線治療が上手く行ったようで先日退院したとメールをいただいていた。
退院直前微熱が出たが、お医者さんもどうもないだろうということで退院してこられたようだったが、調子が良くないと言ってこられていた。
私の今日の感じでは風邪を引いておられると思ったのだが、そうであって欲しい。
熱が下がらなかったら、3日後またお電話いただくことにした。
治療依頼が何故か今大波のように来ています。
  

Posted by江龍武at 21:13 Comments(2) 治療

2008年04月26日

日常生活の再開

伯母の入院、逝去そして葬儀と非日常の生活をしていたが、私の担当の支払いは昨日で片がつき、お礼なども今日妻と母が病院に行ってほぼ一段落した。
それで、日常に生活を戻そうとしたのだが、何からしたものかと思った。(ブログも沢山書くことがあるはずなのに何から書いたものかと思った。)
とりあえず竹の子を掘りに行かねばと昨日から思っていたので一番にそれにかかりたいのだが土曜日は治療日で10時に電話がある上に、フランスから知人が治療を受けるため電話して来た。
24日お葬式の日のことだが、出かけにシアトルのMNさんから電話を受けて9時半の出発まで時間があったので、本当は3時間後の方がMNさんには良かったのだがこちらが無理を言ってそのときにさせてもらった。
時間も来たので、さあ出かけようと思ったらフランスのMSさんから久しぶりの電話を受け、卵巣嚢腫(のうしゅ)が見つかったのでお願いしますということだった。
今、とにかく忙しいので簡単にやっとくからまた土か日に電話してくれる?と、5分ほど治療した。
それで電話があったのだが、昨日横浜の親友Hが帰省していたので葬式疲れもあったが地鶏の店「味千両」で飲み食いしてたものだから今朝は遅く起きた。そんな起き掛けにかかってきたもので喉を守らねばととっさに思った。妻が話してる間にうがいをして水をごくっと飲んでとにかく喉を潤した。
ビールだけならそこまでする必要はないが、阪神の金本選手がお気に入りだったと憶えている芋焼酎「森伊蔵」が陳列してあったのでそれを頼んだ。
親友が東京ではビンが飾ってあるだけで飲めないというし、私もプレミア焼酎の味を一度は味わっておきたいと思ったので、味わうならストレートと注文したら細身の陶器製カップになみなみと注がれて運ばれてきた。
オーナーがサービスしてくれたらしい。
そんなわけで、ストレートで沢山飲むと喉が荒れることが多いので気をつけた。
10時の治療も終わり、それでは竹の子と思ったがその前に畑の種を蒔いたところに水をやったほうがよいと思ったので水撒きをしていたら、スナックピーが伸びて空中を漂うツルが目に留まり巻きつくようしてやったほうが良いと今度はそれに取り掛かった。
それを終わったら葉に虫が這った跡が目に止まったので、ハモグリバエか~、やっぱり退治しようか、と一枚一枚幼虫がつけたスジのある葉を見つけては指や爪で押し潰していた。
それで、昼になった。
昼食にしようと家に戻ったら、「妻が竹の子は?」と訊く。
「午後にした」と言ったら、「採ってくると思って今鍋を火にかけて水を沸かしているから採ってきてくれるとうれしい」という。
それで、急ぎ竹林に行き、とりあえず3本採ってきたが大きいので2本しか入らなかった。
午後は、病院回りの時間まで竹の子掘り。20本ほど採ったところでタイムアップ。
前回病院へ行ったときMKさんの横で入院しているご主人に付き添っておられる奥さんに差し上げる約束をしていたので適当な大きさのを3本持っていったが、あいにく帰られたところだった。夕方にはまた来られると聞いたのでとにかく置いてきた。
そのようなことで、日常が戻ってきたが、まだ何か説明できない変な感じがある。
仕事に追われているようで落ち着かない。
たったの一週間だが、多くのことを日々の生活で処理していたんだと畑と竹の子掘りの作業のようなことからでも分かった。

*写真治療はできる限りしていましたので、治療をお願いされてる方はご安心下さい。疲れとアルコールで途中寝たりしてたこともありましたが・・・
  

Posted by江龍武at 20:29 Comments(0) 生活

2008年04月24日

永眠

伯母が永眠した。
平成20年4月22日 午後6時10分
院号 華照院節譽教道妙香大姉
葬儀は参列OKで家族葬にした。
今日が告別式。
  
タグ :伯母院号

Posted by江龍武at 08:12 Comments(2) 生活

2008年04月21日

シジュウカラ

玄関先に写真のような陶器製の椅子が置いてあるのだが、もう一週間以上前になると思うが、椅子を持つための穴から小鳥が真っ直ぐ飛んで出たように思った。
まず目に入った小鳥の飛び出した位置や小鳥の飛んだ軌跡が穴から斜め上方に糸を引くような感じだった。
もしかすると・・・と思い穴を覗き込んだら、やっぱり~。
中に巣があって黄色いくちばしの雛が大きな口をあけているのがうかがえた。
どうして「もしかすると・・・」と思ったかというと、畑の横にも同じ椅子が置いてあるのだが、昨年草刈をしていたとき椅子を持ち上げたら巣と雛が出てきた。
上手い具合に持ち上げたからよかったものの引きずってたら大変なことだった。
それからは、親が来るだろうとぼーっと遠くから眺めていたら口にたら~んとしたものをくわえた親が5分おきぐらいに穴を出たり入ったりして餌を与えていた。
今年もそこに巣を作るかと思って確かめたが、今年は作らなかったのでちょっとがっかりしていた。
そんなことがあったので、ワクワクしながら覗き込んだらやっぱり思ったとおりだった。
2年続けてとはラッキ~~~。
もう本当にものすごく幸せな気分でいる。
今日親が飛び出していったのを確認してから椅子を斜めに持ち上げて写真を撮った。

見てやってください。
カラスじゃなくって、かわいいシジュウカラの七つの子です。
何時親が戻ってくるか分からないので、直ぐに元通りにしました。

ただ、今回はちょっと心配なこともある。
野良猫に同じ玄関先で餌をやってるので猫がその辺でくつろぐことが多い。
なかでも、太郎と名付けた白黒の若いオス猫は今やんちゃ盛りで直ぐちょっかいを出したがる。
鳥独特のちょっと臭い匂いを感じるのか穴に鼻を近づけたり、親はまず近くの枝に止まってから穴に飛び込むのだが、その低い木の根元で親を狙って構えていたりする。
それに先日離れたところだが、一メートルもある蛇を見た。
蛇防止には猫がいたらよいのかもしれないが、その猫が危ないときてるし、母もはらはらして猫が狙ってると何度も私に訴えるのがうるさい。
挙句の果てはかわいがってる猫を箒で追い払ったと言うではないか。
そういうと、何となく餌をやるときでも猫が警戒して近づいてくるようにも思える。
自然の動物の営みには手を出さないのがよいと母に言ってるんだけど、優しさに負けるようだ。
こういうのを愛は盲目と言うんですかね。
  

Posted by江龍武at 21:15 Comments(0) 生活

2008年04月20日

竹の子優先?

