2008年10月31日
土地無料でも・・・
今日で北海道から帰って7日目。
この一週間でぐっと寒くなり、畑の虫も新たに増えることはなくなったようで、幸運にも生き残って大きくなったのだけを求めての虫退治だから随分と時間がかからなくなった。
今年だけのことなのかもしれないが、今年は青虫が少ない。
毎年とり続けていると局地的には減るのかもしれないと思ったら、手で虫取りしているのもいずれ楽になるときが来るかもしれないと思える。
あと少し頑張ろう。
虫の数のことから北海道の人口について語るのもなんだが、北海道は全体で570万人ほどということだが、その三分の一ほどの人口190万人が札幌に集中しているということだ。
先日訪れた標津も人口が減少しているということで、町あげてこんな写真のようなことをしている。
新築中の家があったが、それを入れてもまだ4、5軒ほどしか家はなかった。
場所は、標津サーモン科学館の近くで町の中心部にも近いし悪くはない。
しかしね~、定住となると・・・
土地が安い今、無料でもらえるとしても140坪ぐらいで手をあげる人はいない気がした。
この一週間でぐっと寒くなり、畑の虫も新たに増えることはなくなったようで、幸運にも生き残って大きくなったのだけを求めての虫退治だから随分と時間がかからなくなった。
今年だけのことなのかもしれないが、今年は青虫が少ない。
毎年とり続けていると局地的には減るのかもしれないと思ったら、手で虫取りしているのもいずれ楽になるときが来るかもしれないと思える。
あと少し頑張ろう。
虫の数のことから北海道の人口について語るのもなんだが、北海道は全体で570万人ほどということだが、その三分の一ほどの人口190万人が札幌に集中しているということだ。
先日訪れた標津も人口が減少しているということで、町あげてこんな写真のようなことをしている。
新築中の家があったが、それを入れてもまだ4、5軒ほどしか家はなかった。
場所は、標津サーモン科学館の近くで町の中心部にも近いし悪くはない。
しかしね~、定住となると・・・
土地が安い今、無料でもらえるとしても140坪ぐらいで手をあげる人はいない気がした。
2008年10月30日
北海道行き最終稿
最後の日は8時ごろホテルを出て知床峠周りで空港に行くことにした。
朝からぱらぱらと雨も降ってきた。
空が暗いだけに海も北の厳しさをより一層伝えてくるようだった。
峠に向かう道は途中から霧に包まれとろとろ運転を強いられた。
知床峠に着いて写真を撮ることもできずそのまま走り続けたら、暫くしたら霧が晴れた。
そこは葉を落として準備が出来た木々がまもなくの冬の到来を告げていた。
この道もすでに夜間通行禁止になっている。
ウトロに向かって標高が下がるにつれ木には葉がまだ着いてるようになり、天気もありがたいことに晴れてもきた。
途中峠に向かって観光バスが何台も行ったが、あちらは天国から地獄のような気になるだろうと兄と話しながら、苦しい時を乗り越えたあとの余裕のあるような心境だった。
途中、道の横に黄色いところが見えてるのでなんだろうと思っていたら、ひまわり畑だった。
あまりに綺麗なので車を止めて写真を撮った。
空港近くまで来て道の駅に、妻と母に頼まれていた金時豆を買いに寄った。
この時期が新豆が出るぎりぎりの時で、新豆が少しあったが、まだ今売ってるのしかないということだった。
ただ、嬉しいことにその豆は手作業による収穫物という代物で得がたいもののようだった。
実際、それを母が炊いたら美味しいことこの上なかった。
空港に着いてからは兄が阿寒湖で木彫りを買う美鈴の姉妹店の石田屋に寄って最後のお土産の仕上げをするのが習慣のようになっているので、今回もそのように予定を組んでいた。
寄ってよかった。
美鈴のご主人から伝言が入っていた。
そこでは、妻がマルセイバターサンドを欲しがっていたので私は苦手だけど買った。
それと、白い恋人。
やっとお土産を買う仕事がそこで終わった。
空港のレストランにビールを飲みがてら昼食をとりに入った。
テーブルに、流氷を仕込み水に用い天然色素スピルリナを使用して色を出したという「流氷DRAFT」という青い色の発泡酒が宣伝してあったので、まずそれを頼んでみた。
ウエイトレスがどうですかと尋ねる。
今回の旅行ではビールの味についてウエイトレスがよく尋ねるな~と思いながら、「ちょっと甘い感じで悪くはないけどそんなにまた飲みたいとは思わない」と言ったら、「売れ行き一番なんです」ということだった。
ちなみにその女性に流氷DRAFTが好きか尋ねたらキリンビールの方がいいと言う。
「えっ、なんでキリンビール?サッポロビールじゃないの?」
「キリンビールも北海道に工場があります」
北海道人はサッポロビールが一番だろうと勝手に思っていたようだ。
そういえば、今回北海道のキリンビールは飲んでなかった。
さて、写真左だが今回兄が教えてくれて注文した釧路地方で今大人気という豚丼。
うな丼のウナギの代わりに豚肉になってるような一品だったが、美味しかった。
豚肉もなかなかいいのが使ってあったように思った。
旅行の写真はこれが最後でした。
帰宅してから、連日送ったお土産が届いている。
生鮭は、鮭は捨てるところがないと聞いていたので、挑戦してみた。
頭と中骨は土鍋で甘辛く時間をかけて炊いたら骨まで食べられた。
白子は切って茹でポン酢でたべたが、その煮汁で内臓関係を煮て食べた。
肝臓はもっちり、胃壁はスルメのような感じ、心臓の歯ごたえもよかった。
腎臓は作り方を写真に撮ってきたので、めふん作りに挑戦している。
結局捨てたのは、エラと腸だけとなり、命を無駄にせず丸ごといただいたからか何か気分がいい。
今日も知人から釣り立てのカツオとよこわをもらったので、鮭と同じように出来るだけ捨てないように食べようとしている。
さて、これで北海道行きについては終わりです。
私の記録としての文章に最後までお付き合いいただきありがとうございました。
朝からぱらぱらと雨も降ってきた。
空が暗いだけに海も北の厳しさをより一層伝えてくるようだった。
峠に向かう道は途中から霧に包まれとろとろ運転を強いられた。
知床峠に着いて写真を撮ることもできずそのまま走り続けたら、暫くしたら霧が晴れた。
この道もすでに夜間通行禁止になっている。
ウトロに向かって標高が下がるにつれ木には葉がまだ着いてるようになり、天気もありがたいことに晴れてもきた。
途中峠に向かって観光バスが何台も行ったが、あちらは天国から地獄のような気になるだろうと兄と話しながら、苦しい時を乗り越えたあとの余裕のあるような心境だった。
途中、道の横に黄色いところが見えてるのでなんだろうと思っていたら、ひまわり畑だった。
空港近くまで来て道の駅に、妻と母に頼まれていた金時豆を買いに寄った。
この時期が新豆が出るぎりぎりの時で、新豆が少しあったが、まだ今売ってるのしかないということだった。
ただ、嬉しいことにその豆は手作業による収穫物という代物で得がたいもののようだった。
実際、それを母が炊いたら美味しいことこの上なかった。
空港に着いてからは兄が阿寒湖で木彫りを買う美鈴の姉妹店の石田屋に寄って最後のお土産の仕上げをするのが習慣のようになっているので、今回もそのように予定を組んでいた。
寄ってよかった。
美鈴のご主人から伝言が入っていた。
そこでは、妻がマルセイバターサンドを欲しがっていたので私は苦手だけど買った。
それと、白い恋人。
やっとお土産を買う仕事がそこで終わった。
空港のレストランにビールを飲みがてら昼食をとりに入った。
ウエイトレスがどうですかと尋ねる。
今回の旅行ではビールの味についてウエイトレスがよく尋ねるな~と思いながら、「ちょっと甘い感じで悪くはないけどそんなにまた飲みたいとは思わない」と言ったら、「売れ行き一番なんです」ということだった。
ちなみにその女性に流氷DRAFTが好きか尋ねたらキリンビールの方がいいと言う。
「えっ、なんでキリンビール?サッポロビールじゃないの?」
「キリンビールも北海道に工場があります」
北海道人はサッポロビールが一番だろうと勝手に思っていたようだ。
そういえば、今回北海道のキリンビールは飲んでなかった。
うな丼のウナギの代わりに豚肉になってるような一品だったが、美味しかった。
豚肉もなかなかいいのが使ってあったように思った。
旅行の写真はこれが最後でした。
帰宅してから、連日送ったお土産が届いている。
生鮭は、鮭は捨てるところがないと聞いていたので、挑戦してみた。
頭と中骨は土鍋で甘辛く時間をかけて炊いたら骨まで食べられた。
白子は切って茹でポン酢でたべたが、その煮汁で内臓関係を煮て食べた。
肝臓はもっちり、胃壁はスルメのような感じ、心臓の歯ごたえもよかった。
腎臓は作り方を写真に撮ってきたので、めふん作りに挑戦している。
結局捨てたのは、エラと腸だけとなり、命を無駄にせず丸ごといただいたからか何か気分がいい。
今日も知人から釣り立てのカツオとよこわをもらったので、鮭と同じように出来るだけ捨てないように食べようとしている。
さて、これで北海道行きについては終わりです。
私の記録としての文章に最後までお付き合いいただきありがとうございました。
2008年10月29日
北海道行き④ 鮭の心臓
二日目の昼食は標津が総本店のフランチャイズ店もある福住(ふくずみ)蕎麦で食べることにした。
席についてメニューを見たら、なんと「にしん蕎麦」があった。
にしん蕎麦は京都中心の蕎麦メニューで身欠きにしんを作る北海道では味わえない。
二年前「寿し処はんさく」に行った時、福住蕎麦の社長に会ったのだが、そのときお話させてもらったとき、どうしてにしん蕎麦をメニューに載せないんですかと言った事を思い出した。
「私も旨いと思うんやけど・・・北海道では・・・」ということだったが意見が採用されていた。
そんなことがあったので、にしん蕎麦を頼むしかないと思った。
甘く炊いた身欠きにしんは多分取り寄せだと思う、慣れ親しんだ味だったが、福住の甘めの少々濃い目の出汁には合わないように思った。
もう少し出汁を薄くしたらと思ったが、これはなかなかできないかもしれない。
でもあの社長ならと期待している。
とにかく、北海道の産物が地元で提供されるのは京都よりも自然な感じでよかった。
昼食前に漁協で、昼食後は丸徳水産というカニ問屋で生鮭やカニ他をお土産に買って、それまでに農協のスーパーでの買い物もあったし、ほぼすることはしたと思えた。
本当は、今回はもう一つどうしても手に入れたいものがあったのだが、漁協でもなかったし福住で訊いても漁協ならということだったので諦めていた。
それは、鮭の心臓。ホルモン屋ならサーモンハツとでも呼ぶだろうか。
以前標津の小料理屋で串刺しにして焼いたのを食べて以来、なんとかもう一度と思っていた。
塩コショウして焼くと歯ごたえがあってこれが美味しいんですよ~(生唾もの)
仕事も終わり兄がドライブに行こうと走り出したが、福住で「標津サーモン科学館」の割引券をもらってきたということで、そちらに行くことになった。
私は、しめしめと心の中で思った。
以前テレビで放送したのだが、「標津サーモン科学館」に隣接する土産物などを売る建物の中に魚屋があり、そこで鮭の心臓を売っているのを見たことがあった。
サーモン科学館の外観。
右の塔の上に丸い赤いモニュメントが3個あるが、それが国後島から見えてロシア人があれはなんだと警戒したとかだが、後に、鮭の卵、いくらをデザインしたということが分かり安心したというようなことがあったらしい。
私は買い物を先にしたかったが、兄の意見に従ってサーモン科学館を見ることになった。
バンクーバーの対岸にノースバンクーバーという地域があり、そこにキャピラノ・サーモンハチェリーという鮭の人工孵化場があるが、そことこの標津のサーモン科学館とは姉妹館という関係でもあるので来るとノースバンクーバーの孵化場のことをいつも思い出してしまう。
館内で久しぶりに遡上してきた鮭も見たが、ドクターフィッシュという皮膚の角質を食べてくれる魚が面白かった。
その日は足を水槽に入れるのは駄目だったが、手を入れたら集まってきて皮膚に吸い付くようにして掃除してくれる。
暫くはこそばいというか妙な感じだったが、なれると快感になった。
やめて暫くしてから右手と左手を比べたら明らかに角質の感じが違うので、もう一度左手を入れて楽しんだ。
鮭の腎臓(背骨に沿った血合いの部分)の塩辛「めふん」の作り方や鮭のさばき方なども掲示されていたので写真にとった。
建物から出てからも少し周りを見て、やっとお土産の建物に。
もう、真っ直ぐ魚売り場に直行。
「あったー!!」
でも、生は色が変わるので送れないと言われどうしたものかと思っていたら、冷凍したのがあるということだったので、それでとにかくOKということにした。
送るのにそれだけではボリュームがないので、北海シシャモのキャペリンではなく本当の北海道のシシャモで雌の箱入りがあったのでそれも買った。
帰ってきてから思うのだが、鮭は生で送ってきているし内蔵も入っているから生の心臓でも送れたんじゃないだろうか。
今度また機会があったらなんとか送ってもらおうと思っている。
とにかく手に入れました(^^)
(つづく)
席についてメニューを見たら、なんと「にしん蕎麦」があった。
にしん蕎麦は京都中心の蕎麦メニューで身欠きにしんを作る北海道では味わえない。
二年前「寿し処はんさく」に行った時、福住蕎麦の社長に会ったのだが、そのときお話させてもらったとき、どうしてにしん蕎麦をメニューに載せないんですかと言った事を思い出した。
「私も旨いと思うんやけど・・・北海道では・・・」ということだったが意見が採用されていた。
