2008年08月21日
アトピー性皮膚炎の外来患者
午前中早くは雨が降っていたので夏前に採った大根の莢から種を取り出していた。
雨が止んでからは、畑で昨日の雨で新しい畝から流された土を戻したり、耕運機をかけようと思っていた昨日綺麗にした畝を雨で柔らかくなったからと心変わりして鍬で耕したりしていた。
午後は一時から滋賀咲くブログの*美~湖*さんが娘さんのアトピーを見せに来てくれることになっていた。
電話治療を今年の春ごろしたことは書いたが、治療後例年になく早く治りだしたが足だけがこちらは例年になく治らないということだったので一度直接見せてもらって治療してみたいとご足労をお願いした。
午前中の畑仕事をマッサージ機でほぐしている時、*美~湖*さんの到来を告げる妻の声がした。
玄関に行ったら、かわいい二人の娘さんと元気そうな女性がニコニコとおられた。
ブログでコメントをしたりしてもらったりで始めてお出会いしたように思えなかった。
ブログで出会った方との出会いって最初から親近感を持ってるのがおもしろいですね。
散らかった部屋にお通ししたら、早速お土産をいただいた。
これがまた珍しい焼酎で、鹿児島の芋焼酎を造っている国分酒造が平成4年に後にも先にもこの一回きりしか仕込まなかった米焼酎ということで、割り水をしていないアルコール度数37%という代物。
飲んだらもう手に入らないが飲まなかったら味もわからないし、それなりの機会を待って飲むことにしよう。
それがなかったら、とにかくお正月にゆっくり味わうことにしよう。
他にもいろんな方から美味しそうな焼酎や日本酒をいただいている。
それぞれ紹介したい代物ばかりだが、将来問題が出ることもあるし申し訳ないですが割愛させてください。
もう少し涼しくなるのを待って、じっくり味わおうと思っています。
下さった方にはここに改めて御礼申し上げます。
*美~湖*さんからは他に焼酎の肴に好物の鮒寿し、私の身体が弱らないようにか烏骨鶏の卵までいただいた。
うれしいですけど、散財していただいて本当に申し訳なく思っています。
ありがとうございました。
さて、*美~湖*さんの長女のAちゃん。
問題の足を見せていただいたが、本当にひどい状態。
ただ、他の場所は大体綺麗に治っていたのでこれは足への体液の循環の問題と思われる。
治療後アトピーが出始めの頃のことを尋ねたらまず足から始まったらしい。
ということは治るのはビデオの逆回しだから、もしかすると最後の段階かもしれないとも思える。
離れて強く氣を入れ全体の調子をとった後、おしゃべりしながら患部に手をかざして氣をいれることにした。
2,3時間そんなことしていたら最初ジュクジュクしていたのがかさぶたを作り出したところもできた。
赤みもかなりさずんだ。
これなら今回治らなかったとしてもまた氣を入れたら治るんじゃないかと思えた。
そういうことですので、*美~湖*さん、気にせず手ぶらでまた遊びに来てください。
栗が落ちる頃いかがですか。
雨が止んでからは、畑で昨日の雨で新しい畝から流された土を戻したり、耕運機をかけようと思っていた昨日綺麗にした畝を雨で柔らかくなったからと心変わりして鍬で耕したりしていた。
午後は一時から滋賀咲くブログの*美~湖*さんが娘さんのアトピーを見せに来てくれることになっていた。
電話治療を今年の春ごろしたことは書いたが、治療後例年になく早く治りだしたが足だけがこちらは例年になく治らないということだったので一度直接見せてもらって治療してみたいとご足労をお願いした。
午前中の畑仕事をマッサージ機でほぐしている時、*美~湖*さんの到来を告げる妻の声がした。
玄関に行ったら、かわいい二人の娘さんと元気そうな女性がニコニコとおられた。
ブログでコメントをしたりしてもらったりで始めてお出会いしたように思えなかった。
ブログで出会った方との出会いって最初から親近感を持ってるのがおもしろいですね。
散らかった部屋にお通ししたら、早速お土産をいただいた。
これがまた珍しい焼酎で、鹿児島の芋焼酎を造っている国分酒造が平成4年に後にも先にもこの一回きりしか仕込まなかった米焼酎ということで、割り水をしていないアルコール度数37%という代物。
飲んだらもう手に入らないが飲まなかったら味もわからないし、それなりの機会を待って飲むことにしよう。
それがなかったら、とにかくお正月にゆっくり味わうことにしよう。
他にもいろんな方から美味しそうな焼酎や日本酒をいただいている。
それぞれ紹介したい代物ばかりだが、将来問題が出ることもあるし申し訳ないですが割愛させてください。
もう少し涼しくなるのを待って、じっくり味わおうと思っています。
下さった方にはここに改めて御礼申し上げます。
*美~湖*さんからは他に焼酎の肴に好物の鮒寿し、私の身体が弱らないようにか烏骨鶏の卵までいただいた。
うれしいですけど、散財していただいて本当に申し訳なく思っています。
ありがとうございました。
さて、*美~湖*さんの長女のAちゃん。
問題の足を見せていただいたが、本当にひどい状態。
ただ、他の場所は大体綺麗に治っていたのでこれは足への体液の循環の問題と思われる。
治療後アトピーが出始めの頃のことを尋ねたらまず足から始まったらしい。
ということは治るのはビデオの逆回しだから、もしかすると最後の段階かもしれないとも思える。
離れて強く氣を入れ全体の調子をとった後、おしゃべりしながら患部に手をかざして氣をいれることにした。