今日も9時過ぎから竹の子掘り。
妻が実家に母と行くけどどうする?と竹林内の私に携帯で連絡してきたのが10時ごろ。
先日結婚した従兄弟の息子がお嫁さんを紹介しに11時から実家に来ることになっていたので出かける用意ができたようだが、にょきっと30センチ近くも地表に出ている竹の子もあるし、出会いたいと思ったが竹の子は待たないがお嫁さんにはまたお正月にでも会えるだろうと、竹の子掘りを続けることにした。
そんな考え方は社会生活的にはどうなんだろう?と考えたが、男は大体働いて家にいないしとか都合のよい理屈を考えたりしてOKだとしたが、今日は日曜日だから説得力のない理屈とも後で思った。
もし早く終わったら後で行くと言ったが、それはとんでもなく的外れの答えだった。
昨日暖かかったせいか、ぼこぼこの二乗、三乗。
ふっと時計を見たら12時前になっていた。
妻に電話して行けそうにないことを伝えようとしたら、「今帰らはったし私もそっちにもうじき帰る」ということだった。
それでまた続けていたら、それから直ぐに鍬の柄が先のはまってるところで折れたので直しに家に戻ったら、母が帰っていて妻は実家で後片付けの手伝いをしてるということが分かり、それならと鍬を直してまた竹の子掘りに戻った。
それから間もなく「お母さんを病院にお連れしてからまた戻ってくる」と電話を受け、それならそれまで採ってようとまた続けていたら、暫くして電話があった。
「手伝う格好をしてるんやけど何処にいる?」と訊いて来た。
「もう終われそうやから食事の用意しといて」と言ってそれからまた3本採り終了した。
家に戻ってふっと時計を見たら2時だった。
集中していたのか時間が分からなくなっていたようで、まだ1時ぐらいだと思っていた。
途中お茶を少し飲んだだけで、5時間近く掘っていたことになる。
それから暫く、足が何度も攣ったのはちょっと脱水症状になっていたのかもしれない。
採った竹の子は80本を超える。
母や妻からあの人にあげてと頼まれた人の分をまず取り分け、それから思いつく人に「竹の子いりませんか?」と電話して取りに来てもらうことで減らしたがまだ一杯ある。
それで一昨日父の病院の看護婦さんに尋ねたら欲しいと言ってもらってたので、約束を果たすべくゴミ袋に二袋しっかり入れて届けた。
駐車場からエレベーターまで重たかったことといったらなかった。
久しぶりに筋力の限界まで使った感じだった。
竹の子掘りで時間を取ったものだから、認知できるほどMKさんの意識は戻ってないものの安定してるので、奥さんに電話して今日は訪問をお断りした。
MKさんの横の竹の子をあげたおじさんは明日退院させられるので、「もう会うことはないと思うけどよろしく言っといて」と奥さんに頼んだ。
  
タグ :竹の子

Posted by江龍武at 21:33 Comments(0) 生活

2008年04月19日

忙中閑あり

伯母の入院で、全員臨戦態勢だが、それなりにいつもの日常をしている。
妻は昨晩病院に泊まったのだが、妻に代わるため母が私がまだ寝てる間に病院に行っていたらしい。
家が静かだと思いながら歯を磨いていたら、「起きてるの?」という妻の声がしたので「あれっ!」と思い「病院は?」と訊いたら「お母さんが早く来てくださった」という答えが返ってきて母が寝てる間に起きて出て行ったのを初めて知ったようなことだった。
静かなはずだった。
毎土曜10時にある電話治療をしてから、妻に「竹の子を掘ってくる」と言ったら「手伝わんでいいか?」と一応気にして言う。
手伝って欲しいと言ったらどうするつもりだったんだろう。
この辺が長年養ったアウンの呼吸というものなのかもしれない。
「一人でできるから早く寝た方がええで」と言って出陣した。
いや~本当に今年は出ます。
去年一本も出なかった場所を見に行ったらぼこぼこあった。
そこだけで20本近く採った。
誰かが盗みに入ってるようで竹の子を採った穴が数箇所あったが、断りなしに入ったことは不愉快だが、盗られたことはあまり気にならないほど今年は出ている。
それにしても我々の小さかった頃は、道の際に無造作に生えてる渋柿の木でもあれは誰々さんの柿の木とかあそこの藪は誰それさんのとかと言って所有権者を知っていたし他所から来る人はともかく地元のものは手を出さなかったものだが、いつからそれが崩れたのだろう。
里山という響きのいい言葉が独り歩きして里山とは皆のものという理解になり入会権(いりあいけん)という言葉を知ってる人が少なくなったのだろうか。

広辞苑から
入会:一定地域の住民が特定の権利をもって一定の範囲の森林・原野または漁場に入り、共同用益(木材・薪炭・まぐさなどの採取)すること。
入会権:入会地を利用する権利。
入会地:一定の人々のあいだで入会の権利が設定されている山野・漁場など。

バンクーバーでは大学の敷地や公園でワラビごときものでも採ってるのを見つかると罰せられる。
公共の場所にあるものは全て公共のものであって個人に所有されるのはおかしいということだろうと理解していた。
日本はそこまで厳格でないように思っている。
入会権のある場所でもワラビぐらいは怒られない。小さい自然生えの草木も多分大丈夫だろう。しかし、松茸は絶対許してもらえない。竹の子は微妙な気がする。
しかし、今回は私有地だ。
とまあ話を難しくもって行ったが、手入れされてる竹林ではないし勝手に生えてるような感じだし採りたくなるのも分からないではない。
「あなたがたのうちで罪のない者が、最初に彼女に石を投げなさい」のようなことをキリスト様に言われたら私には投げられない。

今日は時間があまりなかったので30本。
家に3本残して、母の友達、親友の実家や親戚に竹の子を欲しいかまず電話で確かめ病院に行く前に配達して回った。
皆その大きさとゴミ袋一杯の竹の子に目を丸くしていた。
病院のMKさんの横のおじさんが昨日竹の子堀りの話をしていたら「わしも欲しいな~」と言ったのでその人にもどさっと届けた。
それで今日の掘ったのは全部なくなった。
  