そんなことがあったので、にしん蕎麦を頼むしかないと思った。
甘く炊いた身欠きにしんは多分取り寄せだと思う、慣れ親しんだ味だったが、福住の甘めの少々濃い目の出汁には合わないように思った。
もう少し出汁を薄くしたらと思ったが、これはなかなかできないかもしれない。
でもあの社長ならと期待している。
とにかく、北海道の産物が地元で提供されるのは京都よりも自然な感じでよかった。
昼食前に漁協で、昼食後は丸徳水産というカニ問屋で生鮭やカニ他をお土産に買って、それまでに農協のスーパーでの買い物もあったし、ほぼすることはしたと思えた。
本当は、今回はもう一つどうしても手に入れたいものがあったのだが、漁協でもなかったし福住で訊いても漁協ならということだったので諦めていた。
それは、鮭の心臓。ホルモン屋ならサーモンハツとでも呼ぶだろうか。
以前標津の小料理屋で串刺しにして焼いたのを食べて以来、なんとかもう一度と思っていた。
塩コショウして焼くと歯ごたえがあってこれが美味しいんですよ~(生唾もの)
仕事も終わり兄がドライブに行こうと走り出したが、福住で「標津サーモン科学館」の割引券をもらってきたということで、そちらに行くことになった。
私は、しめしめと心の中で思った。
以前テレビで放送したのだが、「標津サーモン科学館」に隣接する土産物などを売る建物の中に魚屋があり、そこで鮭の心臓を売っているのを見たことがあった。
右の塔の上に丸い赤いモニュメントが3個あるが、それが国後島から見えてロシア人があれはなんだと警戒したとかだが、後に、鮭の卵、いくらをデザインしたということが分かり安心したというようなことがあったらしい。
私は買い物を先にしたかったが、兄の意見に従ってサーモン科学館を見ることになった。
バンクーバーの対岸にノースバンクーバーという地域があり、そこにキャピラノ・サーモンハチェリーという鮭の人工孵化場があるが、そことこの標津のサーモン科学館とは姉妹館という関係でもあるので来るとノースバンクーバーの孵化場のことをいつも思い出してしまう。
館内で久しぶりに遡上してきた鮭も見たが、ドクターフィッシュという皮膚の角質を食べてくれる魚が面白かった。
暫くはこそばいというか妙な感じだったが、なれると快感になった。
やめて暫くしてから右手と左手を比べたら明らかに角質の感じが違うので、もう一度左手を入れて楽しんだ。
鮭の腎臓(背骨に沿った血合いの部分)の塩辛「めふん」の作り方や鮭のさばき方なども掲示されていたので写真にとった。
建物から出てからも少し周りを見て、やっとお土産の建物に。
もう、真っ直ぐ魚売り場に直行。
「あったー!!」
でも、生は色が変わるので送れないと言われどうしたものかと思っていたら、冷凍したのがあるということだったので、それでとにかくOKということにした。
送るのにそれだけではボリュームがないので、北海シシャモのキャペリンではなく本当の北海道のシシャモで雌の箱入りがあったのでそれも買った。
帰ってきてから思うのだが、鮭は生で送ってきているし内蔵も入っているから生の心臓でも送れたんじゃないだろうか。
今度また機会があったらなんとか送ってもらおうと思っている。
とにかく手に入れました(^^)
(つづく)
2008年10月28日
北海道行き③ 牛の話
翌日は、昨晩の深酒のせいか早くに目が覚めた。
朝食まで暇なので温泉に入った。
7時に予約しておいた朝食を食べたあと、ホテルを出て海岸にできた『しべつ「海の公園」オートキャンプ場』を見に行った。

シーズンオフなのと早朝だったのか利用客もいないし案内所にも人がいなかった。
観光案内所もかねている。
ここの売りは、釣り突堤100m。
写真をとったり掲示されてるのを読んだりしてから、知人Kさん宅へお邪魔した。
Kさんは以前農協に勤めておられたのだが、「明日から農協祭で農協のスーパーの安売りがあるんだー、けど一日早かっただな」と言いながら新聞の折り込み広告を差し出された。
兄がその農協のスーパーでいつもいろいろ買うからそんな話になったのだが、その広告を見ていたら、スタンチョンという写真を見てもそれが何なのか全然分からない物が安売りになっていた。
それでKさんに尋ねたら、そうだよね~と笑いながら、スタンチョンというのは牛の首を挟んで首の上下はある程度できるように繋いでおく器具ということを教えてもらった。
所変われば品変わるでした。
そんなことから牛の話になったのだが、Kさんが言うには「今は牛のワクチンを打つのや牛の手術を手伝っている」ということでその話を聞かせていただいた。
標津町の内陸部は乳牛の飼育が盛んなのだが、その乳牛の手術の話だった。
まず牛をどのように手術台に乗せるのかという話から始まった。
手術台は最初壁のように立っていてそれに牛を括り、それから手術台が倒れるらしい。
足も括って吊り上げるとか。
それは分かったが、それにしても牛にどんな手術をするのかとものすごい興味が湧いた。
結論を言うと、牛の胃は四つあるが、その第四胃が詰まるという問題が多いということだった。
何故そうなるのか説明してもらった。
牛は反芻動物で本来なら草を食べ反芻するようにできているが、近頃は柔らかい濃厚飼料を与えるので反芻できずそのまま第四胃まで流れ込んでしまい詰まってしまうということだった。
そんな手術を受けてお金がかかってては儲からないと思うが、それが共済で手術代がでるし、死んでも保険金がもらえるとかで、あまりよくないような牛は死んでもらった方がいいというのが相場らしい。
なんともはや、経済動物としてしか扱われない牛が哀れでならない。
この話は続きがあって、そのあと農協の偉いさん達とお話しする機会があったので、手術をするリスクがある濃厚飼料を与える利点を尋ねてみた。
答えは、濃厚飼料を与えなかった場合に比べて乳量が二倍ほどになるということだった。
何年ぐらい搾乳できるのか尋ねたら、5,6年ぐらいとかいうことで、じゃ、粗飼料だったらどれぐらいと尋ねたら13年ほどはいけるということだった。
バイオエタノールで穀物価格が上がった昨今、考えさせられますよね。
私なら、経済的な粗飼料を与え、牛にも出来るだけ健康に長く頑張ってもらう方がいいと思うが、脂肪分の低い牛乳では消費者が買わないのかもしれない。
酪農家も同じだけ搾乳するのに手間が倍になるのでしたくないのかもしれない。
しかし、牛乳の脂肪分なんてバターを入れたらすむことだし、今時はメタボリック防止から脂肪を取らないに越したことはないから低脂肪牛乳でもいいと思うんだけど、やっぱり売れないんだろうと思わざるをえない。
参考的な数字:一年に出荷する標津の農家一軒あたりの量は600トンとかで、1トンが約8万円ということで粗収入は4800万円ほどあるらしい。
ところが、それでも乳価が低いので離農が多いという現実があるぐらい儲からないらしい。
そんな数字と話を聞いて、消費者が低脂肪牛乳を求めだしたら、農家も粗飼料で牛を飼うことができ食べていけるのではないか、それなら牛も少しは幸せかと考えたりしていた。
野菜に窒素肥料を与えすぎることによって硝酸態窒素を多量に含むことになった野菜を食べることによる人体への影響のことも考えると、もっと消費者は食への知識を増やし生産者にこういうものが食べたいと声を大にする時代が来ているのではないだろうか。
そう思いませんか。
(つづく)
朝食まで暇なので温泉に入った。
7時に予約しておいた朝食を食べたあと、ホテルを出て海岸にできた『しべつ「海の公園」オートキャンプ場』を見に行った。
シーズンオフなのと早朝だったのか利用客もいないし案内所にも人がいなかった。
観光案内所もかねている。
ここの売りは、釣り突堤100m。
写真をとったり掲示されてるのを読んだりしてから、知人Kさん宅へお邪魔した。
Kさんは以前農協に勤めておられたのだが、「明日から農協祭で農協のスーパーの安売りがあるんだー、けど一日早かっただな」と言いながら新聞の折り込み広告を差し出された。
兄がその農協のスーパーでいつもいろいろ買うからそんな話になったのだが、その広告を見ていたら、スタンチョンという写真を見てもそれが何なのか全然分からない物が安売りになっていた。
それでKさんに尋ねたら、そうだよね~と笑いながら、スタンチョンというのは牛の首を挟んで首の上下はある程度できるように繋いでおく器具ということを教えてもらった。
所変われば品変わるでした。
そんなことから牛の話になったのだが、Kさんが言うには「今は牛のワクチンを打つのや牛の手術を手伝っている」ということでその話を聞かせていただいた。
標津町の内陸部は乳牛の飼育が盛んなのだが、その乳牛の手術の話だった。
まず牛をどのように手術台に乗せるのかという話から始まった。
手術台は最初壁のように立っていてそれに牛を括り、それから手術台が倒れるらしい。
足も括って吊り上げるとか。
それは分かったが、それにしても牛にどんな手術をするのかとものすごい興味が湧いた。
結論を言うと、牛の胃は四つあるが、その第四胃が詰まるという問題が多いということだった。
何故そうなるのか説明してもらった。
牛は反芻動物で本来なら草を食べ反芻するようにできているが、近頃は柔らかい濃厚飼料を与えるので反芻できずそのまま第四胃まで流れ込んでしまい詰まってしまうということだった。
そんな手術を受けてお金がかかってては儲からないと思うが、それが共済で手術代がでるし、死んでも保険金がもらえるとかで、あまりよくないような牛は死んでもらった方がいいというのが相場らしい。
なんともはや、経済動物としてしか扱われない牛が哀れでならない。
この話は続きがあって、そのあと農協の偉いさん達とお話しする機会があったので、手術をするリスクがある濃厚飼料を与える利点を尋ねてみた。
答えは、濃厚飼料を与えなかった場合に比べて乳量が二倍ほどになるということだった。
何年ぐらい搾乳できるのか尋ねたら、5,6年ぐらいとかいうことで、じゃ、粗飼料だったらどれぐらいと尋ねたら13年ほどはいけるということだった。
バイオエタノールで穀物価格が上がった昨今、考えさせられますよね。
私なら、経済的な粗飼料を与え、牛にも出来るだけ健康に長く頑張ってもらう方がいいと思うが、脂肪分の低い牛乳では消費者が買わないのかもしれない。
酪農家も同じだけ搾乳するのに手間が倍になるのでしたくないのかもしれない。
しかし、牛乳の脂肪分なんてバターを入れたらすむことだし、今時はメタボリック防止から脂肪を取らないに越したことはないから低脂肪牛乳でもいいと思うんだけど、やっぱり売れないんだろうと思わざるをえない。
参考的な数字:一年に出荷する標津の農家一軒あたりの量は600トンとかで、1トンが約8万円ということで粗収入は4800万円ほどあるらしい。
ところが、それでも乳価が低いので離農が多いという現実があるぐらい儲からないらしい。
そんな数字と話を聞いて、消費者が低脂肪牛乳を求めだしたら、農家も粗飼料で牛を飼うことができ食べていけるのではないか、それなら牛も少しは幸せかと考えたりしていた。
野菜に窒素肥料を与えすぎることによって硝酸態窒素を多量に含むことになった野菜を食べることによる人体への影響のことも考えると、もっと消費者は食への知識を増やし生産者にこういうものが食べたいと声を大にする時代が来ているのではないだろうか。
そう思いませんか。
(つづく)
2008年10月27日
北海道行き②
「寿し処はんさく」に今頃行く時は、秋刀魚の握りを楽しみに行く。
予約してあったのと、いつも楽しみにしているのを知ってもらってるので秋刀魚を探していただいたらしいが、寿しにする程度の秋刀魚がなかったとかで口にできなかった。
誠に残念至極だった。






上左から、お通しのつぶ貝、刺身盛り合わせ
中左から、うにの握り、鮭とホタテの入った陶板焼き
下左から、カスベ(エイ)の煮こごり、握り
今回はマツカワカレイなるものが刺身になりその縁側で握りになった。
ちょっとつるっとした食感で歯ごたえもあり美味しかった。
ウニは地場産で色が少し悪いがこれまたなんともいえない甘みでいつも食べるウニ独特のにおいもなく爽やかな味だった。
なんていっぱしに書いてるが、空腹で直ぐにビールをぐいっと飲み、刺身では冷えるからと熱燗を頼んでビールと交互に飲んでいたら、握りの辺ではかろうじて憶えているもののかなりの酩酊状態。
あやしいもんだ。
「はんさく」は奥さんと息子さんが切り盛りしているが、名字が飯作さんというらしく、この仕事にもってこいの名字というしかない。
奥さんは、東京にいる娘さんの出産の手伝いに行って留守で、息子さんに一人でやれと言い残して行ったとか。
そんなわけで、今回は寿しと刺身の他は出来るのが限られていた。
熱燗で身体を温めるしかなかった。
ほぼ我々が終わりかけに来店したおばさんがカウンターにいたのだが、小部屋から降りたらその人の凝ったような肩が目に入り、酔っ払っているから「肩揉んだげましょう」と言うや始めてしまった。
殆ど手当てのような感じでしたようなのだが、酩酊状態だからはっきりとは覚えていない。
それでも、おばさんが「あんまり揉むでもないのによう効くのが不思議や」と言ったのは憶えている。
その時携帯がなり、滋賀のAさんがお腹が痛いのでと電話してこられたが、申し訳ないけどと訳を説明し、ホテルに戻ってからイメージで送ったのも憶えている。
さらに一軒スナックに行った後、ホテル川端に戻って自噴垂れ流しの温泉に入ったが、今思えば危険なことだった。
翌朝兄に会ったら、戻るなり寝て、起きたら夜遅いし、それから温泉に入ったら浮いてても発見してもらえないので一人では危ないと思ってやめたということだった。
正解!