2,3時間そんなことしていたら最初ジュクジュクしていたのがかさぶたを作り出したところもできた。
赤みもかなりさずんだ。
これなら今回治らなかったとしてもまた氣を入れたら治るんじゃないかと思えた。
そういうことですので、*美~湖*さん、気にせず手ぶらでまた遊びに来てください。
栗が落ちる頃いかがですか。
2008年08月20日
皮膚疾患
妹のお義母さんは昨日から持ち直したとかで、私の氣が効いたのかもしれないと思いたくなるがどうだか・・・。
そんなことより礼服をクリーニングに出せる時間はありそうなのでよかった。
MKさんの葬儀も昨日無事終わり、家族の人はまだ大変だろうが、私にはまたいつもの日常が戻ってきた。
午前中は秋野菜の種蒔。
ミズナ、ミブナ、高菜、チマサンチュ、ローマンレタスをとりあえず蒔いた。
種は去年か一昨年のを使うので早めに蒔いてみている。
種蒔が終わったら畑に行ってモロッコとササゲの畝から支柱を片付けきれいにした。
油粕と有機石灰を撒いて近い内に耕運機をかけるまでした。
お昼になって妻が従兄弟の嫁さんCちゃんと外出から戻ってきた。
16日の施餓鬼の日にCちゃんの娘Mちゃんにお寺で出会ったのだが、アレルギーのようなほっぺただったので「治るかどうか分からないけどやってみようか?」と氣を入れておいた。
今日そのことでCちゃんから報告があった。
Cちゃんによると気のせいか分からないけどましみたいということだった。
それに何より明るくなったらしい。
妻の甥T君にもお正月にアレルギーが顔に出てたので治療したのだが、8月5日に出会った時すっかり治ったと言っていた。
T君が治ったからMちゃんにも試してみたのだが、その原因にもよるがアレルギー性皮膚炎も治らないことはないと言えそうだ。
先日18日にもヒーラー仲間のなべさんが皮膚疾患で困ってるので試したが、どうしているだろう。
好転反応で苦しんでいるんだったら申し訳ないと思っている。
そのとき面白い感覚があった。
なべさんは子供の時から霊感があったということだったが、額の第三の目のところに氣を通した時、ぽっかりそこが開いてる感覚に襲われた。
その穴から先は宇宙と形容すべき世界が広がっていたように感じた。
暫くその感覚に感銘していたが、なべさんの身体を診ていることを思い出ししぶしぶそこから離れることにしたら白い幕がハイお仕舞いという感じで穴を塞いでしまった。
なべさんの身体のことは放っておいてその世界で遊ぶべきだったかと今でも後悔している(笑)
そんなことより礼服をクリーニングに出せる時間はありそうなのでよかった。
MKさんの葬儀も昨日無事終わり、家族の人はまだ大変だろうが、私にはまたいつもの日常が戻ってきた。
午前中は秋野菜の種蒔。
ミズナ、ミブナ、高菜、チマサンチュ、ローマンレタスをとりあえず蒔いた。
種は去年か一昨年のを使うので早めに蒔いてみている。
種蒔が終わったら畑に行ってモロッコとササゲの畝から支柱を片付けきれいにした。
油粕と有機石灰を撒いて近い内に耕運機をかけるまでした。
お昼になって妻が従兄弟の嫁さんCちゃんと外出から戻ってきた。
16日の施餓鬼の日にCちゃんの娘Mちゃんにお寺で出会ったのだが、アレルギーのようなほっぺただったので「治るかどうか分からないけどやってみようか?」と氣を入れておいた。
今日そのことでCちゃんから報告があった。
Cちゃんによると気のせいか分からないけどましみたいということだった。
それに何より明るくなったらしい。
妻の甥T君にもお正月にアレルギーが顔に出てたので治療したのだが、8月5日に出会った時すっかり治ったと言っていた。
T君が治ったからMちゃんにも試してみたのだが、その原因にもよるがアレルギー性皮膚炎も治らないことはないと言えそうだ。
先日18日にもヒーラー仲間のなべさんが皮膚疾患で困ってるので試したが、どうしているだろう。
好転反応で苦しんでいるんだったら申し訳ないと思っている。
そのとき面白い感覚があった。
なべさんは子供の時から霊感があったということだったが、額の第三の目のところに氣を通した時、ぽっかりそこが開いてる感覚に襲われた。
その穴から先は宇宙と形容すべき世界が広がっていたように感じた。
暫くその感覚に感銘していたが、なべさんの身体を診ていることを思い出ししぶしぶそこから離れることにしたら白い幕がハイお仕舞いという感じで穴を塞いでしまった。
なべさんの身体のことは放っておいてその世界で遊ぶべきだったかと今でも後悔している(笑)
2008年08月18日
老衰
MKさんのお通夜のことで妹から今朝電話を受けたが、そのとき、妹のお義母さんがICUに移されることになったということも知らせてきた。
暫く見に行ってなかったが、昨日妹と話したとき氣を入れてくれてるかと訊かれ、やってないと言ったら、どうして?と入れて欲しそうに言うので昨日行かないわけにはいかず仕方なく治療しにいった。
やはり自分の命の問題もあるし、ただ延命だけに使いたくないというのが本音のところだが、妹の頼みを断るのも可哀想な気がした。
他人でも身内でもこの辺難しい。
できることなら将来のある若い人か助けることによってさらに多くの人が助かるという方にだけしたい。
他には私の人生に関わった人には頼んでもしたい。
とりあえずそういうわけで昨日診たのだが、これと言って悪いところはなかった。
病院側の意見も同じようで、謂わば老衰ということだろう。
後は待つのが正しいと思うのだが、黒の礼服を一度クリーニングに出してから着たい。
それまでもつだろうか?