Posted by江龍武at 22:13 Comments(4) 生活

2008年04月18日

伯母の誤嚥

昨日は病院回りとアスパラガスを採ることを除いては雨の一日をのんびり過ごせるはずだったが、昼食の終わりかけにお茶でも飲もうとした矢先に義姉から電話を受けた。
施設にいる伯母(母の姉)が食事が喉に詰まって救急車で運ばれるから家族の人にも行って欲しいと施設から連絡があったということで、とにかく私と母で行くことにした。
母が用意している間、とりあえず気を送ってはみた。
伯母は咳き込んでいるのだろう胸に違和感を感じたりしていた。
病院に着いたら救急車はまだ着いてなかった。到着まで5分かかるということだった。
父の入院している病院だったので勝手はよく知っている。
救急車が到着したら横手から処置室に入ってしまうから様子が分からなくなるので、外で救急車の到着を待つことにした。
母は、院内でばったり出会った親戚のおじさんと話していた。
外で待っていたら義姉もやってきた。
母が話してるのは義姉の親戚なのでその旨伝えたら、病院内に入って行ったがその直後に遠くからピーポーピーポーと聞こえてきた。
救急車がほどなく到着。ドアが開けられ担架で運ばれる伯母は酸素マスクをして背中を丸め咳き込んでいたのであれなら命に別状はないだろうと思い、それを母と義姉に告げるため急ぎ病院内に戻った。
「生きてはる、苦しそうやけど。」と簡単明瞭にまず伝えたが、それ以上のことは伝えようもないので処置が終わってからの先生の説明を待つしかない。
待ってたら施設の方が来られた。
それからまもなく、レントゲンを撮るため伯母が処置室から運び出されてきて、また部屋に戻されてから先生の説明があった。
とりあえず気道確保の管が挿入されている状態で暫く入院することになった。
先生は暫く寝ててもらいましょうと言っていたが、部屋に入ってから何故か意識が戻ってきて管が入ってるのが苦しいのか動き出したので、耳が遠いので妻や義姉が耳元に口を近づけ大声で何が起こってるのか説明するのだが、おとなしくしてもらうのは難しかった。
叔母と従姉妹が連絡を受けてやってきたので部屋が人で一杯になり、幾分か伯母も落ち着いたし父を見に行ってたら妻がノートとペンを取りに来て筆談すると言う。
後でまた行って見せてもらったが、読めたものではないが少しは分かるから、しないよりましだったが、意思の疎通というのは大事だと思った。
夜は母と叔母が泊まるというので妻と家に帰り、何が起こるか分からんからからこんな日はやっぱりアルコールは飲まんとこうと食事をしていたら義姉からまた電話があった。
「お母さんが電話してきて、伯母さんが死にかけてはる、と言うてはるんやけど・・・」
それだけ聞いて、「とりあえず気を送ってみるし」とプツンと電話を切った。
一刻を争う気がした。
気を送り出したら、バンクーバーのYさんのお父さんを最初診たときと同じ感覚を脳天に持った。
頭頂部が開くようなピリピリするような感じがある。
「やばいなあ~!とりあえずYさんのときと同じようにそこを蓋するしかないか」と気を送り続けその感じがこれなら許せると思うようになってから急いでまた病院に行った。
喉の管であまりにも苦しむので抜くことになり、それから声も出て元気に母とか叔母と話していたと言うことだったが、また痰がからんだらしい。
それからは、人工呼吸器が着けられた。
病室には連絡を受けて兄夫婦がいたが、それから入れ替わり立ち替わり、病院から連絡を受けた施設から二人、帰宅途中の従兄弟のK、Mの妻、従姉妹のA、妹と様子を見にくる中気を入れていた。
病室で本当に長いこと気を入れていた。
私なりに峠は越えたと思うときが来たが、どちらに向かうかは待つしかない。

今朝も見てきたが、心拍を拾う電子音と人工呼吸器のスーッパッ、スーッパッの音が病室に響いている。
意識を戻すのは3日ほどしてからだが、そこからどうなるのか今は誰も分からない。
  
タグ :誤嚥伯母

Posted by江龍武at 17:01 Comments(2) 治療

2008年04月17日

竹の子どうしよう

昨日の午前中は一人で竹の子を掘り続けていた。
昨年竹に花が咲いて不作だったがその分力を蓄えてたのか、竹林に入ったら今回は先日採ってからほんの3日後というのにあちこちに頭が見える。
それを確認してから一輪車と入れ物を取ってきて始めた。
管理された竹林ではないので一輪車を竹の子に横着けはできない。
入れ物に入れて運び出すのだが、竹の子って重い。
直ぐに一輪車に乗らなくなったので家まで運びまた同じ作業をしに戻ることを繰り返してたら、終わるまで3時間近くかかった。
総本数は40本を超えた。
「どうするんや、こんなに採って~!」と自分で採っときながら思ったが、採らなかったら竹林に竹が増えすぎ後々切るのは大変だ。
面白そうなので道で売ってみようかと思ったが、僅かなお金にするより誰かに喜んでもらった方がよいのに決まってると、兄に電話して欲しがってる人に電話してもらうことにした。
一昨年ものすごく採れたものだから、昨年兄がいくらでも出るからいくらでもあげると約束したのに不作で果たせず名誉挽回が必要な人がいることを聞いていたので、その人のことが頭に浮かんだ。
無事連絡が取れたようで、もらいに来てもらえることになったと直ぐに車でやってきて、そのボリュームにびっくりしていた。
うち用に3本だけ取っておいたのだが、父の病院で疲れを休めてたら妻から電話があって、母のお友達のおばさんOさんが来はったけど残した竹の子を全部あげてもよい?と尋ねてきた。
今年はどこも採れてるようで、そんなにも私が竹の子を掘ってる間に、知り合いTKさんが美味しいと評判の場所から採れた竹の子を小さいが6本届けてくれていて、それを見てから病院に来てたので、妻にどうぞどうぞと喜んでなくしてもらった。
今日はまた雨。これはまた沢山出るな~と思いながら過ごしている。
今日はアスパラガスを雨の中採った。
27センチ、これも待ったが効かない。
  
タグ :竹の子

Posted by江龍武at 21:55 Comments(4) 生活

2008年04月16日

Loudness

今日も早朝に起きることになっていたのだが、身体がその予定をしていたためだろう、妻と母の話し声がするようで目が覚めてしまった。
妻が戻ってきたので、母と話していたかと尋ねたらそんなことはしていないと言う。
母の寝室からのラジオの音を寝ぼけてそう思ったようなのだが、それならそれで睡眠を妨げるほどの音量ということになる。
母は最近まで病院で睡眠薬を処方してもらって飲んでいた。
いくら「睡眠薬は止めた方が善い、眠れなかったら何かしてたら善い。」と言っても聞かなかったが、先日従姉妹が電話してきた時、デパスという精神安定剤で睡眠導入剤としても使われるという薬を紹介されてからお医者さんに処方してもらってそれに切り替えた。
それからは、「睡眠薬をもう飲まんでもようなった。デパスはほんまに良い」と今度はデパスのファンになってしまった。
デパスに心酔したのかそれがデパスの精神安定剤としての効能なのかもしれないが、眠れなくても気にしないようになったようで、夜中に目が覚めてもラジオを聞いたり長唄のテープを聴いたりして眠くなるのを待つようになった。
それはいいのだが、年々耳が遠くなってるようで夜中のラジオの音量も部屋が離れていても聞こえるほどにするので以上のようなことになった。
私は目がど近眼のせいか他の感覚器官が発達するようで耳は人よりよく聞こえるように思う。
そのため、最近は母の声が大きくて苦痛に感じている。
耳栓をした方がよいかと何度考えたことだろう。
もうちょっと小さい声で話してくれないかと何回か言ったが今はもう諦めた。
今時のテレビは音量が数字で分かるから私の聴いてる音の数字を見たら自分が聞こえなくなってるのが分かるはずなのに、耳が遠くなってきてるのを認めたくないようだ。
聞こえたふりをしている節がある。
面白いことに母は母なりに、あの人は耳が遠いから声が大きいししんどいとか言っている。