私は、神のご加護を無駄使いしてしまったかもしれない。
(つづく)
予約してあったのと、いつも楽しみにしているのを知ってもらってるので秋刀魚を探していただいたらしいが、寿しにする程度の秋刀魚がなかったとかで口にできなかった。
誠に残念至極だった。
上左から、お通しのつぶ貝、刺身盛り合わせ
中左から、うにの握り、鮭とホタテの入った陶板焼き
下左から、カスベ(エイ)の煮こごり、握り
今回はマツカワカレイなるものが刺身になりその縁側で握りになった。
ちょっとつるっとした食感で歯ごたえもあり美味しかった。
ウニは地場産で色が少し悪いがこれまたなんともいえない甘みでいつも食べるウニ独特のにおいもなく爽やかな味だった。
なんていっぱしに書いてるが、空腹で直ぐにビールをぐいっと飲み、刺身では冷えるからと熱燗を頼んでビールと交互に飲んでいたら、握りの辺ではかろうじて憶えているもののかなりの酩酊状態。
あやしいもんだ。
「はんさく」は奥さんと息子さんが切り盛りしているが、名字が飯作さんというらしく、この仕事にもってこいの名字というしかない。
奥さんは、東京にいる娘さんの出産の手伝いに行って留守で、息子さんに一人でやれと言い残して行ったとか。
そんなわけで、今回は寿しと刺身の他は出来るのが限られていた。
熱燗で身体を温めるしかなかった。
ほぼ我々が終わりかけに来店したおばさんがカウンターにいたのだが、小部屋から降りたらその人の凝ったような肩が目に入り、酔っ払っているから「肩揉んだげましょう」と言うや始めてしまった。
殆ど手当てのような感じでしたようなのだが、酩酊状態だからはっきりとは覚えていない。
それでも、おばさんが「あんまり揉むでもないのによう効くのが不思議や」と言ったのは憶えている。
その時携帯がなり、滋賀のAさんがお腹が痛いのでと電話してこられたが、申し訳ないけどと訳を説明し、ホテルに戻ってからイメージで送ったのも憶えている。
さらに一軒スナックに行った後、ホテル川端に戻って自噴垂れ流しの温泉に入ったが、今思えば危険なことだった。
翌朝兄に会ったら、戻るなり寝て、起きたら夜遅いし、それから温泉に入ったら浮いてても発見してもらえないので一人では危ないと思ってやめたということだった。
正解!
私は、神のご加護を無駄使いしてしまったかもしれない。
(つづく)
2008年10月26日
北海道行き初日
22日中部国際空港セントレアから11時10分女満別行きに乗るのだが、約2時間ほどで着けるのは分かっているが空港で食事もあるし途中渋滞しても困るということで、5時半ごろ出発した。
土山ICから新名神に乗った。
新名神→亀山JCT→東名阪→四日市JCT→伊勢湾岸道を大府(おおぶ)ICで降りて二つ目の信号(上入道)を右折して知多半島道路に乗り、半田中央JCTで知多横断道路に乗ったらセントレアに着く。
往路は伊勢湾岸道に入る頃から飛行機の図柄の表示が現れるので上入道の信号さえ間違わなかったら簡単に行ける。
帰路は注意がいる。
伊勢湾岸道に乗るのに知多半島道路の大府西ICで降りる。上入道で左折して大府ICで伊勢湾岸道に乗る。
あとは逆コースで道路標示に従っていれば無事帰ってこられる。
セントレアに着いたのは7時半ごろで空港内の店も閉まっているところが多かった。
まずは腹ごしらえと開いている店に入ったが、ここからすでに田舎者のおっさんの旅行。
若いときはびっくりしたが、自分もそういうことをするようになった。
席について注文したのは、兄の朝食用のサンドイッチはいいとして普段私は朝食べないからとサンドイッチはやめてソーセージの盛り合わせとスパイシーフライドポテトを二人用に選んだ。
なにか変でしょう。
そうなんです。
生ビールをそれからそれぞれ二杯飲みました。
女満別(めまんべつ)空港の到着予定時間は昼の1時過ぎだったからそれから運転するのにアルコールを十分処理できるよう早く家を出発していたという確信犯でした。
飲んだビールはキリンのハートランド。
二杯目頼んだ時ウエイトレスの方が「美味しいですか?」と尋ねる。
朝から飲んでいるからよっぽど好きと思われたのだろう。
昨日からビールについてばっかりだが、キリンの一番しぼりは飲むものの少し私の好みではない。
最初口に含んだ時なにか粘膜にぬるっとまといつくような感覚がある。
その点、このハートランドは少し物足りないような感じもあるが爽やかな飲み心地だったのでよかった。
飛行機に乗るのは2年前に乗ったきりで、いろんな進歩に驚いた。
搭乗口で搭乗券の二次元バーコードをかざして搭乗確認をするようになってたのや、マイレッジもそのバーコードで処理できた。
女満別からはレンタカーで標津(しべつ)に向かうのだが、毎回兄は阿寒湖の美鈴(みすず)で木彫りを買うことにしている。
着いた日しか時間がないのでまず阿寒湖に向かった。
途中目指したレストランは閉まってたし、5時ごろ標津に着いたら夕食だから昼抜きになった。
阿寒湖はこの時期観光客も少なく寒々しかった。
美鈴では兄は毎年行ってるからお得意さんで、店の奥さんが顔を見るなり、「今年はこられないのかと思ってました。電話するのも変だし・・・」といったような調子だった。
兄が集めている小笠原み蔵氏の木彫り がここにはある。
お気に入りを買ったらもう阿寒湖には用がない。
北海道の暗くなるのは今の時期早い。
標津に着いたのは5時ごろだったが、もう真っ暗になっていた。
宿はホテル川端と決まっている。
いつもはそこで夕食をとってからまたさらに外で食べたり飲んだりしていたが、だんだん歳をとってくるにつれそれもつらくなる。
ということで、兄が予約を入れておいてくれたホテルの隣にある「寿し処はんさく」に直行して食事となった。
(つづく)
土山ICから新名神に乗った。
新名神→亀山JCT→東名阪→四日市JCT→伊勢湾岸道を大府(おおぶ)ICで降りて二つ目の信号(上入道)を右折して知多半島道路に乗り、半田中央JCTで知多横断道路に乗ったらセントレアに着く。
往路は伊勢湾岸道に入る頃から飛行機の図柄の表示が現れるので上入道の信号さえ間違わなかったら簡単に行ける。
帰路は注意がいる。
伊勢湾岸道に乗るのに知多半島道路の大府西ICで降りる。上入道で左折して大府ICで伊勢湾岸道に乗る。
あとは逆コースで道路標示に従っていれば無事帰ってこられる。
セントレアに着いたのは7時半ごろで空港内の店も閉まっているところが多かった。
まずは腹ごしらえと開いている店に入ったが、ここからすでに田舎者のおっさんの旅行。
若いときはびっくりしたが、自分もそういうことをするようになった。
席について注文したのは、兄の朝食用のサンドイッチはいいとして普段私は朝食べないからとサンドイッチはやめてソーセージの盛り合わせとスパイシーフライドポテトを二人用に選んだ。
なにか変でしょう。
そうなんです。
生ビールをそれからそれぞれ二杯飲みました。
女満別(めまんべつ)空港の到着予定時間は昼の1時過ぎだったからそれから運転するのにアルコールを十分処理できるよう早く家を出発していたという確信犯でした。
飲んだビールはキリンのハートランド。
二杯目頼んだ時ウエイトレスの方が「美味しいですか?」と尋ねる。
朝から飲んでいるからよっぽど好きと思われたのだろう。
昨日からビールについてばっかりだが、キリンの一番しぼりは飲むものの少し私の好みではない。
最初口に含んだ時なにか粘膜にぬるっとまといつくような感覚がある。
その点、このハートランドは少し物足りないような感じもあるが爽やかな飲み心地だったのでよかった。
飛行機に乗るのは2年前に乗ったきりで、いろんな進歩に驚いた。
搭乗口で搭乗券の二次元バーコードをかざして搭乗確認をするようになってたのや、マイレッジもそのバーコードで処理できた。
女満別からはレンタカーで標津(しべつ)に向かうのだが、毎回兄は阿寒湖の美鈴(みすず)で木彫りを買うことにしている。
着いた日しか時間がないのでまず阿寒湖に向かった。
途中目指したレストランは閉まってたし、5時ごろ標津に着いたら夕食だから昼抜きになった。
美鈴では兄は毎年行ってるからお得意さんで、店の奥さんが顔を見るなり、「今年はこられないのかと思ってました。電話するのも変だし・・・」といったような調子だった。
兄が集めている小笠原み蔵氏の木彫り がここにはある。
北海道の暗くなるのは今の時期早い。
標津に着いたのは5時ごろだったが、もう真っ暗になっていた。
宿はホテル川端と決まっている。
いつもはそこで夕食をとってからまたさらに外で食べたり飲んだりしていたが、だんだん歳をとってくるにつれそれもつらくなる。
ということで、兄が予約を入れておいてくれたホテルの隣にある「寿し処はんさく」に直行して食事となった。
(つづく)
2008年10月25日
日本新発売の缶ビール
昨夕北海道から帰宅。
メールをチェックしたら治療依頼や来訪の予定など返事を出さないといけないメールが留守中に結構あったので、ブログまで書けなかった。
お待たせしました。
と言っても、さ~て、何から書こう。
北海道のことも書きたいが、帰宅して妻の口から「キルケニーが届いている」と聞いたときが一番嬉しかったのでやはり北海道よりもそちらを書いてみよう。
まず、手に入ったキルケニーの写真。

このキルケニーの缶の存在を知ったのは8月13日に郡上八幡へ踊りを見に行った時だった。
旅行に参加したOさんから「先日フレンドマートで言うてはったビールが売ってましたんで買って飲みました」という話が出た。
しかし、「美味しかったんでもう一度買いに行ったらお試し販売だったようでなかった」ということだった。
それ以来、平和堂に行くと探したり量販店のLMでも探していたが、気配すらなかった。
10月のある日妻がサッポロビールのホームページで商品一覧から見つけてくれた。
「あったよ!」というので私も見たら、おおおー、本当にあった。
ただ、商品詳細情報ではアルコール度数5%となっているのでちょっとおかしいと思ったが、日本で作ってるだろうし近頃の流行で切れがよいように度数を上げたのかと思った。
だけど、それではバランスが崩れないかと味に一抹の不安を感じたりした。
さて、見つかったのはいいけど、それをどうして手に入れるかだ。
量販店なら購買力があるから手に入れやすいかもしれないが、まだ缶が発売されてない時、キルケニーが手に入らないかと頼んだことがあるのに販売が始まっても置いてないという事は一人の客の意見が反映されるまでには時間がかかるように思えた。
それで、いつもお酒を配達してもらってる地元の酒屋さんに手に入らないか相談をもちかけた。
「田舎の問屋さんだからどうかな~」ということだったが、問屋さんも一ケースぐらいでは本気にならないだろうと三ケース注文することにして尋ねてもらうことにした。
金曜日の遅くに相談したので土日は休みだろうし週明けの連絡を楽しみに待っていたら、「注文の品手に入ります。早ければ次ぎの土曜日にでも入ります」という返事を北海道に出発する前々日にもらった。
そして、北海道でも土曜日には飲めるかなと思いながら過ごし、金曜日戻ってきたら来ていた!
早速、ぷしゅー。
大振りのグラスに一度に入れてクリーミーな泡をしっかり作る、というか勝手にできる。
「ごくごくごく、ぷは~、うまい!!」でした。
さらに、もう一本。
こういうときは太るとかいってられない。
北海道の続きとばかりに飲んだ。
ちなみに、これは缶に日本語表示がされてるものの輸入物ということで、現物のアルコール度数の表示は私が慣れ親しんだ4.5%で言うことなし。
今日は午前中にお二人、また夕方にもお二人に遠隔治療をしっかりしたご褒美とばかりに今日も飲むことにしました(^^)
今晩はこのビールと北海道のお土産、長沼じんぎすかんの豚味噌を食べました。
ぷは~。
しあわせ~。
メールをチェックしたら治療依頼や来訪の予定など返事を出さないといけないメールが留守中に結構あったので、ブログまで書けなかった。
お待たせしました。
と言っても、さ~て、何から書こう。
北海道のことも書きたいが、帰宅して妻の口から「キルケニーが届いている」と聞いたときが一番嬉しかったのでやはり北海道よりもそちらを書いてみよう。
まず、手に入ったキルケニーの写真。
このキルケニーの缶の存在を知ったのは8月13日に郡上八幡へ踊りを見に行った時だった。
旅行に参加したOさんから「先日フレンドマートで言うてはったビールが売ってましたんで買って飲みました」という話が出た。
しかし、「美味しかったんでもう一度買いに行ったらお試し販売だったようでなかった」ということだった。
それ以来、平和堂に行くと探したり量販店のLMでも探していたが、気配すらなかった。
10月のある日妻がサッポロビールのホームページで商品一覧から見つけてくれた。
「あったよ!」というので私も見たら、おおおー、本当にあった。
ただ、商品詳細情報ではアルコール度数5%となっているのでちょっとおかしいと思ったが、日本で作ってるだろうし近頃の流行で切れがよいように度数を上げたのかと思った。
だけど、それではバランスが崩れないかと味に一抹の不安を感じたりした。
さて、見つかったのはいいけど、それをどうして手に入れるかだ。
量販店なら購買力があるから手に入れやすいかもしれないが、まだ缶が発売されてない時、キルケニーが手に入らないかと頼んだことがあるのに販売が始まっても置いてないという事は一人の客の意見が反映されるまでには時間がかかるように思えた。
それで、いつもお酒を配達してもらってる地元の酒屋さんに手に入らないか相談をもちかけた。
「田舎の問屋さんだからどうかな~」ということだったが、問屋さんも一ケースぐらいでは本気にならないだろうと三ケース注文することにして尋ねてもらうことにした。
金曜日の遅くに相談したので土日は休みだろうし週明けの連絡を楽しみに待っていたら、「注文の品手に入ります。早ければ次ぎの土曜日にでも入ります」という返事を北海道に出発する前々日にもらった。
そして、北海道でも土曜日には飲めるかなと思いながら過ごし、金曜日戻ってきたら来ていた!