そのためにもたす努力をする気はもうとうない。
それにしてもあまりにも次から次です。
気候の変動が激しいからでしょうか?
皆さん、身体には十分ご注意のほどお願いします。
暫く見に行ってなかったが、昨日妹と話したとき氣を入れてくれてるかと訊かれ、やってないと言ったら、どうして?と入れて欲しそうに言うので昨日行かないわけにはいかず仕方なく治療しにいった。
やはり自分の命の問題もあるし、ただ延命だけに使いたくないというのが本音のところだが、妹の頼みを断るのも可哀想な気がした。
他人でも身内でもこの辺難しい。
できることなら将来のある若い人か助けることによってさらに多くの人が助かるという方にだけしたい。
他には私の人生に関わった人には頼んでもしたい。
とりあえずそういうわけで昨日診たのだが、これと言って悪いところはなかった。
病院側の意見も同じようで、謂わば老衰ということだろう。
後は待つのが正しいと思うのだが、黒の礼服を一度クリーニングに出してから着たい。
それまでもつだろうか?
そのためにもたす努力をする気はもうとうない。
それにしてもあまりにも次から次です。
気候の変動が激しいからでしょうか?
皆さん、身体には十分ご注意のほどお願いします。
タグ :老衰
2008年08月17日
投網の師匠逝く
6時半ごろ携帯が鳴った。
こんなに朝早く誰だろうと表示を見たら、投網の師匠MKさんの奥さんからだった。
何かよくないことだと覚悟して出たら、今朝3時ごろ亡くなったということだった。
父の隣の部屋だったので、ほぼ毎日顔を見ていたのだが、ここ二日ほど少し顔色が黒いかと思っていた。
それにしても今日とは・・・
母にも直ぐ伝えたら、こういうときは駆けつけるものだということで母と妻の3人で家に行った。
奥さんと奥さんの妹さん御夫婦で葬儀のことを話しておられたようだが、どこのお寺の檀家でもなかったのでお坊さんをどうするかで決めかねておられた。
MKさんは、お墓は生前に建てられていたが、お寺さんのことまでは頭がまわらなかったようだ。
とにかく葬儀屋に相談するしかないとなり、時間も早いので待つしかないということになった。
「おとっつぁん、どうえ~?」と今年の初めに脳梗塞で入院するまで元気に尋ねてくれてた人が先に逝くとは寿命というのは不思議なものだと思うしかない。
午後父の病院に行ったが、父がたまたま理解してストレスがかかるといけないと思い、MKさんの死亡に関しては一言も話さなかった。
病院からの帰りまたよったら、葬儀の日程と場所が決まっていた。
明日はお通夜、明後日が告別式で、火葬に付すのはこの地方の風習ではお通夜の後だがそれは止め告別式の後にするということだった。
お坊さんは葬儀屋さんが知ってるお寺に頼んでくれたとか。
私には、人がいないからと、受付の役が与えられていた。
弟のようにかわいがってもらっていたから快く引き受けた。
Gさんの告別式から始まって、昨日は今年亡くなった伯母の施餓鬼という初盆供養、そして明日明後日と礼服が出ずっぱり。
MKさんが今日でなかったら礼服をクリーニングに出してるとこで、この暑い最中、冬用で頑張らないといけないところだった。
私にとっては不幸中の幸いと思えた。
午前中空いた時間に結球レタスの種を蒔いた。
レタスの種は今頃は暑いので出にくいらしくテクニックを使った。
水を含ませたリードキッチンペーパーに種をはさんでジプロックに入れ15日の晩から冷蔵庫に入れて、発芽を促しておいた。
よくよく見ると芽が出ていた。
ピンセットで種蒔培養土の上に大事に置いた。
こんなに朝早く誰だろうと表示を見たら、投網の師匠MKさんの奥さんからだった。
何かよくないことだと覚悟して出たら、今朝3時ごろ亡くなったということだった。
父の隣の部屋だったので、ほぼ毎日顔を見ていたのだが、ここ二日ほど少し顔色が黒いかと思っていた。
それにしても今日とは・・・
母にも直ぐ伝えたら、こういうときは駆けつけるものだということで母と妻の3人で家に行った。
奥さんと奥さんの妹さん御夫婦で葬儀のことを話しておられたようだが、どこのお寺の檀家でもなかったのでお坊さんをどうするかで決めかねておられた。
MKさんは、お墓は生前に建てられていたが、お寺さんのことまでは頭がまわらなかったようだ。
とにかく葬儀屋に相談するしかないとなり、時間も早いので待つしかないということになった。
「おとっつぁん、どうえ~?」と今年の初めに脳梗塞で入院するまで元気に尋ねてくれてた人が先に逝くとは寿命というのは不思議なものだと思うしかない。
午後父の病院に行ったが、父がたまたま理解してストレスがかかるといけないと思い、MKさんの死亡に関しては一言も話さなかった。
病院からの帰りまたよったら、葬儀の日程と場所が決まっていた。
明日はお通夜、明後日が告別式で、火葬に付すのはこの地方の風習ではお通夜の後だがそれは止め告別式の後にするということだった。
お坊さんは葬儀屋さんが知ってるお寺に頼んでくれたとか。
私には、人がいないからと、受付の役が与えられていた。
弟のようにかわいがってもらっていたから快く引き受けた。
Gさんの告別式から始まって、昨日は今年亡くなった伯母の施餓鬼という初盆供養、そして明日明後日と礼服が出ずっぱり。