ところで妻は私の声が大きいと普段からよく言う。
耳がよくても声が大きいとはこれいかに。
カナダのパブで友達と飲んでいて、白人にうるさいと注意されたことがあった。
母を責めることはできない。
我慢するしかないか・・・
  

Posted by江龍武at 21:02 Comments(2) 生活

2008年04月15日

アスパラガス

今日も午前中は畑にいた。
これから植えつける作物をどのようにしたらよいかと畑を最初の内眺めながら考えていた。
レタスを植えすぎたものだから畝のやりくりが難しくどうしてよいか分からなくなり、世話がとりあえず要りそうなスナックピーのツルのからんでないのを引っ掛けてたら、葉を食害する毛虫が目に入った。
最初一匹ぐらいならと手で潰してみたが、あまり気持ちのいいものではない。
それに毒毛虫だったらどうしたものかとこわごわやったのだが、幸いにも安全な毛虫だったようで指は夜になっても腫れていない。
賢い行動ではなかったと反省もしていますし、虫とはいえ自分の手を汚したのはいただけません。
以後気をつけます。
それから、他にもいるかとよく見たらあちこちにいる。
なんで~と思ってもいるんだから仕方がない。去年はいなかったんだけど・・・
それでペットボトルの口の方を漏斗のように切って逆さに取り付けた捕獲用の入れ物をいつものように使うことにしてピンセットで掴みだした。
毛にピンセットが触れるとぽとっと落ちて逃げ足もすばやいのが数回失敗して分かり、こちらも挟むのがゆっくりでは逃げられると、えいっ!やっ!と情け容赦のない感じでつかみ出すことになった。
虫の捕獲に関しては、毎年最初のころ可哀想とか申し訳ないとかいう気持ちが沸いてくるが、それがなくなるというかその行為を受け入れるしかないと思えるのに暫くかかる。そんなことで情け容赦のない感じであっても今日はまだまだ動揺しながら、しかし、しつこく探して捕っていた。
それを終わってアスパラガスを見たら長いのが目に入ったので、23センチの棒を収穫用に昨日から用意してたのでそれを使って10本ほど収穫した。
去年テレビで23センチと言っていたと思っていたが、先ほど記憶を確かめようとインターネットで調べたら27センチの棒を渡されたという記事があった。他には25~28センチで収穫しているというのもあった。
私の23センチはちょっと短かったことが分かった。

アスパラガスを収穫して直ぐに茹でて食べる美味しさは作っているものだけが味わえる喜びです。
一度これを味わったら買ったのは食べられなくなると思うほどです。
強い植物なので庭の隅にでも植えてみてください。
タネからなら3年目ぐらいから苗なら翌年から収穫できますが、その年は株を育てるためにほんの少ししか収穫できないのでぐっと我慢して次の年を待ち、そしてまた次の年と収穫量を増やしながら楽しみます。10年は同じ株で採り続けられるということです。
繁茂した葉は生け花にも使えます。

それにしてもあいまいな記憶はいけない。23センチで収穫して、そんなに美味しいのを少し損してしまった。
  

Posted by江龍武at 21:45 Comments(0) 農作業

2008年04月14日

定植と種蒔

今日は午前中しっかり畑仕事。
結球レタスを34本、チマサンチュを24本、ローマンレタスを14本そんなに食べもしないのに定植した。
レタス農家のホームページに本葉4枚で定植とあったのでそれに従った。
去年の秋はもっと大きくなってから定植したが別に問題はなかったので、家庭菜園ではそんなに神経質になる必要はないと思うが、生産農家には品質のこともあるだろうから決まったものがあるのだろう。
ローマンレタスは今年初めて作るのだが、シーザーサラダが食べられると今から楽しみにしている。
先日カナダの友達Rちゃんから小包が届いて、その中にシーザーサラダの素が一箱入ってたので、どうしてだろう?Rちゃんの好物だろうか?と思ったら、妻が私の好きなことを伝えておいてくれたらしい。いずれにせよ、ありがとう。
6月には収穫できるはずなのでそれまで大事に取っておこう。
定植を終わって今度は種蒔。
兄が種を昨日殆ど蒔いたと言ってたので、こっちもすることに決めた。
インゲンマメの一種モロッコをちょっと早いかと思ったが、直播きした。
大根は去年の種が余ってるので、青首総肥りの春大根と時なし大根の2種類。
それからこれまた去年の種で時なし5寸というニンジン。
妻が好きだというカブは京小町というのを買ってきておいたのでそれも蒔いた。
ほとんど無肥料栽培なので、発芽して暫くの小さい間、まあ人間でいったら子供時代は元気に育たないといじけると思い種を蒔くとき培養土をかぶせたり蒔き床として使っている。
その上に土はねを防止するため籾殻を振りかけておく。
それからしっかり水を撒いてたらお昼になった。
午後はいつもの病院回り。
ガソリンが2円上がってました。
暫定税率のない安いうちにさらに上がって後暫定税率が復活して25円足されたら、値段にびっくりして怒りさえ覚えるドライバーも出るかもしれない。
道路関係者は困ってるかもしれないが、運送業界は一息ついてるだろうに・・・と早朝の元気に走るトラックを見ながら、18,19羽目の放鳥の道中で考えて今朝は始まっていた。
  

Posted by江龍武at 19:11 Comments(0) 農作業

2008年04月13日

竹の子

今日の夕方から雨ということだったので、午前中は種を蒔いたり苗を植えたりがいつでも出来るように畑仕事に精出した。
畑仕事も昼前一段落したので、そうそう竹の子が出ているか調べてこようと思いつき敷地の一角にある孟宗竹の林に万が一出ていたらと思いとりあえずバチ鍬一つ持って入った。
ざ~っと歩きながら見て回ったが見つからないのでやっぱりまだかと思いながら、日のよく当たるところならどうだろうと行ったら、5センチほどの懐かしい竹の子の頭が目に入った。
出てるやないか!!と近づいたらそこから1メートルほど離れた先にまた2本、目に入った。
お~、やったぜ!とまず一本目の竹の子の周りを丁寧に掘り、鍬を入れるところを探し出し、えいっ!と一振りしてぐっと鍬を起こすと「ぎぐっ」か「がぐっ」か「げごっ」か何とも表現できないような音とともに丸々としたのが土から出てきた。
先の2本も同じように掘り出して、まだあるかなと腰を落として回りに目を凝らしたらさらに3本見つけた。
掘り出した3本だけでも丸々とした竹の子なので入れ物がないと一度には持ち出せない。
それが6本になるわけだから、入れ物を取りに行くしかなくなった。
うれしい小さな誤算だった。
一輪車で入れ物とともに戻ってきて、さらに3本掘り出して意気揚々家に持って入った。
      
竹の子は先を斜めに切り落とし先端から真中に包丁を半分ほど入れ、石油ストーブの上で水から糠とともにゆっくり茹でるのが私流。
ガスで茹でると味がもうひとつ美味しくないように感じるので、石油ストーブを使うことにしている。
それで芯が燃えるタイプの石油ストーブを竹の子が採れる間は出しておく。
粘土質に生える竹の子が白子と呼ばれる美味しいえぐみのない竹の子なら、幸いなことに私の竹の子は粘土質から出てきている。
そうはいっても採れる竹の子を食べるのだから白子とか黒子とか選ぶことはできない。
とにかく採ってきたら直ぐ茹でる。
これが一番です。
うまくしたもので木の芽も大きくなっている。
  