早速、ぷしゅー。
大振りのグラスに一度に入れてクリーミーな泡をしっかり作る、というか勝手にできる。
「ごくごくごく、ぷは~、うまい!!」でした。
さらに、もう一本。
こういうときは太るとかいってられない。
北海道の続きとばかりに飲んだ。
ちなみに、これは缶に日本語表示がされてるものの輸入物ということで、現物のアルコール度数の表示は私が慣れ親しんだ4.5%で言うことなし。
今晩はこのビールと北海道のお土産、長沼じんぎすかんの豚味噌を食べました。
ぷは~。
しあわせ~。
2008年10月21日
旅行前日
親友が横浜から仕事を兼ねて帰ってきている。
帰ってくると遠藤醤油を買いに連れってくれというのが常で今回も同じ。
明日から兄のお供をかねて二泊三日で北海道に行くので、留守中の畑の虫が心配。
朝からまず畑に行って、親友宅へ行くのをできる限り遅らせて虫を捕った。
とくに結球レタスに注意したら、ハスモンヨトウと思われる幼虫が潜んでいた。
見逃してたら一球だめにするところだったと胸をなでおろした。
レタスはキク科だから虫が好まないと思っていたが、今年はなぜかレタスにも興味を示すので困っている。
青虫も高菜からよく見つけるようになった。
留守中にやられるのも癪だし葉も大きくなったことだから、時間を急く中、左右に引っ張ってぽきっぽきっと収穫した。
妻も習い事で留守だったので、メールで高菜を水に漬けた桶の位置と塩の塩梅を伝えて帰宅したら漬けてもらうことにした。
それでやっと外出できた。
親友宅のお土産にポン酢の「ゆず近江」を買いに寄り、明日からのために銀行に行って後、親友にこれから向かうと連絡を入れた。
醤油を買って一緒にお昼を食べたら帰ってきてもう一度虫取りと思っていたら、親友は夜七時に京都で知人と食事する予定があるだけで、それまで暇だったようで最後は私の棲家に来て話すことになった。
どうも私の畑の大根の生育状況をチェックしたかったようで、畑を見ていつ収穫できるのか訊いていた。
ということは、いつもらえるのかということだけど^^
今でも売ってるぐらいのサイズは中にはあるが、やはりもう一月待ってもらおう。
親友が食事するレストランは親友の空手の後輩のところなので、駅に送っていく前に「セルバチコシーメンでサラダを作ってもらえ」と知人の分合わせて三人分に間に合うよう収穫して持っていかせた。
それから、遅くなったが病院へ父の顔を見がてら氣を入れに行った。
というようなことで、明日から三日間はブログの更新を休ませていただきます。
虫さんにも休んで欲しいです。
帰ってくると遠藤醤油を買いに連れってくれというのが常で今回も同じ。
明日から兄のお供をかねて二泊三日で北海道に行くので、留守中の畑の虫が心配。
朝からまず畑に行って、親友宅へ行くのをできる限り遅らせて虫を捕った。
とくに結球レタスに注意したら、ハスモンヨトウと思われる幼虫が潜んでいた。
見逃してたら一球だめにするところだったと胸をなでおろした。
レタスはキク科だから虫が好まないと思っていたが、今年はなぜかレタスにも興味を示すので困っている。
青虫も高菜からよく見つけるようになった。
留守中にやられるのも癪だし葉も大きくなったことだから、時間を急く中、左右に引っ張ってぽきっぽきっと収穫した。
妻も習い事で留守だったので、メールで高菜を水に漬けた桶の位置と塩の塩梅を伝えて帰宅したら漬けてもらうことにした。
それでやっと外出できた。
親友宅のお土産にポン酢の「ゆず近江」を買いに寄り、明日からのために銀行に行って後、親友にこれから向かうと連絡を入れた。
醤油を買って一緒にお昼を食べたら帰ってきてもう一度虫取りと思っていたら、親友は夜七時に京都で知人と食事する予定があるだけで、それまで暇だったようで最後は私の棲家に来て話すことになった。
どうも私の畑の大根の生育状況をチェックしたかったようで、畑を見ていつ収穫できるのか訊いていた。
ということは、いつもらえるのかということだけど^^
今でも売ってるぐらいのサイズは中にはあるが、やはりもう一月待ってもらおう。
親友が食事するレストランは親友の空手の後輩のところなので、駅に送っていく前に「セルバチコシーメンでサラダを作ってもらえ」と知人の分合わせて三人分に間に合うよう収穫して持っていかせた。
それから、遅くなったが病院へ父の顔を見がてら氣を入れに行った。
というようなことで、明日から三日間はブログの更新を休ませていただきます。
虫さんにも休んで欲しいです。
タグ :親友
2008年10月20日
焼きたてのパン
午前中は畑仕事。
昨年暮れに開墾した細い畝二畝にサツマイモを春植えたのだが一畝試しに掘ってみた。
春に貧弱な大根の収穫後に植えた。
サツマイモは痩せ地でも育つようなことを一般的に聞くので、大根の出来は貧弱だったが糠を撒いただけで育てていた。
あまりに蔓の成長が悪いので8月に醗酵油粕の粒をぱらぱらと撒いた。
結果、蔓を10本伏せたが大きいのが3個だけで後は貧弱なサツマイモばかり。
それも一蔓に一個しかできてない。
肥料分が足りなかったのは明白だった。
もう一畝も多分同じようなものだろう。
この場所にはもう少し肥料分がいるようだ、ということが分かっただけでも作った値打ちはあった。
午後はiku★ko さんが焼いたパンを消費活動参加メンバーとしてもらいに行った。
種類はお任せ。
じゃじゃーん!
ほぼ成功のバゲット、カンパーニュ、ライ麦パン。
テーブルの上に焼き立てで並べてあったのを全部回してもらった。
帰路スーパーに寄ったら双子の姪に会った。
美味しいパンを持っていて黙ってるのは難しい。
カンパーニュを一つやってしまった。
夕食のとき、ライ麦パンを食べた。
少しこげたということだったが、それがほどよい苦味と香りとなり、ライ麦の風味それに酸味があいまってなんとも幸せな味が口中に広がった。
外のしっかりした歯応えと中の柔らかさがこれまた絶妙だった。
バゲットはサンドイッチにしろとばかりになってるので、明日は畑からチマサンチュとゴマ味のセルバチコを収穫してエッグサンドなんてどうでしょう。
それとも、チーズ、ハムをこれでもかとばかりにいっぱい挟んだのがカナダにあったがそれもいいかも。
考えただけで涎がでそう。
昨年暮れに開墾した細い畝二畝にサツマイモを春植えたのだが一畝試しに掘ってみた。
春に貧弱な大根の収穫後に植えた。
サツマイモは痩せ地でも育つようなことを一般的に聞くので、大根の出来は貧弱だったが糠を撒いただけで育てていた。
あまりに蔓の成長が悪いので8月に醗酵油粕の粒をぱらぱらと撒いた。
結果、蔓を10本伏せたが大きいのが3個だけで後は貧弱なサツマイモばかり。
それも一蔓に一個しかできてない。
肥料分が足りなかったのは明白だった。
もう一畝も多分同じようなものだろう。
この場所にはもう少し肥料分がいるようだ、ということが分かっただけでも作った値打ちはあった。
午後はiku★ko さんが焼いたパンを消費活動参加メンバーとしてもらいに行った。
種類はお任せ。
じゃじゃーん!
ほぼ成功のバゲット、カンパーニュ、ライ麦パン。
テーブルの上に焼き立てで並べてあったのを全部回してもらった。
帰路スーパーに寄ったら双子の姪に会った。
美味しいパンを持っていて黙ってるのは難しい。
カンパーニュを一つやってしまった。
夕食のとき、ライ麦パンを食べた。
少しこげたということだったが、それがほどよい苦味と香りとなり、ライ麦の風味それに酸味があいまってなんとも幸せな味が口中に広がった。
外のしっかりした歯応えと中の柔らかさがこれまた絶妙だった。
バゲットはサンドイッチにしろとばかりになってるので、明日は畑からチマサンチュとゴマ味のセルバチコを収穫してエッグサンドなんてどうでしょう。
それとも、チーズ、ハムをこれでもかとばかりにいっぱい挟んだのがカナダにあったがそれもいいかも。
考えただけで涎がでそう。
2008年10月19日
毛利志満の弁当
昨日は妹宅で満中陰の法要があった。
親族だけ五時から食事をいただくことになっていた。
テーブルに並べられた弁当に付いているはし袋の店名を見たら私の知らないどちらかというと読めないお店で、住所を確かめたら近江八幡市となっていた。
蓋を取ったら、肉、肉、肉~~というしかないほどの内容の弁当でびっくりした。
毛利志満(もりしま)という有名な近江牛のレストランということだった。
牛刺し、牛トロのにぎり寿司と鉄火まきのようにした巻き寿司、ステーキ、揚げ物といった内容だった。
いつもこの仕出し弁当があるのかどうかは分からない。
というのも、妹の旦那は仕事柄顔が利くので「弁当って、できます?」と尋ねたら「させてもらう」ということだったらしいから。
法要は7時半からだったので、こんな弁当相手にビールと日本酒を飲まない手はない。
日本酒も「これはいつも飲んでるのと一緒の味やな~」と言ったら、妹が我々兄弟はうるさいからといつも飲んでるのを買っておいてくれたことが分かった。
だから安心して飲むことができた。
そんなことで、ちょっと飲みすぎたのか法要中あくびをかみ締めていたようなことだった。
不謹慎かもしれないが、仏事ごとに肉のオンパレードだから、もともとおかしい。
帰宅してさらに日本酒を飲み足りないと飲んだが、肉のおかげか今朝は元気だった。
いつもは飲みすぎた明くる日は目の焦点が合いにくい感じで虫取りもやりにくいが、今朝はしっかり見えた。
たまには肉もいいのかな~(^^)
親族だけ五時から食事をいただくことになっていた。
テーブルに並べられた弁当に付いているはし袋の店名を見たら私の知らないどちらかというと読めないお店で、住所を確かめたら近江八幡市となっていた。
蓋を取ったら、肉、肉、肉~~というしかないほどの内容の弁当でびっくりした。
毛利志満(もりしま)という有名な近江牛のレストランということだった。
牛刺し、牛トロのにぎり寿司と鉄火まきのようにした巻き寿司、ステーキ、揚げ物といった内容だった。
いつもこの仕出し弁当があるのかどうかは分からない。
というのも、妹の旦那は仕事柄顔が利くので「弁当って、できます?」と尋ねたら「させてもらう」ということだったらしいから。
法要は7時半からだったので、こんな弁当相手にビールと日本酒を飲まない手はない。
日本酒も「これはいつも飲んでるのと一緒の味やな~」と言ったら、妹が我々兄弟はうるさいからといつも飲んでるのを買っておいてくれたことが分かった。
だから安心して飲むことができた。
そんなことで、ちょっと飲みすぎたのか法要中あくびをかみ締めていたようなことだった。
不謹慎かもしれないが、仏事ごとに肉のオンパレードだから、もともとおかしい。
帰宅してさらに日本酒を飲み足りないと飲んだが、肉のおかげか今朝は元気だった。
いつもは飲みすぎた明くる日は目の焦点が合いにくい感じで虫取りもやりにくいが、今朝はしっかり見えた。
たまには肉もいいのかな~(^^)
2008年10月17日
穴があったらの気分
昨晩*美~湖*さんのブログの内容に引っかかったので朝一番に電話したが返答がない。
ちょっと心配していたら暫くして電話をもらった。
今日のブログにあるように、腎盂炎で緊急入院したということだった。
10月10日のブログを読んで、11日に予定通り会えるようにと氣を送り、11日に会った時も念のためと本人を前にして氣を送り、15日の水曜日にも相談を受けたときにももう一度氣を入れた結果がこの有様。
未病で防がなくてはならない立場の者として穴があったら入りたい気分だった。
救いは最初から一貫して検査を受けたほうがいいと勧めていた事だが、それにしても三回も氣を入れて治せてなかったとは・・・
最初ブログで読んだときは、良性の卵巣嚢腫を疑った。
直接したときはその上に胆石かとも思った。
最後は腎臓か尿路結石かと思ったが正直な話、訳が分からなかった。
氣の治療は病名を当てることではないのは分かっている。が、近いところを考えていたとはいえ分からなかったのが口惜しい。
腎盂炎は初めてなので経験がなかったから仕方がないのだけれど・・・
*美~湖*さんには申し訳ないけど、いい経験させてもらいました。
とまあそんなことだから、私が何でも治せるということはないということをこの一事が証明しているといえる。
といって、受けてなかったらという考え方もやはりある。
効いたら儲けものという(より効くとは思っているが)そんな感じで、見えない力には皆さんもうまく付き合ってください。
かなり効くことも事実として証明されてますが、やはりまだまだです。
夕食後に妹から捻挫したから氣を送って欲しいとメールがあった。
明日満中陰なのでできたら治してやりたい。
メールを読むなり感じ出した。
これなら氣を送ったら治るだろうと思いながらやっておいた。
このブログを書いてる間に妹が電話して来た。
「氣を送ってくれた?」と訊くので「送った」と言ったら、「どうりで歩けるはずや」と言った。
ご飯を食べ終わって後片付けのとき無意識に歩いていたらしい。
今日の流れの中で嬉しい報告だった。
ちょっと自信が戻った。
ちょっと心配していたら暫くして電話をもらった。
今日のブログにあるように、腎盂炎で緊急入院したということだった。
10月10日のブログを読んで、11日に予定通り会えるようにと氣を送り、11日に会った時も念のためと本人を前にして氣を送り、15日の水曜日にも相談を受けたときにももう一度氣を入れた結果がこの有様。
未病で防がなくてはならない立場の者として穴があったら入りたい気分だった。
救いは最初から一貫して検査を受けたほうがいいと勧めていた事だが、それにしても三回も氣を入れて治せてなかったとは・・・
最初ブログで読んだときは、良性の卵巣嚢腫を疑った。
直接したときはその上に胆石かとも思った。
最後は腎臓か尿路結石かと思ったが正直な話、訳が分からなかった。
氣の治療は病名を当てることではないのは分かっている。が、近いところを考えていたとはいえ分からなかったのが口惜しい。
腎盂炎は初めてなので経験がなかったから仕方がないのだけれど・・・
*美~湖*さんには申し訳ないけど、いい経験させてもらいました。
とまあそんなことだから、私が何でも治せるということはないということをこの一事が証明しているといえる。
といって、受けてなかったらという考え方もやはりある。
効いたら儲けものという(より効くとは思っているが)そんな感じで、見えない力には皆さんもうまく付き合ってください。
かなり効くことも事実として証明されてますが、やはりまだまだです。
夕食後に妹から捻挫したから氣を送って欲しいとメールがあった。