MKさんが今日でなかったら礼服をクリーニングに出してるとこで、この暑い最中、冬用で頑張らないといけないところだった。
私にとっては不幸中の幸いと思えた。
午前中空いた時間に結球レタスの種を蒔いた。
レタスの種は今頃は暑いので出にくいらしくテクニックを使った。
水を含ませたリードキッチンペーパーに種をはさんでジプロックに入れ15日の晩から冷蔵庫に入れて、発芽を促しておいた。
よくよく見ると芽が出ていた。
ピンセットで種蒔培養土の上に大事に置いた。
2008年08月16日
抹茶
13日の旅行のとき横に座ったOさんから、近くのお寺で今日16日に開催される納涼落語会のパンフレットをもらった。
落語の方は売り切れているということだったが、朝10時から夜7時まで「どっちの料理ショー」で紹介された抹茶を使った甘い物の出店があるので如何ですと誘いを受けた。
店で食べるよりお得な値段ということだったし、城陽市まで行って食べることはまずないだろうから旅行の時、「じゃ十時に行くようにしますわ」と言ってしまった。
甘いものはあまり食べないし、お茶にもどちらかというと弱い。
そうは言ったもののどうしようかと思っていたが、昨日もOさんに出会い、行くしかないと思った。
10時には行けなかったが、10時半には着いていた。
妻と丁度実家にいた姪Yと私の3人で行った。
お寺の庫裏の長押に張られたメニューには、抹茶蕎麦と甘いものとして抹茶パフェ、抹茶アイスクリームとシホンケーキ、抹茶と抹茶チョコレートが、それぞれ500円で示されていた。
抹茶蕎麦を各自に、甘いのは三人で味見することにして三種類をそれぞれ一品ずつ注文した。
横のテーブルで店主らしき人が説明していたが、抹茶蕎麦には4%の抹茶が入れてあるということだった。
麺がつるつるしているのが印象的だった。
姪が抹茶は細かいからこういう食感になるのかな~となるほどと思うようなことを言ったが、確かめるのを忘れた。
店主の方も甘いものを運んでくださったのだが、そのとき教えていただいたことがある。
本業はお茶の問屋さんだということだが、抹茶には濃茶と薄茶というのがあるということを姪がほんの少し前に教えてくれていたのだが、お茶の専門の問屋さんの段階ではそんな区別はないらしい。
あるのは苦味が強いか弱いかというようなことらしい。
だからそれで値段が決まるということで値段が高いのは濃茶らしい。(1キロ130万円なるものも先日あったということだ。)
つまり、濃茶は苦くない上に甘みやうま味は薄めるとぼけるから薄めることなく飲む。
薄茶は、苦いので薄めないと飲みにくいから薄めて飲むということだけのことらしい。
ということで、今日の抹茶は苦く感じなかったから濃茶が使われていたようだ。
味は生産者にもよるし肥料とか天候とか様々の要因で変わるのだろうが、お茶の香りだけで味が分かるということだった。
それが一流の茶鑑定士というものらしい。
誰もがそんなに嗅覚が発達してるはずはないし、家業を継ぐのは大変なことだろうと思った。
シホンケーキと抹茶チョコはもう一つだったが、抹茶パフェは京都の有名な甘いもの屋「小森」のよりも絶対に美味しいと思った。
一昨日小森で食べてきた妻が言うのだからさらに確かだと思った。
それで、抹茶パフェをもう一度注文しようかと本気で思ったが、自分のお茶に弱い体質を思い出し泣く泣く止めた。
城陽市に行かれることがあったら、お試し下さい。
京茶寮 京都互福庵 城陽市寺田東ノ口17-191 Tel:0774-55-7333
宇治茶専門店 もりた園 城陽市富野堀口37 Tel:0774-52-1276
落語の方は売り切れているということだったが、朝10時から夜7時まで「どっちの料理ショー」で紹介された抹茶を使った甘い物の出店があるので如何ですと誘いを受けた。
店で食べるよりお得な値段ということだったし、城陽市まで行って食べることはまずないだろうから旅行の時、「じゃ十時に行くようにしますわ」と言ってしまった。
甘いものはあまり食べないし、お茶にもどちらかというと弱い。
そうは言ったもののどうしようかと思っていたが、昨日もOさんに出会い、行くしかないと思った。
10時には行けなかったが、10時半には着いていた。
妻と丁度実家にいた姪Yと私の3人で行った。
お寺の庫裏の長押に張られたメニューには、抹茶蕎麦と甘いものとして抹茶パフェ、抹茶アイスクリームとシホンケーキ、抹茶と抹茶チョコレートが、それぞれ500円で示されていた。
抹茶蕎麦を各自に、甘いのは三人で味見することにして三種類をそれぞれ一品ずつ注文した。
横のテーブルで店主らしき人が説明していたが、抹茶蕎麦には4%の抹茶が入れてあるということだった。
麺がつるつるしているのが印象的だった。
姪が抹茶は細かいからこういう食感になるのかな~となるほどと思うようなことを言ったが、確かめるのを忘れた。
店主の方も甘いものを運んでくださったのだが、そのとき教えていただいたことがある。
本業はお茶の問屋さんだということだが、抹茶には濃茶と薄茶というのがあるということを姪がほんの少し前に教えてくれていたのだが、お茶の専門の問屋さんの段階ではそんな区別はないらしい。