タグ :竹の子

Posted by江龍武at 18:02 Comments(2) 生活

2008年04月12日

虚言症

虚言症:
過去の事実、自己の境遇などを空想的に潤色・変形し、自ら虚言と現実とを混同する病的な精神・心理状態。自己顕示的あるいはヒステリー的性格異常者に見られる。空想的虚言。(広辞苑より)

女性友達から午前中に電話があった。
結婚してからご主人との会話に積み上げというものがなかったらしい。
「こう言ったでしょう?」と訊くと「そんなことは言ってない」という答えが返ってくることが日常茶飯事のことだったらしい。
その時の状況によって同じことでも答えが変わるらしい。
その場その場では会話になるが、夫婦の会話というのはその場ぽっきりのものではない。ああでもないこうでもない、ああだこうだと言いながら永の年月にわたって会話を積み上げていくものだが、それができなかったということだ。
「そんなことは言ってない」と言われると普通の人なら自分が間違ってるのかとまず思う。
そして、相手が間違ってると言うことが分かり最初の頃は、それを指摘するが、だんだん回をかさねるにつれ指摘するのも面倒になり「こんな小さなことは・・・」とか思いながら理不尽だが黙ってやりすごすようになる。
そんなことを26年もやってるうちに、友達も何がなんだかわけが分からなくなったようでパニック障害というような状態になっていたらしい。
精神的ダメージは主婦湿疹という形で現れ、それで治療をさせてもらうことになったのだが初めて私が気を入れたときは頭に何も感じないのでその手応えに戸惑った。
その時は分からなかったが、1年半ほど前に違う人で同じ手応えを経験して、それが自律神経失調症の手応えに違いないと思ったのだが、そんな状態だった。
先日友達は「ご主人もしかすると虚言症じゃない?」と友人から指摘されたらしい。
それで、ご主人に当てはめてみると思い当たることばかりだったということだ。
虚言症は病気だから、忘れてしまうのに本人には計算も悪気もない。

虚言症の話を聞いて、比較対象に商売の上手い人はどうだろうと思い、友人のSを思い出した。
Sがかつて「嘘も言い続けるとホンマになる」と言ったことがある。
Sの場合は計算も悪気もあるので病気ではないが、何時もそんなことをしていると病気になるかもしれないと心配している。
また、多くの政治家なんかは、もしかするともう虚言症という病気になってるのかもしれないと思い、日本の将来に不安を覚えた。
しかし、本当のことばっかり言って生きていくのは難しい。
「嘘も方便」とお釈迦様も言っている。
この辺はバランス感覚がいるということだろう。

それにしてもご主人が虚言症と分かったのはよいとして、友達のこれまで26年悩んだり苦しんだりしたあげくに出た答えが、虚言症だとは・・・こんなことだったのかよ~と言いたくなるに違いない。
そして、「問題はそれが分かったからといって現実問題は何の解決にもなってない」と冷静にそれを指摘した友達が言ったそうだ。
  

Posted by江龍武at 21:32 Comments(2) 病名

2008年04月11日

先日畑の畝を作るのに二日続けて鍬を降ったのが悪かったのか、それ以来腰痛に悩まされていた。
マッサージ機にもお世話になるのだが、マシにはなるが畑仕事ができるほど治ったとは到底思えなかった。
昨日まで朝起きるときは腰が伸びたような感じになっていて、立つとき痛むのでそろそろとした動きで一日が始まっていた。
昨晩のことだ。
なにか得たいの知れない黒いような丸いようなものが近づいてくる夢を見ていた。
ちょっと怖い。
私の背中に向かって手のようなのが伸びてきたと思ったので、身体を丸めて無抵抗だが防御というのかあらがうというのかそんな姿勢をとりながら叫んでいた。
まだ、生きるーーーっ!!!
そんな夢の中の私の背中にさらに手が伸びてきた。
やばっ!
触られたと思った瞬間、ごきっと音がなったように感じそこが痛いと思った。
痛いな~~と感じながら・・・夢かうつつか分からぬままそのままにしていた。
夢はそこで終わり、その夢からどれくらいか分からないが目覚めて立ち上がったとき腰痛は跡形もなく消えていた。
あれっ!!!
雨で土が濡れてるので鍬こそ持たなかったが、午前中2時間ほどプランターに土を入れたりスコップをちょっと使ったり屈んだり立ち上がったりと暫くやっていたが、全く腰に違和感がない。
不気味な夢だったが、なにかが私の腰を治していってくれたようだ。
ありがたいことだったが、もうちょっとその不気味さをなんとかしてもらえませんか?
妻にこの話をしたら、まだ、生きる~~~っ!と叫んだくだりで眉をひそめていた。
大丈夫、大丈夫。
登場の仕方は悪いけど誰かが守ってくれてるんですって。
私が言うのもなんですが、それにしても不思議です。
  

Posted by江龍武at 13:12 Comments(2) 不思議

2008年04月10日

お味は?

午前中に親友の実家に散髪に行くことに昨日から決めていたので、妻がガトーショコラクラシックを持っていくように昨晩焼いてくれた。
散髪代を毎回タダにしてもらってるので気を人一倍遣う妻には手ぶらで私を行かすことは耐えられないことでどうしようと思うらしい。
それだけでなく、妻のガトーショコラはついにものになってきていたので、作るのが面白くもなってたのだろう。
バンクーバーからの助言だけでなく、材料を混ぜるときの腕の使い方まで指摘した私の口うるささも役に立ったのか今回のは今までで最高の出来となった。

昨日妻が帰宅して開口一番、「おかしいことが起こってる」と言った。
不気味な心持になって、「なにが~?」と訊いたら、「バターが売り切れていて2軒回ったけどない」と言う。
とにかく一安心したが、変なことだ。
ある店では張り紙までして、注文しても入ってこないとあったらしい。
無塩バターだけでなく普通のバターもなかったということだった。
飼料が高騰するのに原乳価格が上がらず廃業する酪農家が増え、バターに回す牛乳が足りなくなっているのかと思ったが、これは私が勝手に考えたことで本当はどういうことなのだろう。

そんなことで、最高の出来と書いたが、本来なら無塩バターを使うところが手に入らず家にあった普通の塩分のあるバターを使うことになったので今一度の挑戦は最低必要なようだ。

持って行ったガトーショコラは直ぐ味見してもらえ、無塩バターではなかったが店でも出せると二人から太鼓判を押された。
帰って妻にそれを伝えたら本当に嬉しそうだった。
午後は、307号線を行ったり来たり。
まず信楽の「かたぎ古香園」へ無農薬茶を求めて走り、取って返して今度は日野まで真っ直ぐ、河原の「藤あられ」に走った。
そこまで行ったのでついでに近くの岡崎に寄り、蔵尾ポークを買おうということになった。
それを包んでもらってる間に牛肉も買おうかとなった。
牛肉はいつも高い部類のを買っていたが、今日は300円台とか400円台とか500円台とかのが蔵尾ポークの陳列から近かったので目に入り一回試してみようと思い500円台のを買ってみた。そんな値段の牛肉って前から並んでたかな?と思ったぐらいだから今まで鼻から無視していたようだ。
これが美味しかったら次回はさらに安いのを試そうと買ったのだが、塩コショウで炒めたのを母がまず食べてこれ美味しいと言った。
我々夫婦も美味しいと思った。
次回は400円台を試してみよう。
それが美味しかったら300円台を試すつもり。
ちなみに蔵尾ポークは300円のを買いました。
  

Posted by江龍武at 20:51 Comments(0) 生活

2008年04月09日

また骨盤底筋!