明日満中陰なのでできたら治してやりたい。
メールを読むなり感じ出した。
これなら氣を送ったら治るだろうと思いながらやっておいた。
このブログを書いてる間に妹が電話して来た。
「氣を送ってくれた?」と訊くので「送った」と言ったら、「どうりで歩けるはずや」と言った。
ご飯を食べ終わって後片付けのとき無意識に歩いていたらしい。
今日の流れの中で嬉しい報告だった。
ちょっと自信が戻った。
2008年10月16日
早朝メール
携帯にメールが入った音を忍者のように寝てても聞いた。
誰からだろうと思いながら、深夜とか明け方に入るメールは重大な時があるので見ることにした。
午前5時20分だった。
見たら妹からで、夫のSさんが心筋梗塞で5時からカテーテルをいれて検査しバルーン療法の手術を受けているということを知らせてきていた。
元気なので心配は要らないが、起きたら氣を送って欲しいとあった。
そんなこと読んで寝てるわけには行かないので、起きて氣を送ることにした。
しっかりと氣を送り、その旨返信メールをしてまた寝た。
次に携帯電話の音で起こされた。
8時15分だった。
妹のメールで寝たりない分いつもより遅くまで寝ていたようだ。
やはり単純にできている。
Aさんから電話で氣を入れて欲しいということだった。
先日食欲がないので病院に行ったら肝臓の数値がものすごく高くなってたのが分かり、一度電話治療をしたのだが、原因は今だ分からないということだった。
数値は徐々にではあるが落ちてきているということだったのでとりあえず良かった。
Aさんにもしっかり入れた。
寝起きなのか喉の調子がイマイチでちょっと困った。
感覚的には過労のような感じだったが、夏ばてをされたそうだから休養がいったのかもしれない。
9時にバンクーバーのSKさんから質問電話がかかってくることになってたので、それでもう起きるしかなくなった。
起きて急いでドリンクを飲んで喉を潤しておいた。
約束どおり電話がかかってきて、イオン飲料(スポーツドリンク)を寝る前に飲むのはどんなものだろうという相談を受けた。
というのも、なんとなく飲んだ日にメニエールの症状がひどいと思うということだった。
それに飲むと眠れなくなるということもあった。
イオン飲料は飛行機のエコノミー症候群を防ぐのに飲むことを勧めるが、あまり運動しない人が普段飲むのは感心しないと思っている。
ただ、バンクーバーの住宅、特に集合住宅では乾燥がひどいので飲むのもいいかもしれない。
問題は、この種の飲料には糖分が沢山入っているので寝にくくなるのではないだろうか。
それで、水で薄めて飲んでみたらどうですかと提案しておいた。
それは試してもらうとして、メニエールだが、せっかく電話していただいたから氣で治せるものなら治しておきたいと思い、氣を入れておきましょうということでこれまたしっかり入れた。
難しい症状が早朝から三連発。
普段あまりない一日のスタートだった。
誰からだろうと思いながら、深夜とか明け方に入るメールは重大な時があるので見ることにした。
午前5時20分だった。
見たら妹からで、夫のSさんが心筋梗塞で5時からカテーテルをいれて検査しバルーン療法の手術を受けているということを知らせてきていた。
元気なので心配は要らないが、起きたら氣を送って欲しいとあった。
そんなこと読んで寝てるわけには行かないので、起きて氣を送ることにした。
しっかりと氣を送り、その旨返信メールをしてまた寝た。
次に携帯電話の音で起こされた。
8時15分だった。
妹のメールで寝たりない分いつもより遅くまで寝ていたようだ。
やはり単純にできている。
Aさんから電話で氣を入れて欲しいということだった。
先日食欲がないので病院に行ったら肝臓の数値がものすごく高くなってたのが分かり、一度電話治療をしたのだが、原因は今だ分からないということだった。
数値は徐々にではあるが落ちてきているということだったのでとりあえず良かった。
Aさんにもしっかり入れた。
寝起きなのか喉の調子がイマイチでちょっと困った。
感覚的には過労のような感じだったが、夏ばてをされたそうだから休養がいったのかもしれない。
9時にバンクーバーのSKさんから質問電話がかかってくることになってたので、それでもう起きるしかなくなった。
起きて急いでドリンクを飲んで喉を潤しておいた。
約束どおり電話がかかってきて、イオン飲料(スポーツドリンク)を寝る前に飲むのはどんなものだろうという相談を受けた。
というのも、なんとなく飲んだ日にメニエールの症状がひどいと思うということだった。
それに飲むと眠れなくなるということもあった。
イオン飲料は飛行機のエコノミー症候群を防ぐのに飲むことを勧めるが、あまり運動しない人が普段飲むのは感心しないと思っている。
ただ、バンクーバーの住宅、特に集合住宅では乾燥がひどいので飲むのもいいかもしれない。
問題は、この種の飲料には糖分が沢山入っているので寝にくくなるのではないだろうか。
それで、水で薄めて飲んでみたらどうですかと提案しておいた。
それは試してもらうとして、メニエールだが、せっかく電話していただいたから氣で治せるものなら治しておきたいと思い、氣を入れておきましょうということでこれまたしっかり入れた。
難しい症状が早朝から三連発。
普段あまりない一日のスタートだった。
2008年10月15日
アケビ料理続き
ここ二日間、栗の加工に時間を取られ、寝るのが遅いので起床が遅い。
単純なのか寝た時間からきっちり8時間弱寝る身体になっている。
9時前に起きて一番にメールのチェックを入れたら、赤ひげさんからアケビが欲しいというコメントがあるのが分かった。
今直ぐにでも欲しいようなコメントなので、10時までならクロネコの即日配達で届けられると考えて、ドリンクも口にせず木にぶら下がっているのを採りに行くことを優先した。
そんなことがあって、私の手元にもアケビがあるので今夜も再度アケビ料理を今一度作ることにした。
アウンの呼吸というものか、妻が出かける前にアケビでばたばたしている私を見ていたので、豚のミンチを買ってきてくれた。
今日の仕上がり。
昨日のブログに書いたように妻にソースを作ってもらった。
種をまたこてこてして手に入れた白いソースをケチャップに混ぜて火を入れただけ。
しかし、なかなかイケル味に仕上がったと思う。
今回は甘いだけでなくケチャップの酸味が利いてよかった。
甘くなると苦味が消えるようで、途中で苦味が懐かしくなってソースなしで食べたりしたのもご愛嬌。
これを肴に、焼酎は富乃宝山をお湯割りにしていただきました。
幸せな気分になりました。
ごちそうさまでした。
単純なのか寝た時間からきっちり8時間弱寝る身体になっている。
9時前に起きて一番にメールのチェックを入れたら、赤ひげさんからアケビが欲しいというコメントがあるのが分かった。
今直ぐにでも欲しいようなコメントなので、10時までならクロネコの即日配達で届けられると考えて、ドリンクも口にせず木にぶら下がっているのを採りに行くことを優先した。
そんなことがあって、私の手元にもアケビがあるので今夜も再度アケビ料理を今一度作ることにした。
アウンの呼吸というものか、妻が出かける前にアケビでばたばたしている私を見ていたので、豚のミンチを買ってきてくれた。
今日の仕上がり。
昨日のブログに書いたように妻にソースを作ってもらった。
種をまたこてこてして手に入れた白いソースをケチャップに混ぜて火を入れただけ。
しかし、なかなかイケル味に仕上がったと思う。
今回は甘いだけでなくケチャップの酸味が利いてよかった。
甘くなると苦味が消えるようで、途中で苦味が懐かしくなってソースなしで食べたりしたのもご愛嬌。
これを肴に、焼酎は富乃宝山をお湯割りにしていただきました。
幸せな気分になりました。
ごちそうさまでした。
タグ :アケビ料理
2008年10月14日
アケビ料理
昨日の夕食の一品としてiku★ko さん紹介、山形の郷土料理のアケビ料理を作って食べた。
詳しい作り方はiku★ko さんのブログを参考にしていただくことにしても、一応私達の写真もどうぞ。
妻がレシペ通り、豚のミンチ、味噌、ネギを混ぜて生姜の汁も少し足しアケビに詰めて楊枝で留め見せてくれたが、楊枝が長いとフライパンで納まりが悪いと思ったので剪定ばさみでとがった方を切った。
2枚目はフライパンでたっぷり目の油であげているところ。

3枚目、出来上がり。
出来上がった小さいのを試食したら苦~と感じたが、これなら食べられると思った。
以前、アケビの皮は食べられるとだけ聞いて、薄く切って炒めた時は皮もざらざらしてて食感がイマイチだったが、今回はしっかりから揚げしたよ
うなもので、食感も良かった。
夕食時おかずとして食べた際、苦味は試食の時ほど強く感じなかったが、味付けが少し弱かったように思った。
味噌が足りなかったのだろうか。
なにか物足りないな~と思って食べていたが、閃いた。
中の甘い種の部分をお昼に食べてみて、種との格闘に疲れこの食べ様は大変だと思った。
何とかならないかと一計を案じ、水切り籠の上で木べらを使い裏ごしするように何度もこてこてしたら、種のまわりの甘い部分が落ちて少しとろ~とした引き伸ばしすぎたヤマイモのようなのができ、それを冷蔵庫に仕舞ってあった。
甘いがそれをソースのようにかけたらどうだろうと思い試してみた。
さすがにアケビから作ったものなので相性はばっちり。
苦味がソースの甘みにくるまれこれならお子さんでも食べられるんじゃないかと思えた。
ただ白いのでイマイチ食欲を刺激しない。
もう一度作ってみようと思っているが、今度はケチャップにこの中身から作ったソースを混ぜて試してみようかと考えている。
詳しい作り方はiku★ko さんのブログを参考にしていただくことにしても、一応私達の写真もどうぞ。
2枚目はフライパンでたっぷり目の油であげているところ。
3枚目、出来上がり。
出来上がった小さいのを試食したら苦~と感じたが、これなら食べられると思った。
以前、アケビの皮は食べられるとだけ聞いて、薄く切って炒めた時は皮もざらざらしてて食感がイマイチだったが、今回はしっかりから揚げしたよ
うなもので、食感も良かった。
夕食時おかずとして食べた際、苦味は試食の時ほど強く感じなかったが、味付けが少し弱かったように思った。
味噌が足りなかったのだろうか。
なにか物足りないな~と思って食べていたが、閃いた。
中の甘い種の部分をお昼に食べてみて、種との格闘に疲れこの食べ様は大変だと思った。
何とかならないかと一計を案じ、水切り籠の上で木べらを使い裏ごしするように何度もこてこてしたら、種のまわりの甘い部分が落ちて少しとろ~とした引き伸ばしすぎたヤマイモのようなのができ、それを冷蔵庫に仕舞ってあった。
甘いがそれをソースのようにかけたらどうだろうと思い試してみた。
さすがにアケビから作ったものなので相性はばっちり。
苦味がソースの甘みにくるまれこれならお子さんでも食べられるんじゃないかと思えた。
ただ白いのでイマイチ食欲を刺激しない。
もう一度作ってみようと思っているが、今度はケチャップにこの中身から作ったソースを混ぜて試してみようかと考えている。
タグ :アケビ
2008年10月13日
秋の味覚色々
スーパーでも今年は中国産が売れないのかその代わりにカナダ松茸が陳列されてるので目にしておられる方も多いと思うが、この白さが懐かしい。
兄妹にお裾分けした残りで、松茸ご飯と松茸のすき焼きでいただくことにした。
妻に松茸ご飯に入れるのは、松茸を探さんならんような薄い小さい切り方ではなく歯応えと存在感がある大きさにして欲しいと注文した。
米3合に大きな松茸を一本使ったら贅沢な松茸ご飯で美味しかった。
Fさん、松茸堪能させていただきました。
本当にありがとうございました。
松茸の夕食が終わったら、秋の味覚に触発されたのか、今年はなかなか作ろうとしなかった栗の渋皮煮を作ろうという気になった。
それからはこつこつと鬼皮を剥き、少し虫の入ってるのは甘露煮用に分けていた。
甘露煮用の渋皮剥きは食事の後片付けが終わった妻がしてくれた。
渋皮煮のあく抜き3回と表面の余分な渋皮と筋を取り去る工程が終わったのは夜の12時を回っていた。
それで、味付けは明朝ということで今朝妻が仕上げてくれた。
午前中は来客があったので、午後になって昨日仕上げた甘露煮と今朝出来上がった渋皮煮を瓶詰めにして、3時に非番で休みの看護婦Hさんと病院で会うことになっていたので急いでそれを持って病院に行った。
ところで今日は御上神社のずいき祭りの日で「たでずし」というのが神社で売られる。
過去に一度親友のお母さんに食べさせてもらったが、ずいき祭りの日に売られているということを知ったので、もう一度食べたいと思い御上神社の近くに住んでいると聞いていたHさんに祭りの日の駐車場のことを尋ねたのは8月末のことだった。
その時、Hさんが口をすべらしたのか、「私が作ってあげようか?」と言ってくれたのに即乗った。
途中あつかましくも二回念押しして今日になった。
約束どおり3時に上の写真のようにしていただいたのを受け取った。
その代わりにというのもなんだが、栗をあげると言っていたが、栗の甘露煮と渋皮煮のセットももらってもらおうと昨晩頑張っていたようなことだった。
Hさんのような優しい看護婦さんがいる病院に父を頼めて幸せに思っています。
渋皮煮の作り方は私の去年のブログを参考にしてください。
http://yuki.shiga-saku.net/e60393.html
今回、瓶詰めの際、渋皮煮にはほんの少し香り付けにブランデーのXOを入れてみました。
2008年10月11日
漏斗(ろうと)胸
今日は午後から*美~湖*さんが子供さんを連れてやってきた。
8月21日に長女のAちゃんのアトピー性皮膚炎の治療で来られてから50日が経った。
経過は*美~湖*さんのブログの写真で拝見していたので良くなってきているのは知っていたが、実際この目で見るのはその時以来で挨拶もそこそこに見せてもらった。
ジュクジュクしていたのが完全にと言っていいぐらいなくなり、患部は乾燥して皮膚が再生してきているようだった。
ひどかった部分にはかさぶたができていた。
例年ならこの時期から悪くなっていくそうだが、今年はまだ。
ただ、上半身に少しできたということでそれも見せてもらったが、それもかさぶたになってたので問題ないと思った。
アトピーでなくってもそれぐらいのことはある。
Aちゃんの治療を始める前に、昨晩の*美~湖*さんのブログの盲腸かと疑うような痛さについて話すことにした。