あるのは苦味が強いか弱いかというようなことらしい。
だからそれで値段が決まるということで値段が高いのは濃茶らしい。(1キロ130万円なるものも先日あったということだ。)
つまり、濃茶は苦くない上に甘みやうま味は薄めるとぼけるから薄めることなく飲む。
薄茶は、苦いので薄めないと飲みにくいから薄めて飲むということだけのことらしい。
ということで、今日の抹茶は苦く感じなかったから濃茶が使われていたようだ。
味は生産者にもよるし肥料とか天候とか様々の要因で変わるのだろうが、お茶の香りだけで味が分かるということだった。
それが一流の茶鑑定士というものらしい。
誰もがそんなに嗅覚が発達してるはずはないし、家業を継ぐのは大変なことだろうと思った。
シホンケーキと抹茶チョコはもう一つだったが、抹茶パフェは京都の有名な甘いもの屋「小森」のよりも絶対に美味しいと思った。
一昨日小森で食べてきた妻が言うのだからさらに確かだと思った。
それで、抹茶パフェをもう一度注文しようかと本気で思ったが、自分のお茶に弱い体質を思い出し泣く泣く止めた。
城陽市に行かれることがあったら、お試し下さい。
京茶寮 京都互福庵 城陽市寺田東ノ口17-191 Tel:0774-55-7333
宇治茶専門店 もりた園 城陽市富野堀口37 Tel:0774-52-1276
2008年08月15日
身体がだるい
13日商工会の旅行で留守にしていた日、帰宅したら母がメモを残していてバンクーバーからYさんとFさんが電話をしてきていたことが分かった。
明くる日(昨日)メールを見たらFさんから届いていて奥さんがバスタブで顎を強打されたことが分かった。
直ぐに返信で連絡しておいたが、昨日はそれっきりになった。
そうこうしていたらYさんから電話があった。
「身体が二日前からだるい。心配だし診て欲しい」とYさんには珍しいお願いだった。
だるいというのは、一番悪い症状と捉えているということで、なるほどと思った。
私の場合、生まれつき何か原因があるのだろう、幼少時からだるくないという日のほうが少なかったのでそういう捉え方をしたことはなかった。
とにかくやってみようということで電話治療をしてみた。
だるいときは大体において静脈血の戻りが悪いから身体に熱がこもってるケースか、多分筋肉が緩んで血が巡りすぎる二通りのケースがあると思っている。
そういう点を考慮して治療した感覚から推測する。
Yさんは、庭仕事をしたということだったが、身体にはそのせいかあちこちに痛みがあったのでそれを指摘したが、だからだるいと言うには治療時の感覚からは無理があった。
自分のず~っと身体がだるかったこととかを説明し、大丈夫だろうというしかなかったが、心配なら病院で検査することを提案したりしながら、だるくなる原因をいろいろ話していた。
「そうそう、ニンニクも食べ過ぎるとだるくなるけど・・・」と言ったら、「あっ!!分かった~」とYさんが叫ぶように言った。
だるくなる前日にガスパッチョというニンニクを使うスープを飲んだということだった。
もう、二人ともそれに違いないということで納得。
前にもYさんが心配して治療をしたときがあったが、そのときはアルコールを久しぶりに飲んだからという結論になった。
またもそんな結論だったので病院の検査を受けてもらうのに失敗した。
うまいこと脅してるんですけどね~(笑)
Fさんからは今朝電話があったが、昨晩美味しい焼酎「森伊蔵」を少し多めに飲んだせいか普段より遅くまで寝ていたので、3時間後に電話をかけなおしてもらうことにして治療した。
腰が痛いので今日は車の乗り降りもご主人の介助が要るということだったので、顎を強打されて鞭打ちのようになり頚椎の損傷の心配をしたが、それは感じなかった。
病院にも行っておられたから問題はないだろう。
打撲の場合は、早く治るとはいえやはりそれなりに時間はかかる。
少しでも早く治るように普通より長めに送っておいた。
終わって「もしもし」と声をかけても返事がない。
「もしもし、も~しも~し」と何度も言ったらやっと返事が返ってきた。
声を聞いてるうちにリラックスして寝てしまわれていたということだった。
それが分かってたらそ~っとそのままお電話をお切りしたのにと思った。
午後はGさんの葬儀に参列してきた。
夕方白菜の種を蒔きました。
明くる日(昨日)メールを見たらFさんから届いていて奥さんがバスタブで顎を強打されたことが分かった。
直ぐに返信で連絡しておいたが、昨日はそれっきりになった。
そうこうしていたらYさんから電話があった。
「身体が二日前からだるい。心配だし診て欲しい」とYさんには珍しいお願いだった。
だるいというのは、一番悪い症状と捉えているということで、なるほどと思った。
私の場合、生まれつき何か原因があるのだろう、幼少時からだるくないという日のほうが少なかったのでそういう捉え方をしたことはなかった。
とにかくやってみようということで電話治療をしてみた。
だるいときは大体において静脈血の戻りが悪いから身体に熱がこもってるケースか、多分筋肉が緩んで血が巡りすぎる二通りのケースがあると思っている。
そういう点を考慮して治療した感覚から推測する。