朝9時前にやっと馴れた野良猫に餌をやってその足でなんとなく苗を見ようとしたのか畑に行って戻ってきたら、玄関近くで妻が「今戻ってきました」と言ってるのが聞こえた。
私に電話かな?と思いながら入ったら、「シアトルの方から」と受話器を渡された。
あ~先日バンクーバーのMさん紹介のNさんだと分かり、事情を話してもらった。
歯のこともあったが、他にも子宮癌を心配された経緯があった。
暫く説明を受けては答えていたが、やはりまずは診てからがよいと思い電話治療をすることにした。
ぐらついてる歯が助かるかどうかはともかくとして、口角の右から上の頬までの筋肉が痺れてるような感じがあり上唇全体にぎこちない動きを感じた。上の奥歯の歯茎にも違和感を感じたのでその辺の血行が悪かったように思う。
おもしろいことに骨盤底筋に先日横浜の方を診たときと同じような感じを持ったのだが、横浜の方ほどではないが緊張していたのと股の付け根特に左の筋が痛がっていた。(電話を切ってから右の付け根の筋も痛がってたことも分かった。)全体的に下腹部が冷えていたが、横浜の方と同様、足が冷えてるとは感じなかった。
治療が終わって感じたことを言ったのだが、足は冷え性だったのが近頃あまり感じなくなってたということだったが、どうも足からの静脈血の戻りが悪いから末端が火照る状態になっているからだろうと私の見解を述べさせてもらった。(これは「身体への関心」という題で以前に書いた。興味のある方はブログ内検索で調べて読んでみてください。)
横浜の方の場合、このほてりが足の筋肉を緩めすぎ力が入らなくなったとも考えられる。
まだ二例だが、骨盤底筋の緊張は下腹部の血行を悪くもするし足の血行もついでに悪くするのかもしれない。
場所的に、女性なら子宮に、男性なら前立腺の問題に骨盤底筋の緊張が関係している可能性もあるんじゃないかと思いついたが、そんなに上手い具合に治療の機会は来ないし、いずれまた結論を書ける日の来ることを今は祈っておこう。
それにしても立て続けによくも同様の感覚の症状を提示してもらったと神の配剤に感じ入るばかりだ。
MNさんにはまた2週間後にお電話をいただくことにした。
  

Posted by江龍武at 17:36 Comments(0) 思いつき

2008年04月08日

捻挫

昨日の朝も15匹目の放鳥のため兄と遠出。
兄は私を迎えに来る前に、飼い犬のビーグル(名前をベクという)を散歩させてたらしい。
帰宅してから別れた後に「言い忘れてた」と電話があり、朝ベクを散歩させてたとき引っ張ってから足を痛がってびっこをひくようになったから見てやってくれと頼んできた。
病院に行く道中に寄って見とくからと電話を切り、午後早めに家を出発し見に行った。
ベクは私が行ったらなるほど左の前足を使わないようにしてトロ箱のベッドから出てきた。
実家は丁度留守だったので、上がりかまちに座って邪魔のない静かな空間で声の響きを楽しみながらあ~あ~やってたら、姪が帰ってきて「ありがとう、ちょっと悪いけど車をどけてくれる?」と中断することになった。
姪は会社のお友達を連れて来てたので、それからは声を出しては気味悪がられるかもしれないし説明するのも面倒だし、手かざしみたいにベクの頭をなでながらまた始めた。
なでてる手にベクがうーぅっうーぅっとうなる声の振動が伝わってき当然耳にも聞こえているが、治療する足から目をそらし顔を見たら、やばい!!と瞬間思うような顔をしていた。手と身体をとっさに後によけるのと同時ぐらいにウワァンときた。すんでのところで噛み付かれるところだった。
それからまた、この犬畜生め、治してやってるのにと思いながら気を離れて送ったら、腹を上に向けてお愛想をしだした。
人様にしたときもよくあることだが、治る時に痛みが出たのを不愉快に感じて本能的な動作に至ったのだろう。
まぁ、しゃーないな~、今回は。
その時はびっこの具合はかなりよくなったとはいうもののまだ少しひいていたが、今日用事があってよったとき完璧に治っていた。
単なる捻挫だったようだ。
義姉がいたので、治ったようやけどこの犬は太りすぎやし捻挫したんとちゃうやろか?と言ったら、狂犬病の注射に連れて行くとき太ってて格好悪いので餌減らそうと言っていた。
噛まれかけたから太ってるといって仕返ししたわけではないが、そういうことやで、ベク。
飯食わさへんとは言ってはらへん。減らさはるだけや。
  
タグ :捻挫

Posted by江龍武at 18:00 Comments(0) 治療

2008年04月07日

骨盤底筋

昨日ブログが長くなりすぎると思って書かなかった横浜の方の症状は、急に足に力が入らなくなって歩けなくなり食欲もなくなり尿漏れもするようになられたということだった。
お医者さんに診てもらわれたのかどうか訊かなかったので分からないが、私の診立ては骨盤底筋が痙攣したというものだった。
骨盤底筋とは骨盤の下部にあるそうで先日NHKの「ためしてガッテン」で取り上げられたのでご存知の方も多いと思う。
私は、父の病院で再放送をちらっと見ただけではっきり放送の内容は知らないが、その骨盤底筋という単語と場所とそれが緩むと尿失禁になるということをその時知った。
上に書いた通り、「ためしてガッテン」ではこの骨盤底筋が緩むことによって尿失禁が起こると放送していたが、横浜の方の場合は反対に筋肉が縮むことで問題が起こっていたとしか思えなかった。
不思議なことに腹部だけに陰気がこもって血流が悪いと感じた。足は何も感じなかった。
緩むだけなら尿失禁ですむところだが、痙攣で筋肉が縮んだことによってどのようにかは分からないが足にいく静脈か神経を押さえたのかも知れない。
妻が友達とピラテスを習いに行ってたとき、骨盤底筋を鍛える運動をさせられたのだが、その後友達は原因が分からない下腹の症状に悩むことになり心配になって病院に検査に行ったことがある。
妻からその話を聞いて、頼まれたわけではないが私の友達でもあるのでイメージを使って遠隔で調べてみたら骨盤底筋が緊張しているのを感じた。
その当時は骨盤底筋などという単語を知らないので、妻に「蟻の門渡り」の部分の筋肉が縮んでいたから治しておいたと説明したことを憶えている。
40代後半からは筋肉を鍛える時は縮んで戻らなくなる可能性があることを肝に銘じて無理しないことだと思う。
横浜の方には、治るのを早めるのにその部分にひまし油を塗ることを勧めた。
NHKのことも話したが、確か放送でその筋肉を鍛えるといってたのを思い出し鍛えたらまた縮むかもしれないし、あれっ!どうしたらいいのだろうとちょっとパニックのように思考がなりはっきりお伝えしなかったかもしれない。
鍛える(柔軟性を保つ)のは大事だし歳相応にしたほうがよいと思うが、鍛えた後、運動で筋肉を鍛えた時のようにその場所をマッサージするかひまし油を塗ってほぐしておくのが大事かもしれない。

