2007年09月12日

道が開く

ある日店に仲良くしてる日系のおじさんトニーと同じく日系人のナンシーがやってきた。ナンシーに会うのはこの時が初めてだった。エドモントンでよくお世話になる夫妻の紹介で治療を受けに訪ねて来られた。
ナンシーは糖尿病で目があまり見えなくなっていた。インシュリンも注射していたほどの糖尿だった。
気で糖尿病が治せるかというと治る人もいるかもしれないが、正直な話今でも無理だと思ってる。ただし、本人が運動をし、甘いものを制限し、腹八分目で早寝早起きというような生活をするなら気を入れることは有効に働くだろう。生活習慣病というのはその人の生活から来てるから、ざるで水をすくえないように悪くなる生活を正さない限り気も身体に残れない。
ナンシーはその後も長く私のところへ気を受けにかよってきたが、、以上書いたような生活は分かったというだけで決して実行しなかった。それでも受けると楽になるようで喜んで来ていた。
その日、30分ほど気を送っただろうか。彼らが帰った後、私は妻にしんどさを訴えた。訴えたところでどうなるものでもないが、とにかくしんどかった。それは3時間ほど続いた。その間、私の身体は頭の先から指の先まで全身くまなく氷のように冷たくなっていた。まるで死体のようなものだ。本人の自覚だけでなく妻が触ってもその冷たさは感じられる。どうなるのかとこのときばかりはぞっとした。
3時間後ゆっくりとであるが、なんとかぬくもりが戻ってきて普通の状態になった時は本当に安堵した。
そんなことがあったが、とりあえず直ったから次の日からも治療を止めることなく続けた。
今度は奇妙なことがそれ以降起こった。
治療後、足は温かいが腰から上は冷たくなった。治療を続けていくにつれ、暖かい箇所と冷たい箇所の境目が上に上がってきて、冷たい箇所がだんだん小さくくなっていった。それが腕だけになりもうちょっとで全部暖かくなると思ってるうちに手首から先だけが冷たくなるだけになった。この状態はかなり長く続いた。そして、本当に最後に手の平の表面、皮一枚で冷たさを止められることができるようになった。
これは何を意味するのかと考えた結論を私の推測に過ぎないが書いておきたい。
以前70人したことを書いたが、あの時足が冷たいので上げて治療したと書いた。そしてナンシーで全身が冷たくなったということは、後の推移から考えると自分が本来持っている陽気を治療に使っていたと考えられないだろうか。人間はどうも活動するときに陽のエネルギーを使って活動するようで、陽気を使うのは練習しなくてもできるのだろう。ナンシーがあまりにも冷たい風を吹き付けてくるものだからそれを取り去るために今まで以上に気を送り込んでどうも自分の陽気を使い果たしたらしい。それから3時間は私の充電期間のようなもので外部から気が入ってきたのだろう。あまりに空になったものだから気を吸い込む力が強くなったというか、負圧のようなものが働いたと考えられる。それでエネルギーを取り込む道が開いたと思っている。
その道はどんどん太くなっていき、出す気の量と等しくなった時皮一枚で冷気を止められるようになったと考えてもおかしくない。それ以来私は、自分の体を外界からエネルギーを取り入れ、治療相手にエネルギーを渡すパイプ役というように捉えている。
治療をするときは殆どの場合、手の平か指先から出す。最後に冷たくなる箇所が腕、手と収斂して行ったのもまた当然と思える。