昨晩ブログを読んで、今日来られることになってたからできることなら問題なく来て欲しいと思い、断りなしに氣を送った。
こちらに感じた反応は、今年の春だったかフランスに住む知人に治療を頼まれた時の感じと同じようだったので、盲腸ではないと思った。
その旨をお伝えして一度検査に行かれることを勧めた。
さて、Aちゃん相手に氣を入れる。
始める前からみぞおち辺りが痛い感じがしていたが、Aちゃんか*美~湖*さんか分からなかったが、始めたらどんどんその痛みが増すのでAちゃんだと思った。
一体これは何から来る痛みだと思いながらやっていて、Aちゃんには漏斗胸の問題があることを思い出した。
アトピーの治療よりまずそれがなんとかならないだろうかと思い、イメージだが前に引っ張るように力を使いこれまたイメージだが後に回ったとして後から押し出すような感じで氣を使ってみた。
この両方の使い方は初めてなのでうまくいったかどうかは今のところ分からない。
ただ、感じていた痛みはなくなった。
それからアトピー対策として全身に氣を入れたが、ほとんど問題ないほどに回復していると思った。
もう少し足首から先の血流がほんの少し悪いが、経過を観察してみてまた必要ならやってみたらでいいだろう。
なんて分かったようなこと書いてますが、心の中では例年のように悪くなったらどうしようなんて相変わらず期待に応えられなかったらという不安感のようなものが拭い去れない私です。
といいつつも、大丈夫と思ってます(^^)
さて、*美~湖*さんにも昨晩送ったとはいうものの念のためとばかりに氣を入れて差し上げたが、どっこも悪いところは感じられなかった。
それでも、検査に行かれることを勧めておいた。
治療後は栗拾いをしてもらって、お子さん達にイガは痛いということや栗拾いでは蚊に刺されることも体験してもらった。
それからまた、子供さんのお相手もしながらお話してたら、あっという間に夕方近くになった。
遠いところお疲れ様でした。
アトピーが完全に治ることをAちゃんのためにも私のためにも祈っています。
8月21日に長女のAちゃんのアトピー性皮膚炎の治療で来られてから50日が経った。
経過は*美~湖*さんのブログの写真で拝見していたので良くなってきているのは知っていたが、実際この目で見るのはその時以来で挨拶もそこそこに見せてもらった。
ジュクジュクしていたのが完全にと言っていいぐらいなくなり、患部は乾燥して皮膚が再生してきているようだった。
ひどかった部分にはかさぶたができていた。
例年ならこの時期から悪くなっていくそうだが、今年はまだ。
ただ、上半身に少しできたということでそれも見せてもらったが、それもかさぶたになってたので問題ないと思った。
アトピーでなくってもそれぐらいのことはある。
Aちゃんの治療を始める前に、昨晩の*美~湖*さんのブログの盲腸かと疑うような痛さについて話すことにした。
昨晩ブログを読んで、今日来られることになってたからできることなら問題なく来て欲しいと思い、断りなしに氣を送った。
こちらに感じた反応は、今年の春だったかフランスに住む知人に治療を頼まれた時の感じと同じようだったので、盲腸ではないと思った。
その旨をお伝えして一度検査に行かれることを勧めた。
さて、Aちゃん相手に氣を入れる。
始める前からみぞおち辺りが痛い感じがしていたが、Aちゃんか*美~湖*さんか分からなかったが、始めたらどんどんその痛みが増すのでAちゃんだと思った。
一体これは何から来る痛みだと思いながらやっていて、Aちゃんには漏斗胸の問題があることを思い出した。
アトピーの治療よりまずそれがなんとかならないだろうかと思い、イメージだが前に引っ張るように力を使いこれまたイメージだが後に回ったとして後から押し出すような感じで氣を使ってみた。
この両方の使い方は初めてなのでうまくいったかどうかは今のところ分からない。
ただ、感じていた痛みはなくなった。
それからアトピー対策として全身に氣を入れたが、ほとんど問題ないほどに回復していると思った。
もう少し足首から先の血流がほんの少し悪いが、経過を観察してみてまた必要ならやってみたらでいいだろう。
なんて分かったようなこと書いてますが、心の中では例年のように悪くなったらどうしようなんて相変わらず期待に応えられなかったらという不安感のようなものが拭い去れない私です。
といいつつも、大丈夫と思ってます(^^)
さて、*美~湖*さんにも昨晩送ったとはいうものの念のためとばかりに氣を入れて差し上げたが、どっこも悪いところは感じられなかった。
それでも、検査に行かれることを勧めておいた。
治療後は栗拾いをしてもらって、お子さん達にイガは痛いということや栗拾いでは蚊に刺されることも体験してもらった。
それからまた、子供さんのお相手もしながらお話してたら、あっという間に夕方近くになった。
遠いところお疲れ様でした。
アトピーが完全に治ることをAちゃんのためにも私のためにも祈っています。
2008年10月10日
根きり虫
とにかく朝は虫取りだが、9時にバンクーバーのFさんからの電話があるかもしれないので待っていた。
暫く待ってメールでお知らせいただいたとおり帰宅できないようだと判断して畑に行った。
虫を取っていたら30分もしない内に妻が携帯に連絡してきて、Fさんから電話があって10分後にかけてこられるというので家に戻った。
電話治療とアドバイスをしてまた続きをしに畑に戻る。
今年はなぜか根きり虫が多い。
毎日なんやかややられている。
今日は高菜と白菜!それにレタス!をそれぞれ一本ずつやられた。
まだやるか~
堪忍して欲しいな~
土をできるだけ大きく付けるように掘って根元を見ると、頭が茶色で体が白いごろっと大きいのがそれぞれ見つかった。
まだそれでも少しかわいそうに思う心があるのに驚きながら、しかし当然お陀仏の刑。
レタスは若干根が残ってたのでとりあえず植え戻した。
白菜は諦めた。
今から植えてもできないだろうがと思いつつ残り苗があったのでそれを植え、周りに醗酵油粕を多めに施して肥料の力で何とかならないかとやってみたが、あまり期待はもてないだろう。
涼しくなってきたのでエンサイ(空芯菜)を片付けそこに食用菜の花を植えるため耕すことにしたが、根きり虫を探しながら丁寧に鍬を入れたら、大きいの小さいのと見つかる見つかる。
これだけいるとやられるはずだと思った。
それにしても今年はことのほか多い気がする。
大根の虫は今年は少ないが、人参に多い。
毎年同じでないのがおもしろいが、嬉しいものではない。
今外で鳴いている虫の音があるうちは害虫も頑張ってると思うと、気もそぞろになり虫の音を楽しむ気分にもあまりなれない。
晩秋が待ち遠しい。
暫く待ってメールでお知らせいただいたとおり帰宅できないようだと判断して畑に行った。
虫を取っていたら30分もしない内に妻が携帯に連絡してきて、Fさんから電話があって10分後にかけてこられるというので家に戻った。
電話治療とアドバイスをしてまた続きをしに畑に戻る。
今年はなぜか根きり虫が多い。
毎日なんやかややられている。
今日は高菜と白菜!それにレタス!をそれぞれ一本ずつやられた。
まだやるか~
堪忍して欲しいな~
土をできるだけ大きく付けるように掘って根元を見ると、頭が茶色で体が白いごろっと大きいのがそれぞれ見つかった。
まだそれでも少しかわいそうに思う心があるのに驚きながら、しかし当然お陀仏の刑。
レタスは若干根が残ってたのでとりあえず植え戻した。
白菜は諦めた。
今から植えてもできないだろうがと思いつつ残り苗があったのでそれを植え、周りに醗酵油粕を多めに施して肥料の力で何とかならないかとやってみたが、あまり期待はもてないだろう。
涼しくなってきたのでエンサイ(空芯菜)を片付けそこに食用菜の花を植えるため耕すことにしたが、根きり虫を探しながら丁寧に鍬を入れたら、大きいの小さいのと見つかる見つかる。
これだけいるとやられるはずだと思った。
それにしても今年はことのほか多い気がする。
大根の虫は今年は少ないが、人参に多い。
毎年同じでないのがおもしろいが、嬉しいものではない。
今外で鳴いている虫の音があるうちは害虫も頑張ってると思うと、気もそぞろになり虫の音を楽しむ気分にもあまりなれない。
晩秋が待ち遠しい。
タグ :白菜
2008年10月09日
アケビとポポーの果実
写真の右、ぱかっと割れて紫色のは今日雑木にからまってぶら下がっていたのを採取したアケビ。
正確にいうとこれはミツバアケビの果実。
左は、アケビとよく似ているが森のカスタードとも呼ばれるというポポー(ポーポー Pawpaw)の果実。
ヒーラーの勉強会で知り合った赤ひげさんが送ってくれた。
アケビは山形出身のiku★ko さん に約束していたので、今日のは全部差し上げた。
山形では郷土料理として豚のひき肉、味噌、ネギを混ぜて詰め、口を止めて、深めの油で炒めて食べるということだ。
半割りだったがゴーヤでそんな風に料ってもらったのを味わったことがある。
苦味のあるのには豚肉がよく合うのかもと思った。
明日から自分用に収穫して、山形の味を楽しむ予定。
ポポーは熱帯の果物のようだが、カナダのオンタリオ州からフロリダ北部が自生地とかで寒さに強い温帯果樹ということだ。
母はずーと昔に祖父ががポポーを植えていたらしくよく知っていたが、私は今回が見るのも食べるのも初めてで興味津々だった。
皮を剥いて一センチぐらいの輪切りにして早速食べてみた。
甘柿の種位の大きさの平らだがころっとした黒い種がまんなかにいくつも入ってるので、それを切らないようにとりあえず切れ目をいれて指で裂くようにしたが、今度はもう少し切るなら厚く切るのがいいと思ってる。
まだしっかり熟す前の青いのだったせいか味はバナナのような感じで甘くとろけるような口当たり。
インターネットで調べると熟すと強い芳香があり人によってはその香りを嫌うらしいが、カナダで輸入物とはいえドリアンも食べてきたからそれほどたいしたことはないだろうと、残りはもう少し熟してから食べようと思っている。
この味私は好きでした。
赤ひげさんありがとうございました。またお願いします。
2008年10月08日
かしわのすき焼き
昨夕は兄と兄の仕事関係で知り合った気の合う者同士で栗東市の井上と言う場所にある「ごきげんさん」にすき焼きでいっぱい飲もうということで行ってきた。
すき焼きとは珍しく安直なことだと思いながら連れて行ってもらった。
車はどんどん田舎に入っていく。
「ごきげんさん」という名前からどんなぼろっちいところなんだろうと思いながら乗っていた。
ぼろっちいと書いたがそういう所も好きなんで楽しみにしていたともいえる。
「あれや」と言うので見たら、大きな新しい建屋が目に入った。
駐車場から見てまたびっくり。
入口からしてしゃれた作りになっている。
誰がこんな田舎にこんな立派なのを作ったんだとまず思いました。
こんなところで儲かるんかいなとも思いました。
実際昨晩は私達一行だけでした。
おかげでサービスがよかったです。
全員が揃うのを待って、まず生ビールで乾杯。
竹籠に三種類の前菜、お造りと始まった。
兄は先日知人に連れてきてもらって旨いということで、地鶏のすき焼きを頼んでおいてくれた。
兄によると地鶏のすき焼きは前日までに予約をしておかないと食べられないということだが、その日の朝に鶏をしめて使うからということだった。
Hさんが「かしわの刺身もあるんかな?」と仲居さんに尋ねたら「はいはい、もう直ぐ持ってきます」という話。
そして来たのは大きな皿に載ったすき焼き用の鶏肉。
生で食べたかったらそれを生姜醤油で食べる。
もも肉もレバーも砂肝もなんでも新鮮だから食べられるということだった。
「全部生で食べたらすき焼き用がなくなりますよ」と仲居さんが言った。
すき焼きは鍋で熱くしたチキンスープにまず材料を入れ、それから割下をいれ、甘口が好きという意見が多いのでそこに砂糖を少し加えてくれた。
かしわは生でも食べられるからそんなに火を通さなくても食べられる。
「うまい!!」とつい声が出た。
昔食べていたのはこういう旨さだったんだと思った。
そんな美味い料理には日本酒がよく合う。
またしっかり飲んでしまった。
その後は、当店ご利用特典の送迎付き歌い放題飲み放題で3000円を各自払って姉妹店の「カラオケラウンジ ゴキゲン」まで送ってもらった。
そこでもまた飲んだ。
今朝はさすがに少しだけ頭が痛かった。
ラウンジで店の女性の肩こりをなぜか治す羽目になったが、手を直接当てることが簡単だと当てたらものすごく熱いという。
変なことだと思い、Mさんにも試したらこれまたものすごい熱がり方でまるでお灸を据えられてるような声を出した。
もう一人試してみようとUさんにもしたらやはり熱いという。
私の体がアルコールで暴走してるのかと思ったが、自分は全然掌も熱いと感じない。
今朝寝ながら肝臓にそれを思い出して布団の上から手を当てたら暫くして熱くなった。
妻にも試したら熱いという。
いつも離れてしてるので強くなってるのを知らなかったのかもしれないと思っているが、アルコールがきれたら納まるやも知れない。
さ~~って、どっちかな~。
すき焼きとは珍しく安直なことだと思いながら連れて行ってもらった。
車はどんどん田舎に入っていく。
「ごきげんさん」という名前からどんなぼろっちいところなんだろうと思いながら乗っていた。
ぼろっちいと書いたがそういう所も好きなんで楽しみにしていたともいえる。
「あれや」と言うので見たら、大きな新しい建屋が目に入った。
駐車場から見てまたびっくり。
入口からしてしゃれた作りになっている。
誰がこんな田舎にこんな立派なのを作ったんだとまず思いました。
こんなところで儲かるんかいなとも思いました。
実際昨晩は私達一行だけでした。
おかげでサービスがよかったです。
全員が揃うのを待って、まず生ビールで乾杯。
竹籠に三種類の前菜、お造りと始まった。
兄は先日知人に連れてきてもらって旨いということで、地鶏のすき焼きを頼んでおいてくれた。
兄によると地鶏のすき焼きは前日までに予約をしておかないと食べられないということだが、その日の朝に鶏をしめて使うからということだった。
Hさんが「かしわの刺身もあるんかな?」と仲居さんに尋ねたら「はいはい、もう直ぐ持ってきます」という話。
そして来たのは大きな皿に載ったすき焼き用の鶏肉。
生で食べたかったらそれを生姜醤油で食べる。
もも肉もレバーも砂肝もなんでも新鮮だから食べられるということだった。
「全部生で食べたらすき焼き用がなくなりますよ」と仲居さんが言った。