足に力が入らなくなり尿漏れを起こすというようなことが起こったら、骨盤底筋の痙攣が原因かもしれないと疑ってみたらよいかもしれない。
  

Posted by江龍武at 19:11 Comments(0) 思いつき

2008年04月06日

畝の履歴表

昨日の歯槽膿漏対策への追記を少し。
私の免疫力チェックにもなってるたまに膿む歯茎を治すことで見出した方法だが、長いことどうしても治らなかった時、最後に首をゆっくり大きく回す運動を取り入れたら治った。
首を回すことで首の筋肉が緩むため頭部への血行がよくなり、歯茎への血行もそれに連れてよくなったのじゃないかと考えている。
身体全体の免疫力だけではなかったようで、歯茎の部分的な血行をよくしないといけないときもあることを知った。
この方法はかなり歯槽膿漏予防には有効な気がする。
あと、爽快か安心か忘れたが、健康雑誌にヨーグルトで歯磨きをすると良いようなことを読んだ憶えがある。
追記は以上です。

今日は天気もよいので、種からのレタスの苗ができてきてるので、畑の畝を耕したり黒マルチをかけたり、植付の準備に午前中を費やした。
畑ではできるだけ石油由来の腐らない物を持ち込まないようにしているが、この黒マルチは母の使い残しで昨年秋にレタスを植える時初めて使った。
結球レタスを作るとき展開する葉が腐ることから病気が出るようなので黒マルチを使用した方が作りやすかった。
ついでに玉ねぎも穴あきマルチを使うと、春先穴から生える草を引くことは忘れてはならないが、よく育つようだ。

畑の仕事はそこそこできたので、それからコンピューターの前に座り、連作障害を防ぐため畝の使用作物の履歴表をエクセルで作成していた。
ナスやトマトなどナス科は4年、エンドウマメにいたっては7年は同じ場所は避けたほうが良いと誰もが言う。
いついつにどの畝にどの野菜を作ったかを憶えているのは所詮無理なので表を作るしかないと思った。
去年まではノートに記していたが、コンピューターでしたらよいとやっと今年思いついた。
コンピューター世代でないというのはこういうことなんだろう。
作ってみると便利なことがあった。
連作を注意する作物、マメ科とナス科は字に色を付けることにした。
それに消すのは自由自在なので、今年の植付の予定も入れてみた。
おかげで頭が整理でき、病院への道中、種を買わしてもらいました。

MKさんは少し安定してきたようだ。
昨日気の治療をしてあげた肺炎のOさんは「今日も来てくれはるやろか?」と奥さんに尋ねてたということで、私の来るのを首を長くして待ってもらってたようだ。
「昨晩ほんまに楽にさせてもらった」と喜んでもらった。
今日の手応えではもう私が治すところはない。後は時間が解決するだろう。

5時半過ぎに横浜の方から予定通り電話があった。
今日で丸二日が過ぎたことになるが、急速に良くなってこられ、一月ほど寝込んでおられたのが歩けるようになられたとのことだった。
全く知らない方だったので治せてホッとしたというのが正直なところです。
こういうこともあるという一例ですが、私も捨てたものではないとこれからも精進する励みになった治療でした。
  

Posted by江龍武at 19:26 Comments(0) 農作業

2008年04月05日

治療依頼

今日は施設に入っている母の姉(の伯母)と妹(の叔母)を母が集めての姉妹会の日で、10時半ごろから妻が施設に伯母を迎えに行ったり、頼んでおいた弁当を取りに行ったりと忙しく動き出した。
伯父もいるが、送ってくれる者がいないのと近頃呼んでも断ることが多いし会話も弾まないと思ったのか、今回は女だけで集まることにしたらしい。
叔母の方は従姉妹が送ってきた。
従姉妹は早期退職をすることに決めこの4月から教職を辞めた。
だんだん生徒も大変になってきていたようだし、仕事もどんどん増えるばかりのようだったから心身ともに疲れていたのだろう。
教えるという以外の用事が近頃の学校では増えていると聞く。
教師もお医者さんも受難時代の感がする。
先生といわれてまだ喜んでるのは政治家ぐらいのもんかもしれない。
従姉妹はいつも出会ったときはこわばったような表情だったが、今日はリラックスした感じだった。
私の分もお弁当が用意されていたので食べた後、皆さんにおいとまをして私だけ病院回りに出かけた。
MKさんを診るのを空けると、そんなとき死なれでもしたら自分が手を抜いたからと思いそうで悔やむことになるから毎日行っている。
まだまだ言葉に対する反応はないが目はしっかりしている。
4人部屋に移ってからも他の入院患者の横でおおっぴらにしているのだが、一つのベッドは空いているし後のお二人の内一人は意識のないような寝たきり老人でしっかりされてるのはお一人だけということで気にされるかもしれないがやっていた。
昨日から肺炎で入院のその方が、「わしの顔色今日は悪いか?」と奥さんに尋ね、今日も同じようなことを尋ねられた。
診てあげようかと思ったこともあったが、奇妙なものをしてもらってでも治りたいという気がおこったらしてあげたらよいと様子を見ていたのだが、「それ、してまわってはるんでっか?」と尋ねられて、つい自分から「してあげましょか?」と言ってしまった。
「して欲しいなあ」と返してもらって助かった。
まあこんなところかと思っていた頃に看護婦さんがその方Oさんを迎えに来たので終わったが、暫くして戻ってこられ「ほんまに楽になった」と不思議そうな顔だが、喜んでおられるのが声から分かった。実際目にも力が入った感じで顔色も赤みがさしていた。MKさんの奥さんも同じ思いだった。
こうなるともっと良くしてもらいたいと思われたのだろう、明日も頼まれてしまった。
それから父の病院へ行き、この二日前から電話治療を引き受けた横浜の方のため5時前に帰宅した。
それが終わる頃にバンクーバーのMさんから電話がかかってきて、「シアトルにいる自分の知り合いが頼みたいから連絡してくれと言うので・・・」ということだった。
歯槽膿漏を頼みたいらしいのだが、これは全くのところ自信がない。
Mさんが私のブログを紹介したらしいので読んでいただいてるものとして、その方MNさんに向けて書いておこう。
気で菌を殺すことはできないと思っている。できる人はいるかもしれないが今の私では無理というもので、では駄目なのかというとそうでもないかもしれない。
免疫力というものが気で高まると当然菌を抑制できるので症状は治まる可能性はある。
それが証拠に、私も根管治療を一本しているが、そこが疲れたり飲みすぎたりすると歯茎がうずいたり腫れたりして仕舞いには膿が出ることがある。睡眠もしっかりとり元気なときは完璧にきれいな色の歯茎に戻る。
そんなことで、夜更かしをしないとか暴飲暴食をしないという日常の生活も大事だし、歯のクリーニングも三ヶ月に一回は行った方がよい。歯磨きも食事の後は大事だし、デンタルフロスや歯間ブラシも使うのが良いと思う。歯槽膿漏予防の歯磨き粉を使うのも良いだろう。歯茎にはビタミンCをサプリメントで摂ってるのが良いとも聞く。
というようなことは最低限必要だと思いますが、もしかしたら気も効くかもしれないのでお電話下さい。お待ちしています。
  