Yさんは、庭仕事をしたということだったが、身体にはそのせいかあちこちに痛みがあったのでそれを指摘したが、だからだるいと言うには治療時の感覚からは無理があった。
自分のず~っと身体がだるかったこととかを説明し、大丈夫だろうというしかなかったが、心配なら病院で検査することを提案したりしながら、だるくなる原因をいろいろ話していた。
「そうそう、ニンニクも食べ過ぎるとだるくなるけど・・・」と言ったら、「あっ!!分かった~」とYさんが叫ぶように言った。
だるくなる前日にガスパッチョというニンニクを使うスープを飲んだということだった。
もう、二人ともそれに違いないということで納得。
前にもYさんが心配して治療をしたときがあったが、そのときはアルコールを久しぶりに飲んだからという結論になった。
またもそんな結論だったので病院の検査を受けてもらうのに失敗した。
うまいこと脅してるんですけどね~(笑)
Fさんからは今朝電話があったが、昨晩美味しい焼酎「森伊蔵」を少し多めに飲んだせいか普段より遅くまで寝ていたので、3時間後に電話をかけなおしてもらうことにして治療した。
腰が痛いので今日は車の乗り降りもご主人の介助が要るということだったので、顎を強打されて鞭打ちのようになり頚椎の損傷の心配をしたが、それは感じなかった。
病院にも行っておられたから問題はないだろう。
打撲の場合は、早く治るとはいえやはりそれなりに時間はかかる。
少しでも早く治るように普通より長めに送っておいた。
終わって「もしもし」と声をかけても返事がない。
「もしもし、も~しも~し」と何度も言ったらやっと返事が返ってきた。
声を聞いてるうちにリラックスして寝てしまわれていたということだった。
それが分かってたらそ~っとそのままお電話をお切りしたのにと思った。
午後はGさんの葬儀に参列してきた。
夕方白菜の種を蒔きました。
2008年08月14日
Gさんの訃報
昨日は商工会の研修旅行で朝の9時から出発し夜中の1時半に戻ってきた。
バスが出発してまもなく、7月12日のブログに書いたGさんが危篤状態になったというメールが娘さんのKさんから入った。
前日の12日に病院に伺っていたのだが、初めて直接氣をお入れするようになってから週二で訪ねていた。
12日までは声を出すと迷惑がかかるかもしれないと無言でしていたが、その日は何故か声をお聞かせしておかねばならないように感じ極力声を抑えてだが発声して氣を入れた。
廊下には娘さんのKさんがいてくれたので、声が気になる看護婦さんには説明していただき事なきを得たが、人によって大音響と感じる方もいたらしい。
昨日はバス旅行、今日は親友との用事があって来られないから15日にまた来ると言っては見たもののそこまで持つとは思ってなかったので、メールが届いた時はやはりそうかと思った。
娘さんには、銀の糸という単語を使ったり熱が出てるといったりその日が近いだろうということを暗示するように努めたが、だからと言ってその日がいつかを予想することはできなかった。
ただ、諦めることのないご家族の思いはそれでよいとして、私は魂を安らかにして差し上げる義務をおっていると思っていた。
それで、声をお聞かせしておいてよかったとまず思った。
Gさんの冥土へのはなむけのように感じた。
そんなことをメールに書いて返信したが、研修旅行もそんなわけで出だしから神妙な心持で始まった。
お盆だからだろう、高速道路はあちこちで渋滞があり最初の飛騨高山から行程は全てほぼ一時間遅れ。
視察も観光もあったもんではない。
超遅昼で飛騨高山では蕎麦屋で地ビールと茶碗酒なる濁り酒を二杯も飲んで出たら古い町並みはバスまで帰るついでに歩いただけ。
次の白川郷ではお土産を買っただけ。
メインの郡上おどりの前の宴席ではしっかり飲むこと叶わず。
郡上おどり見物は少し見たら強い夕立で雨宿りに時間の大半を費やし終わった。
高山で濁り酒を飲んでるとき、Gさんがお亡くなりになったという電話を娘さんからいただいた。
それ以降濁り酒を飲んで楽しんでいるとはいえ、なんとなくしんみりしていたので雨でよかったのかもしれない。
Gさんはご家族のご依頼だけで、写真治療を始めて最後はご本人の了解をいただいた治療ケース。
臓器の大半を切除され手術後執刀医が一ヶ月、ご親戚のお医者さんでさえ六ヶ月しかもたないということだったが、二年と八ヶ月ご存命された。
その間に二人の娘さんが結婚し、長女のKさんにはお孫さんもできた。
Gさんも私もお役ごめんということでよろしいですよね。
合掌
バスが出発してまもなく、7月12日のブログに書いたGさんが危篤状態になったというメールが娘さんのKさんから入った。
前日の12日に病院に伺っていたのだが、初めて直接氣をお入れするようになってから週二で訪ねていた。
12日までは声を出すと迷惑がかかるかもしれないと無言でしていたが、その日は何故か声をお聞かせしておかねばならないように感じ極力声を抑えてだが発声して氣を入れた。
廊下には娘さんのKさんがいてくれたので、声が気になる看護婦さんには説明していただき事なきを得たが、人によって大音響と感じる方もいたらしい。