すき焼きは鍋で熱くしたチキンスープにまず材料を入れ、それから割下をいれ、甘口が好きという意見が多いのでそこに砂糖を少し加えてくれた。
かしわは生でも食べられるからそんなに火を通さなくても食べられる。
「うまい!!」とつい声が出た。
昔食べていたのはこういう旨さだったんだと思った。
そんな美味い料理には日本酒がよく合う。
またしっかり飲んでしまった。
その後は、当店ご利用特典の送迎付き歌い放題飲み放題で3000円を各自払って姉妹店の「カラオケラウンジ ゴキゲン」まで送ってもらった。
そこでもまた飲んだ。
今朝はさすがに少しだけ頭が痛かった。
ラウンジで店の女性の肩こりをなぜか治す羽目になったが、手を直接当てることが簡単だと当てたらものすごく熱いという。
変なことだと思い、Mさんにも試したらこれまたものすごい熱がり方でまるでお灸を据えられてるような声を出した。
もう一人試してみようとUさんにもしたらやはり熱いという。
私の体がアルコールで暴走してるのかと思ったが、自分は全然掌も熱いと感じない。
今朝寝ながら肝臓にそれを思い出して布団の上から手を当てたら暫くして熱くなった。
妻にも試したら熱いという。
いつも離れてしてるので強くなってるのを知らなかったのかもしれないと思っているが、アルコールがきれたら納まるやも知れない。
さ~~って、どっちかな~。
2008年10月06日
山形の日本酒で
今朝はやはりしんどかった。
昨晩Nさんと日本酒四合瓶を二本も空けてしまった。
止めたらいいのにブログもその後書いたりして睡眠不足。
それでも、今朝虫取りだけはしっかりした。
飲んだのは山形の純米酒で「香梅」というお酒。
あっさりしていたので、つい飲みすぎてしまった。
純米酒と純米吟醸酒があった。
二本目に行くとは思ってなかったが純米酒から初めて正解だった。
先日これまた山形のお酒で「日本響」という純米吟醸をいただいて飲んでいるが、同じ山形のお酒でもこちらは飲んだ後も口中で余韻を残す。
東北地方のお酒は私の感じでは「香梅」のようにさらっとして後口が水をのんだように残らないように思っていたが「日本響」はそうでもないことを教えてくれた。
それにしてもよいお酒だったようで二日酔いにもならずにすんだ。
少ししんどいのは当たり前だし・・・
Nさんは、今日は京都の従姉妹さん宅。
明日は大阪の先輩宅ということで、そのあと、奥さんの実家沖縄で暫く過ごしてカナダに帰るということだった。
お土産になにかあげようと思ったが、荷物になると困るからということで、結局今年私達が作った紅梅の梅干と紅生姜を少しあげただけだった。
妻が手作り奈良漬もあげようと思って冷蔵庫に用意しておいたが、忘れて渡せなかった。
従姉妹さん宅にいるNさんにそのことで電話をしたら、要らないということだったが、また電話がかかってきて沖縄に送ってほしいということだった。
そうしかないよ~
あんな美味しいのを要らないはずはないと思ってた。
どれもお金では買えないというとこが味噌かな~。
口にするたびに我々のことを思い出してくださいな。
昨晩Nさんと日本酒四合瓶を二本も空けてしまった。
止めたらいいのにブログもその後書いたりして睡眠不足。
それでも、今朝虫取りだけはしっかりした。
飲んだのは山形の純米酒で「香梅」というお酒。
あっさりしていたので、つい飲みすぎてしまった。
純米酒と純米吟醸酒があった。
二本目に行くとは思ってなかったが純米酒から初めて正解だった。
先日これまた山形のお酒で「日本響」という純米吟醸をいただいて飲んでいるが、同じ山形のお酒でもこちらは飲んだ後も口中で余韻を残す。
東北地方のお酒は私の感じでは「香梅」のようにさらっとして後口が水をのんだように残らないように思っていたが「日本響」はそうでもないことを教えてくれた。
それにしてもよいお酒だったようで二日酔いにもならずにすんだ。
少ししんどいのは当たり前だし・・・
Nさんは、今日は京都の従姉妹さん宅。
明日は大阪の先輩宅ということで、そのあと、奥さんの実家沖縄で暫く過ごしてカナダに帰るということだった。
お土産になにかあげようと思ったが、荷物になると困るからということで、結局今年私達が作った紅梅の梅干と紅生姜を少しあげただけだった。
妻が手作り奈良漬もあげようと思って冷蔵庫に用意しておいたが、忘れて渡せなかった。
従姉妹さん宅にいるNさんにそのことで電話をしたら、要らないということだったが、また電話がかかってきて沖縄に送ってほしいということだった。
そうしかないよ~
あんな美味しいのを要らないはずはないと思ってた。
どれもお金では買えないというとこが味噌かな~。
口にするたびに我々のことを思い出してくださいな。
タグ :日本酒
2008年10月06日
遠方よりの友
昨日午後遅くからバンクーバーの空手の師匠というか親友のN夫妻が遊びに来ている。
Nさんがいうには私が昔ブログに「秋はセレブが多い」と書いたのを読んだので今回は秋に来たと言うことだった。
当然冗談です^^
それで昨日の午前中は、とにかく可能な限り虫取りをして、午後は、4時か5時に来るという連絡があったので、それまでに兄から先日連絡があった稲藁の始末をしていた。
その稲藁は兄が知人に頼んでくれ、本来ならコンバインで切り刻むのを長いままで田に残してもらってくれたもの。
稲藁がないので昨年まではメリケンカルカヤを代用していたが、今回稲藁に馴染んで分かったが使い勝手が全然違う。
とにかく繊維が強いので扱いやすい。
小学生の頃、稲を刈るのを手伝ってというより遊び半分に刈ってたことがあるので、束にするのは知ってるつもりだったが、いざやってみるとなにか旨くできずヘタな束を作りながら時間だけが過ぎていた。
暫くして、こうしてたんかなというのが閃き、笑われるようなことのない束が作れるようになったら殆ど終わりに近かった。
それが終わり、家に戻り、父の病院に行っていたら、車の中に置き忘れた携帯電話に着信履歴があって、妻の言うにはもう近くの駅に着いているというのを車に戻ってから知った。
妻が美味しいポン酢を手に入れたがってたので、それを買わんがために早くに車に戻ったのでそれが分かった。
それからは一気呵成、妻をピックアップしに戻り、N夫妻を待たしたが久しぶりの再開を果たした。
その後戻ってきてちょっとだけ母と出会ってもらってから、宿泊場所でNさんと飲みだした。
いや~、飲みすぎちゃいました~~
それで、沈没、申し訳ないですがブログは書けませんでした。
今朝はどうなることかとおもいましたが、昨晩秘蔵の山桃ワインを飲んだお陰か二日酔いもなく普通に起きられました。
それで、Nさんから連絡があるまで休息の邪魔をしないようにまた虫取り。
大根は殆どいないと言っていい状態だが、そのせいか金時人参がその代わり襲われている。
ピンセットでちくちくと害虫幼虫を取ることで害虫の人口稠密度を下げて後は蜘蛛さんにお任せしたいと、Nさんの従姉妹さんが来る時間まで頑張っていた。
従姉妹の方は、Nさんが今回京都にいる従姉妹さんの所に泊まっていたとき私を話題にしたことから氣を受けたいと言うことになったようで、来られることに関しては突然だったが承諾していた。
それも従姉妹さんの友人も含めて三人ということだったが、一昨日からNさんにお願いされていたのでしっかり心の準備はできていた。
それでもお会いしたら三方とも、とにかく半信半疑という感じだった。
従姉妹の方から始めたが、それを見ていた他の方にとっては衝撃的だったようで、まあ、後は簡単ないつもの治療という感じになったがとにかく信じてもらえたのが良かった。
それから暫く平凡なお話をしてお別れした。
その後、Nさんと母を交えて暫く話をした後、宿泊先に行ってビールを手はじめに飲みだしてからは、抑え気味ながらまた昨晩の繰り返しのようになったが、妻も私もNさんに足裏マッサージをしてもらって痛いのに耐えた分だけ爽快にしている。
Nさんが従姉妹の方への治療を傍で見ていて言うには、「もうじきガラスが割れるかもしれない」という私の声に対する評価だった。
そんなことになると困った話だが、とにかくかなり進歩しているという感想だった。
嬉しい限りです。
そんなわけで今日は昼前から新患三人に氣を入れました。
どの方もこれといって悪いところはなく、充電のようなことで何よりでした。
お陰でまたNさんと愉快に飲めました。
Nさんがいうには私が昔ブログに「秋はセレブが多い」と書いたのを読んだので今回は秋に来たと言うことだった。
当然冗談です^^
それで昨日の午前中は、とにかく可能な限り虫取りをして、午後は、4時か5時に来るという連絡があったので、それまでに兄から先日連絡があった稲藁の始末をしていた。
その稲藁は兄が知人に頼んでくれ、本来ならコンバインで切り刻むのを長いままで田に残してもらってくれたもの。
稲藁がないので昨年まではメリケンカルカヤを代用していたが、今回稲藁に馴染んで分かったが使い勝手が全然違う。
とにかく繊維が強いので扱いやすい。
小学生の頃、稲を刈るのを手伝ってというより遊び半分に刈ってたことがあるので、束にするのは知ってるつもりだったが、いざやってみるとなにか旨くできずヘタな束を作りながら時間だけが過ぎていた。
暫くして、こうしてたんかなというのが閃き、笑われるようなことのない束が作れるようになったら殆ど終わりに近かった。
それが終わり、家に戻り、父の病院に行っていたら、車の中に置き忘れた携帯電話に着信履歴があって、妻の言うにはもう近くの駅に着いているというのを車に戻ってから知った。
妻が美味しいポン酢を手に入れたがってたので、それを買わんがために早くに車に戻ったのでそれが分かった。
それからは一気呵成、妻をピックアップしに戻り、N夫妻を待たしたが久しぶりの再開を果たした。
その後戻ってきてちょっとだけ母と出会ってもらってから、宿泊場所でNさんと飲みだした。
いや~、飲みすぎちゃいました~~
それで、沈没、申し訳ないですがブログは書けませんでした。
今朝はどうなることかとおもいましたが、昨晩秘蔵の山桃ワインを飲んだお陰か二日酔いもなく普通に起きられました。
それで、Nさんから連絡があるまで休息の邪魔をしないようにまた虫取り。
大根は殆どいないと言っていい状態だが、そのせいか金時人参がその代わり襲われている。
ピンセットでちくちくと害虫幼虫を取ることで害虫の人口稠密度を下げて後は蜘蛛さんにお任せしたいと、Nさんの従姉妹さんが来る時間まで頑張っていた。
従姉妹の方は、Nさんが今回京都にいる従姉妹さんの所に泊まっていたとき私を話題にしたことから氣を受けたいと言うことになったようで、来られることに関しては突然だったが承諾していた。
それも従姉妹さんの友人も含めて三人ということだったが、一昨日からNさんにお願いされていたのでしっかり心の準備はできていた。
それでもお会いしたら三方とも、とにかく半信半疑という感じだった。
従姉妹の方から始めたが、それを見ていた他の方にとっては衝撃的だったようで、まあ、後は簡単ないつもの治療という感じになったがとにかく信じてもらえたのが良かった。
それから暫く平凡なお話をしてお別れした。
その後、Nさんと母を交えて暫く話をした後、宿泊先に行ってビールを手はじめに飲みだしてからは、抑え気味ながらまた昨晩の繰り返しのようになったが、妻も私もNさんに足裏マッサージをしてもらって痛いのに耐えた分だけ爽快にしている。
Nさんが従姉妹の方への治療を傍で見ていて言うには、「もうじきガラスが割れるかもしれない」という私の声に対する評価だった。
そんなことになると困った話だが、とにかくかなり進歩しているという感想だった。
嬉しい限りです。
そんなわけで今日は昼前から新患三人に氣を入れました。
どの方もこれといって悪いところはなく、充電のようなことで何よりでした。
お陰でまたNさんと愉快に飲めました。
タグ :山桃ワイン
2008年10月03日
治療を楽しんだ日
今日は初めて私の氣を受ける人が三人という近頃の私にしては珍しい日となった。
9時に電話治療の予定が入ってる方から昨晩遅くメールがあったが、早々とコンピューターから離れたもので見なかった。
今朝メールを見て返信してから朝の特製ドリンクとコーヒーを飲んでいたら、Yさんから電話があった。
それで、返信したメールにまた返信があったが電話でのYさんとの会話を楽しんでたので気づかず、それが分かったのは治療後のことで治療の電話を受けたときまず質問したが、返信に回答があったのにとんちんかんだと思われたかもしれない。
携帯に電話がかかってきたのはYさんとの電話中だったが、Yさんを妻にまくって私は携帯にかかってきた初めての方に氣を送ることにした。
Yさん、そういうわけでした。でも随分と笑わせていただきました。ありがとうございました^^
さて、携帯電話先の方、ヒツジさんはタロットカードで知人の悩みなどの相談に乗ったりされてるそうだが、そのせいか陰気がかなり強かった。
今日は、それを中和することに専念して終わったようなものだった。
それなりに少し悪いところは感じたが、それよりまずエネルギーの充電が必要だったと信じている。
午後からは私の氣を受けた方から話を聞いて興味を持ったSYさんが来られた。
まずとりあえず氣を入れてからお話しようということにした。
エネルギーの感じはほぼ問題ないという感じ。
仙骨に歪みがあるようで腰というよりお尻の上といった場所に問題があった。
流産を経験されてるので一種の不妊治療のようなことだった。
エドガー・ケーシーの本もお読みになってるし、ヒーラーといって治療する私の同業のような方の治療も経験済み。
ご主人は「またそんな所に行くのか?!」とご立腹気味なのに来られたということだった。
帰られるとき、「ご主人にサロンパスよりよく効くといって今度は一緒に来てもらってください」とぬけぬけと言わせてもらった^^
この方も霊感をお持ちの方で途中参加の妻も興味津々。
なんか近頃こういう方が多いと思う。
新人類というものでしょうか。
問題は、陰気の影響に対して弱い。
敏感すぎるのかな~
もっと鈍感でいいんじゃないでしょうか。
政治家ほどとはいいませんけど・・・
SYさんと話をしている時、先日治療した高齢の方の娘さんMSさんからお電話があってお母さんの治療をそれから30分後にすることにした。
SYさんを追い出すようなことになったが、忙しい日はそんなことになる。
SYさん、ぜひ懲りずに、また遊びがてら来て下さい。
MSさんのお母さんは今日氣を送った感じではほぼエネルギーは回復していた。
これは予期しなかったことで珍しいしすばらしいことだと思った。