Posted by江龍武at 21:22 Comments(0) 治療

2008年04月04日

早起きは三文の徳

昨日に続いてまた5時起き。これにも慣れた。
人間というのは直ぐにどんな状況にも慣れるものだ。
だが、変化することを嫌う。
何時までも今の状態でいたいと思ってもそれはお釈迦さんが「常あること無し」と言っている。早起きというような小さな生活の変化から無常という言葉を思い出した。

ウィキペディアからの抜粋:
釈尊が成道して悟った時、衆生の多くは人間世界のこの世が、無常であるのに常と見て、苦に満ちているのに楽と考え、人間本位の自我は無我であるのに我があると考え、不浄なものを浄らかだと見なしていた。これを四顛倒(してんどう=さかさまな見方)という。

無常ということからガソリンの暫定税率をなんとか維持しようと思ってる自民・公明党のことが脳裏をよぎった。
私は月一か多くて二しかガソリンを入れないのであまり関係ないが、ガソリンの安くなったのを喜ぶ庶民の感情を無視して再度数の力を頼み元に戻そうとする自民・公明党の代議士先生、無常ということをもう少し考えて、知恵をだしたらどうですか?
国民生活が楽になるときまで道路を造るのを抑えるのも考えられるし、道路が早急にいるんだったら消費税を上げるのも一法だし、国防費を削減する事だって考えられる。
そんなに頭を使わないんだったら郵政民営化を国民に問うたように暫定税率も総選挙で問うてみたらと言いたくもなる。
予算がないならないなりに何を優先させるかを考えたらどうなんだろうと思うんだけど・・・
行政はよく、これはあくまでも予算ですから、と言うではないか。その予算がなくなったんだからどうするの?というだけのこと。民間企業なら予算どおりに儲からないのは日常茶飯事と言ってもいい。
民主党の小沢党首が言ってるように、国民は混乱していないと思う。
蔵出し税だって書類上の処理だけで何とかなるはずなのに、どうして古い在庫を安く売ったら損するという考え方しか出てこないのか不思議で仕方がない。在庫を返品するというのは商売の常道で書類上ですればいいことじゃないんだろうか。
私の頭が悪いのか、政治や経済で分からないことが多すぎる。

それにしても2週間前に比べて随分と明るい。
5時半ともなると小鳥たちが活動を始めている。
まだ少し薄暗いし、あれっ!鳥って鳥目じゃなかったっけ?
気になって調べてみました。
ニワトリを除き、人間並みかそれ以上に見えるそうです。
トリメ=鳥目ではなく、トリメ=鶏目というのが正しいようです。

いろんなことを考えたり知ったり、早起きは三文の徳でした。
  

Posted by江龍武at 20:16 Comments(0) 思いつき

2008年04月03日

妻の挑戦

天気がいいので午前中畑をえっちらおっちら鍬で耕していたら、私を呼ぶ妹の声が聞こえた。
なんの用やろうと手を止めて声のするほうに行ったら、顔を見るなり「また捻挫した!」という。
飼い犬の大型犬の散歩中に急に引っ張られたからということだった。
新しい捻挫は簡単に治るが、妹のは癖になってるのでどうだろうと思いながら気を入れてみた。
思ったとおり結構時間がかかったが、まあなんとか治ったようだった。
身体も疲れてるようだったのでついでに全身にもやんわり気を入れておいた。
身体を治すには部分だけでは不十分で、いい結果を得たかったら全体の調子を整えておくのも肝要だと思っている。
終わって妹には、「痛くないからといって使いすぎないよう、2週間は大事に使ってやってくれ」と申し渡したが、おとなしく言うことを聞くかちょっと疑っている。
妹が帰ってまた畑仕事に戻ったが、妻が自分の実家へ母の用事で行く前に私の昼どきに食べるものを用意して出た。
デザートとして昨晩焼いたガトーショコラクラシックが一切れ添えてあった。
バレンタインデーに私のために初めて焼いてくれたのだが、味はともかく膨らみが少なかったので失敗ということになりそれ以来再挑戦の機会を窺っていた。
つい先日バンクーバーで妻が料理を習ったYさんから電話があったのだが、妻はちゃっかりとYさんのかけてきた電話を使ってガトーショコラの作り方を懇切丁寧に教えてもらうことに成功し、俄然やる気を出して作り始めた。
電話で教えてもらってからの一回目は生クリームを入れ忘れたりオーブンを温めるのを途中で気がついたりとまたもや味はともかくというものができた。しかし、膨らみはバレンタインデーのとは比較にならないほど膨れ光明が見えた。
それは、とりあえず味はともかく・・・だから、妹や他にもらってもらい、昨日また音がすると思ったら再度作っていた。
今度は、びっくりするほど膨れたし、かなりのところまで来たと思ったが、まだ縁が羽根のように立ち上がってないので満足できなかったとみえメールでYさんにまた教えを乞うた。
Y先生は親切に解決策を妻にメールしてくださったので、今晩か明日か分からないが再度挑戦するだろう。
お昼に食べたガトーショコラクラシックはしっとりしていて充分美味しかったが、ぱさついてるところも感じたので、本間物は正直なところ知らないが、これがなくなったら最高だろう。
頑張れ!!
  
タグ :ケーキ捻挫

Posted by江龍武at 19:30 Comments(0) 生活

2008年04月02日

琉球泡盛

Mさんにいただいた琉球泡盛です。
昨晩飲んでみましたら、今まで飲んだ泡盛のように独特の香りというのか癖がなく飲みやすいことこの上なし、島ラッキョウを肴にぐい飲みに半分程度を楽しみました。
ストレートで味わうのが礼儀と思いそうしましたが、なんせ35度、酔っ払わないようにちょっとにしました。
沖縄最古の蔵元とありますので紹介しておきます。

新里酒造
箱書きによりますと:
新里酒造の創業は、弘化3年(1846年)。当時、琉球王府は泡盛造りを首里(崎山・赤田・鳥堀)に住む30人のみに泡盛の製造を許した。その一人として認められて以来160余年、伝統の技と精神を現在6代目当主が受け継いでいます。
とありました。
http://www.shinzato-shuzo.co.jp

今日の夕食にも飲んでみましたが、やはり美味しいでした。
  
タグ :泡盛

Posted by江龍武at 20:10 Comments(0)