昨日はバス旅行、今日は親友との用事があって来られないから15日にまた来ると言っては見たもののそこまで持つとは思ってなかったので、メールが届いた時はやはりそうかと思った。
娘さんには、銀の糸という単語を使ったり熱が出てるといったりその日が近いだろうということを暗示するように努めたが、だからと言ってその日がいつかを予想することはできなかった。
ただ、諦めることのないご家族の思いはそれでよいとして、私は魂を安らかにして差し上げる義務をおっていると思っていた。
それで、声をお聞かせしておいてよかったとまず思った。
Gさんの冥土へのはなむけのように感じた。
そんなことをメールに書いて返信したが、研修旅行もそんなわけで出だしから神妙な心持で始まった。
お盆だからだろう、高速道路はあちこちで渋滞があり最初の飛騨高山から行程は全てほぼ一時間遅れ。
視察も観光もあったもんではない。
超遅昼で飛騨高山では蕎麦屋で地ビールと茶碗酒なる濁り酒を二杯も飲んで出たら古い町並みはバスまで帰るついでに歩いただけ。
次の白川郷ではお土産を買っただけ。
メインの郡上おどりの前の宴席ではしっかり飲むこと叶わず。
郡上おどり見物は少し見たら強い夕立で雨宿りに時間の大半を費やし終わった。
高山で濁り酒を飲んでるとき、Gさんがお亡くなりになったという電話を娘さんからいただいた。
それ以降濁り酒を飲んで楽しんでいるとはいえ、なんとなくしんみりしていたので雨でよかったのかもしれない。
Gさんはご家族のご依頼だけで、写真治療を始めて最後はご本人の了解をいただいた治療ケース。
臓器の大半を切除され手術後執刀医が一ヶ月、ご親戚のお医者さんでさえ六ヶ月しかもたないということだったが、二年と八ヶ月ご存命された。
その間に二人の娘さんが結婚し、長女のKさんにはお孫さんもできた。
Gさんも私もお役ごめんということでよろしいですよね。
合掌
2008年08月12日
実家の墓参り
姪のYの都合で朝7時半からお墓参りをした。
とにかく85以上のお墓に花や線香を供えるのだから流れ作業のような感じでする。
いでたちも作業着とあまり変わらない。
新家が10日に参っているので、そのときのしおれた花をまず抜く。
先祖代々のお墓とどういうわけか市の墓地にある小仏(こぼとけ)さんと呼んでいるお墓用に花を取っておき、全員で花筒に朝から切ってきた花を差していく。
母、兄夫婦、姪と我々夫婦の計6人が手分けして、花の次は墓石に水をかけ線香を立てた。
墓地が花で飾られました。

お供えが一段落してから、祖母以外は会ったこともない近い仏さんにしっかり手を合わせた。
それから階段を降りて先祖代々のお墓に参った。

これまた習慣的に手を合わせて終わり。
後は、一人でぽつんと他所にいる小仏さんのところへ参りに行った。

豪華な墓石の間に、ここは譲らぬとばかりにL字形の通路をもらって小さいながらしっかり昔からある。
どなたかがお花をお供えしてくださった跡があった。
姪が、「こういう生き方もいいかもしれない」と言っていた。
お墓参りを終わって家に戻り、今日もまた畑で畝を仕上げた。
昨日に続き猛暑。
氷を頭の上において帽子をかぶり作業中の身の安全を図ったがそれでも危ない感じはした。
なんとか無事終わり種を蒔く日を待つばかりになりました。
とにかく85以上のお墓に花や線香を供えるのだから流れ作業のような感じでする。
いでたちも作業着とあまり変わらない。
新家が10日に参っているので、そのときのしおれた花をまず抜く。
先祖代々のお墓とどういうわけか市の墓地にある小仏(こぼとけ)さんと呼んでいるお墓用に花を取っておき、全員で花筒に朝から切ってきた花を差していく。
母、兄夫婦、姪と我々夫婦の計6人が手分けして、花の次は墓石に水をかけ線香を立てた。
墓地が花で飾られました。
お供えが一段落してから、祖母以外は会ったこともない近い仏さんにしっかり手を合わせた。
それから階段を降りて先祖代々のお墓に参った。
これまた習慣的に手を合わせて終わり。
後は、一人でぽつんと他所にいる小仏さんのところへ参りに行った。
豪華な墓石の間に、ここは譲らぬとばかりにL字形の通路をもらって小さいながらしっかり昔からある。
どなたかがお花をお供えしてくださった跡があった。
姪が、「こういう生き方もいいかもしれない」と言っていた。
お墓参りを終わって家に戻り、今日もまた畑で畝を仕上げた。
昨日に続き猛暑。
氷を頭の上において帽子をかぶり作業中の身の安全を図ったがそれでも危ない感じはした。
なんとか無事終わり種を蒔く日を待つばかりになりました。
2008年08月11日
高畝作り
今日は朝から畑を耕す予定で、昨夕兄から耕運機を借りてきてあった。
大根用の畝を作るためなのだが、肥料が足りないのだろう、大根の生長がゆっくりなので太らしたいのは8月22日ごろに蒔くことにしている。
肥料分として生えている草を伸ばしておきそのまま漉き込むことにしてるので、それが腐るのに2週間はみておいたほうがいいんじゃないかと毎年今頃耕している。
去年の大根は自家製の種ということもあったのかもしれないが、ちょっと食べた時硬かったように感じたので今年はもう少し栄養があったほうがいいだろうと、先日油粕を一面に撒いておいた。