先週体が熱くなったと言っておられたが、その晩三回も下着を着替えられたということだった。
エネルギーが満タン状態なので今回は問題点がよく伝わってきた。
来週も電話をしていただくようにお願いしたが、さてどんな感じになるか楽しみにしている。
カナダにまた帰られるMSさんにも記念にと氣を入れて差し上げた。
まず沈み込んでいくような感じになり、その後何かが上がっていくような感じになり身体が軽くなったということだった。
ヨガのインストラクターをされてるMSさんに感じていただけてよかった。
それにしても高い振動だったので同調できるかと一瞬心配になるほどだった。
桐島洋子さんもそうだったが、それよりまだ高かった。
ヨガってすごいと思いながら氣を送っていた。
9時に電話治療の予定が入ってる方から昨晩遅くメールがあったが、早々とコンピューターから離れたもので見なかった。
今朝メールを見て返信してから朝の特製ドリンクとコーヒーを飲んでいたら、Yさんから電話があった。
それで、返信したメールにまた返信があったが電話でのYさんとの会話を楽しんでたので気づかず、それが分かったのは治療後のことで治療の電話を受けたときまず質問したが、返信に回答があったのにとんちんかんだと思われたかもしれない。
携帯に電話がかかってきたのはYさんとの電話中だったが、Yさんを妻にまくって私は携帯にかかってきた初めての方に氣を送ることにした。
Yさん、そういうわけでした。でも随分と笑わせていただきました。ありがとうございました^^
さて、携帯電話先の方、ヒツジさんはタロットカードで知人の悩みなどの相談に乗ったりされてるそうだが、そのせいか陰気がかなり強かった。
今日は、それを中和することに専念して終わったようなものだった。
それなりに少し悪いところは感じたが、それよりまずエネルギーの充電が必要だったと信じている。
午後からは私の氣を受けた方から話を聞いて興味を持ったSYさんが来られた。
まずとりあえず氣を入れてからお話しようということにした。
エネルギーの感じはほぼ問題ないという感じ。
仙骨に歪みがあるようで腰というよりお尻の上といった場所に問題があった。
流産を経験されてるので一種の不妊治療のようなことだった。
エドガー・ケーシーの本もお読みになってるし、ヒーラーといって治療する私の同業のような方の治療も経験済み。
ご主人は「またそんな所に行くのか?!」とご立腹気味なのに来られたということだった。
帰られるとき、「ご主人にサロンパスよりよく効くといって今度は一緒に来てもらってください」とぬけぬけと言わせてもらった^^
この方も霊感をお持ちの方で途中参加の妻も興味津々。
なんか近頃こういう方が多いと思う。
新人類というものでしょうか。
問題は、陰気の影響に対して弱い。
敏感すぎるのかな~
もっと鈍感でいいんじゃないでしょうか。
政治家ほどとはいいませんけど・・・
SYさんと話をしている時、先日治療した高齢の方の娘さんMSさんからお電話があってお母さんの治療をそれから30分後にすることにした。
SYさんを追い出すようなことになったが、忙しい日はそんなことになる。
SYさん、ぜひ懲りずに、また遊びがてら来て下さい。
MSさんのお母さんは今日氣を送った感じではほぼエネルギーは回復していた。
これは予期しなかったことで珍しいしすばらしいことだと思った。
先週体が熱くなったと言っておられたが、その晩三回も下着を着替えられたということだった。
エネルギーが満タン状態なので今回は問題点がよく伝わってきた。
来週も電話をしていただくようにお願いしたが、さてどんな感じになるか楽しみにしている。
カナダにまた帰られるMSさんにも記念にと氣を入れて差し上げた。
まず沈み込んでいくような感じになり、その後何かが上がっていくような感じになり身体が軽くなったということだった。
ヨガのインストラクターをされてるMSさんに感じていただけてよかった。
それにしても高い振動だったので同調できるかと一瞬心配になるほどだった。
桐島洋子さんもそうだったが、それよりまだ高かった。
ヨガってすごいと思いながら氣を送っていた。
2008年10月02日
待ち合わせ
カナダのエドモントンにお住まいで、初めてカナダに行った時からかわいがってもらったNFさんと娘のGさんが日本に来ている。
滞在先はNFさんのお姉さんがお住みの大阪は豊中なので一日空けてもらって出会うことになった。
豊中からだと阪急で出てこられる。
湯豆腐を京都で食べたいというNFさんの望みはあったが、元気だが77歳のNFさんと日本語は殆ど理解できるが話すのは英語というGさんご一行だから、お姉さんの娘さんが過小評価されたのだろう、京都までは無理無理ということになり阪急梅田駅の改札口で出会うことになった。
改札口で約束の時間になっても出てこられないので、お姉さんのところに電話したら随分前に出かけられたということだった。
おかしいな~と妻と話しながらまた暫く待ってもう一度お姉さんのところに「連絡があったらこちらに電話していただくよう」お願いの電話をかけた。
その時、電車の見える改札口ですか?と尋ねられやっと私達が間違っていたのが分かった。
阪急梅田駅には二階と三階に改札口があった。
前回もここで待ち合わせしたが、その時は二階から出てきてさらに一階降りた大きなスクリーンの前だったので、三階の改札口と聞いていたようだがてっきり二階の改札口がそれだと思ってしまったようだった。
それで、急いで三階の改札口に向かったが、これがまた二階改札口の近くからは行けないようになっていた。
三階に上がるエスカレーターを探すのにまた手間取りながら何とか電車が見える改札口にたどり着き、きょろきょろしたら懐かしいしかし待ちくたびれたような顔が目に入った。
四人がほっとしたことは間違いない。
無理無理というのはこちらに当てはまりそうなことだった。
お昼前になってたのでその辺で食事をとり、そこでゆっくりしたら店に迷惑がかかるのでホテルでお茶をしながら話そうということになった。
妻が食事をした店の店員さんに尋ねたら、ホテル阪急インターナショナルという新しいところをお勧めしてくれた。
ケーキと紅茶かコーヒーがセットで1500円だったが、ホットコーヒーはお代わりができた。
ホテルも今時はサービスが良くなったと感じた。
2時間以上話をして別れることになったが、阪急の出てこられた同じ改札口にお連れすることになってまたうろうろした。
ホテルに行った時は地下から出たのだが、地上を歩いて直ぐに出てきたと思った建物に入ったら分からなくなった。
また外に出て、なんとか最初間違って待っていた場所にまず辿り着いた。
それから三階に行くのはまた一足あるし、二階から三階に上がるだけだろうとそこから入ってもらった。
梅田が始発だから間違いないとは思うものの知らないということで一抹の不安も感じたようなことだった。
自分のことなら大丈夫なんだけど・・・
久しぶりに都会に出たら疲れました。
救いはJRに座れたことでした。
滞在先はNFさんのお姉さんがお住みの大阪は豊中なので一日空けてもらって出会うことになった。
豊中からだと阪急で出てこられる。
湯豆腐を京都で食べたいというNFさんの望みはあったが、元気だが77歳のNFさんと日本語は殆ど理解できるが話すのは英語というGさんご一行だから、お姉さんの娘さんが過小評価されたのだろう、京都までは無理無理ということになり阪急梅田駅の改札口で出会うことになった。
改札口で約束の時間になっても出てこられないので、お姉さんのところに電話したら随分前に出かけられたということだった。
おかしいな~と妻と話しながらまた暫く待ってもう一度お姉さんのところに「連絡があったらこちらに電話していただくよう」お願いの電話をかけた。
その時、電車の見える改札口ですか?と尋ねられやっと私達が間違っていたのが分かった。
阪急梅田駅には二階と三階に改札口があった。
前回もここで待ち合わせしたが、その時は二階から出てきてさらに一階降りた大きなスクリーンの前だったので、三階の改札口と聞いていたようだがてっきり二階の改札口がそれだと思ってしまったようだった。
それで、急いで三階の改札口に向かったが、これがまた二階改札口の近くからは行けないようになっていた。
三階に上がるエスカレーターを探すのにまた手間取りながら何とか電車が見える改札口にたどり着き、きょろきょろしたら懐かしいしかし待ちくたびれたような顔が目に入った。
四人がほっとしたことは間違いない。
無理無理というのはこちらに当てはまりそうなことだった。
お昼前になってたのでその辺で食事をとり、そこでゆっくりしたら店に迷惑がかかるのでホテルでお茶をしながら話そうということになった。
妻が食事をした店の店員さんに尋ねたら、ホテル阪急インターナショナルという新しいところをお勧めしてくれた。
ケーキと紅茶かコーヒーがセットで1500円だったが、ホットコーヒーはお代わりができた。
ホテルも今時はサービスが良くなったと感じた。
2時間以上話をして別れることになったが、阪急の出てこられた同じ改札口にお連れすることになってまたうろうろした。
ホテルに行った時は地下から出たのだが、地上を歩いて直ぐに出てきたと思った建物に入ったら分からなくなった。
また外に出て、なんとか最初間違って待っていた場所にまず辿り着いた。
それから三階に行くのはまた一足あるし、二階から三階に上がるだけだろうとそこから入ってもらった。
梅田が始発だから間違いないとは思うものの知らないということで一抹の不安も感じたようなことだった。
自分のことなら大丈夫なんだけど・・・
久しぶりに都会に出たら疲れました。
救いはJRに座れたことでした。
タグ :阪急梅田駅
2008年10月01日
治療の頻度
昨晩は伯母さんに毎週の電話治療をしたのだが、終わってから「来週は飲み会があるのでできないんですけど、いつものように前後の日に振り替えというのではなく飛ばして再来週にということで・・・」とお願いした。
先日氣の吸引力について少し書いたが、それは治療の頻度も決める。
治療というのは、大雑把に言って二種類のことをする。
その一つ①は、身体を陰陽のないというかまだ陰陽に分かれてない状態の氣で満たす。
もう一つ②は、氣が伝えてくる異常なシグナルを正す。
順序としては①そして②となる。
①は電圧のようなもので気圧とよんでもいいかも。
②はコンピューターのスキャンのようなことだと思ってもらえばいい。
することは同じだが、手応えというか反応がこちら側で変わる。
①の段階ではバッテリーを充電するのとよく似ている。
充電している間の電池は暖かくなるが身体もそうなることが多い。
人間は活動することによって陰に偏り、寝ることによってその偏りをなくし次の活動に備える。
陰に偏っている間にまた活動を続けると恒常的に陰性の身体になり段々陰が強くなり最終的には過労と言うようなことになるのだろう。
バッテリーがあがった時のようなものだ。
そうなったら、充電できる余地のある間は充電することで使えるようになる。
老衰とはこの充電ができなくなった状態とも言える。
ところでバッテリーの使い方だが、リチウムバッテリーはいつも充電できるが、それでもなるべくならできるだけ使ってから充電した方が良いと説明書には確か書いてあると思う。
これと体の氣の補充もよく似ている。
できるだけ使ってから氣を入れる、というのが基本と思う。
さて、伯母の場合、毎週しているから氣を補充するという感じではない。
②のシグナルを治すという段階が主なことだが、それも肉体に実際治した結果が現れるには時間が少々要る。
そんなことで、バッテリーなら一度しっかり使ってもらうという期間をとることにした。
そうすると吸引力が高まるはずで、それがいわゆるスタミナというか強さというようなものになるはずだが・・・
さて、治療の頻度はこの吸引力とシグナルの正す余地があるかないかの両面からで決めていく。
治療師としてはそれだけだが、患者側からすると違うようで、治療を受けるということが精神の安定に繋がる面も否定できない。
それで、それはこちらで判断して毎週してる方もいる。
それはそれなりに毎回何かとシグナルは治せる。
(まだ、考えが練れてないような内容ですがとりあえずアップしておきます。)
先日氣の吸引力について少し書いたが、それは治療の頻度も決める。
治療というのは、大雑把に言って二種類のことをする。
その一つ①は、身体を陰陽のないというかまだ陰陽に分かれてない状態の氣で満たす。
もう一つ②は、氣が伝えてくる異常なシグナルを正す。
順序としては①そして②となる。
①は電圧のようなもので気圧とよんでもいいかも。
②はコンピューターのスキャンのようなことだと思ってもらえばいい。
することは同じだが、手応えというか反応がこちら側で変わる。
①の段階ではバッテリーを充電するのとよく似ている。
充電している間の電池は暖かくなるが身体もそうなることが多い。
人間は活動することによって陰に偏り、寝ることによってその偏りをなくし次の活動に備える。
陰に偏っている間にまた活動を続けると恒常的に陰性の身体になり段々陰が強くなり最終的には過労と言うようなことになるのだろう。
バッテリーがあがった時のようなものだ。
そうなったら、充電できる余地のある間は充電することで使えるようになる。
老衰とはこの充電ができなくなった状態とも言える。
ところでバッテリーの使い方だが、リチウムバッテリーはいつも充電できるが、それでもなるべくならできるだけ使ってから充電した方が良いと説明書には確か書いてあると思う。
これと体の氣の補充もよく似ている。
できるだけ使ってから氣を入れる、というのが基本と思う。
さて、伯母の場合、毎週しているから氣を補充するという感じではない。
②のシグナルを治すという段階が主なことだが、それも肉体に実際治した結果が現れるには時間が少々要る。
そんなことで、バッテリーなら一度しっかり使ってもらうという期間をとることにした。
そうすると吸引力が高まるはずで、それがいわゆるスタミナというか強さというようなものになるはずだが・・・
さて、治療の頻度はこの吸引力とシグナルの正す余地があるかないかの両面からで決めていく。
治療師としてはそれだけだが、患者側からすると違うようで、治療を受けるということが精神の安定に繋がる面も否定できない。
それで、それはこちらで判断して毎週してる方もいる。
それはそれなりに毎回何かとシグナルは治せる。
(まだ、考えが練れてないような内容ですがとりあえずアップしておきます。)