年々欲しがる人が増える食味のいい自慢の大根。
手を抜くわけには行かない。

写真の荒れ地状態からスタート。
ブルーシートの中は昨日借りてきた耕運機。
今日は日陰にいると風もそよそよと吹き涼しく感じたが、お日さんがんがんの下では作業着が水をかぶったようになるほどの暑さだった。
私の畑は粘土質で固いので大根を作るときは、しっかり耕運機をかけて、それから土を盛り上げて高畝にしないと長いまっすぐのはできない。
幅80センチ高さ30センチ以上の高畝を作る。
土を盛り上げるのはこの暑さではしんどい作業。
少しすると手が止まる。

一畝半したところで12時半になったので作業を止めたが、それからがひどかった。
家に戻った頃から、はぁーはぁー言い出した。
直ぐにクーラーを入れ、手ぬぐいを濡らしたのを頭や首に当てたり、妻が団扇で扇いでくれたり、冷たいものを飲んだりしたが、暫く納まらなかった。
かなりしてからふぅぅ~~~という感じになり落ち着いたので、シャワーで全身冷やすことにした。
風呂場までよろつきながら辿り着き、病院で冷やす時当てる場所、脇と鼠径部と首の5点に集中的に水をかけてさらに落ち着いた。
耕してた時はそれほどでもなかったが、土を盛る作業がきつかった。
食事の後、クーラーを利かした部屋で昼寝をしていたら、ツクツクホウシの鳴き声を耳にした。暑さにダウンしながら秋の気配を感じた。
3時前には元気になったので、またそれから畑に出陣した。
今度は何度も小刻みに休みを取って仕上げた。
今回は賢くなって途中で頭に水をかぶったりして乗り切った。
群舞するトンボが目に入った。
ここにも秋の気配があった。

一番左は明日実家のお墓参りに使うのだが、線虫予防に植えたマリーゴールド。
お墓参りように切った後片付けて、その畝から土を拝借して左の未完成の高畝を完成する予定。
天気予報によると明日も猛暑で湿った空気が流れ込むとか。
明日頑張るためにアルコールを抜きました。
大根用の畝を作るためなのだが、肥料が足りないのだろう、大根の生長がゆっくりなので太らしたいのは8月22日ごろに蒔くことにしている。
肥料分として生えている草を伸ばしておきそのまま漉き込むことにしてるので、それが腐るのに2週間はみておいたほうがいいんじゃないかと毎年今頃耕している。
去年の大根は自家製の種ということもあったのかもしれないが、ちょっと食べた時硬かったように感じたので今年はもう少し栄養があったほうがいいだろうと、先日油粕を一面に撒いておいた。
年々欲しがる人が増える食味のいい自慢の大根。
手を抜くわけには行かない。
写真の荒れ地状態からスタート。
ブルーシートの中は昨日借りてきた耕運機。
今日は日陰にいると風もそよそよと吹き涼しく感じたが、お日さんがんがんの下では作業着が水をかぶったようになるほどの暑さだった。
私の畑は粘土質で固いので大根を作るときは、しっかり耕運機をかけて、それから土を盛り上げて高畝にしないと長いまっすぐのはできない。
幅80センチ高さ30センチ以上の高畝を作る。
土を盛り上げるのはこの暑さではしんどい作業。
少しすると手が止まる。
一畝半したところで12時半になったので作業を止めたが、それからがひどかった。
家に戻った頃から、はぁーはぁー言い出した。
直ぐにクーラーを入れ、手ぬぐいを濡らしたのを頭や首に当てたり、妻が団扇で扇いでくれたり、冷たいものを飲んだりしたが、暫く納まらなかった。
かなりしてからふぅぅ~~~という感じになり落ち着いたので、シャワーで全身冷やすことにした。
風呂場までよろつきながら辿り着き、病院で冷やす時当てる場所、脇と鼠径部と首の5点に集中的に水をかけてさらに落ち着いた。
耕してた時はそれほどでもなかったが、土を盛る作業がきつかった。
食事の後、クーラーを利かした部屋で昼寝をしていたら、ツクツクホウシの鳴き声を耳にした。暑さにダウンしながら秋の気配を感じた。
3時前には元気になったので、またそれから畑に出陣した。
今度は何度も小刻みに休みを取って仕上げた。
今回は賢くなって途中で頭に水をかぶったりして乗り切った。
群舞するトンボが目に入った。
ここにも秋の気配があった。
一番左は明日実家のお墓参りに使うのだが、線虫予防に植えたマリーゴールド。
お墓参りように切った後片付けて、その畝から土を拝借して左の未完成の高畝を完成する予定。
天気予報によると明日も猛暑で湿った空気が流れ込むとか。
明日頑張るためにアルコールを抜きました。
2008年08月09日
母方の墓参り
10時から母の実家の墓参りに行ってきた。
従兄弟の代になってからは呼ばれなかったが、今年は伯母が亡くなったこともあったのか呼んでくれた。
浄土宗のお寺が同じ事をしてるのかどうかは知らないが、母の実家のお寺は9,10日を墓参りとしていて、門のところで番号札をとって受付に行く。
住職は本堂でお経を上げ続けていてその声はスピーカーで境内に流されていた。
墓地にいてこれがなかなかの舞台効果というのか雰囲気を作ると思った。
お花を供えたり持ってきた香炉を設置したり線香に火をつけて用意したお墓のところで、墓地でお経を上げているお坊さんが番号順に回ってくるのを待つ。
お坊さんに日傘をしうちわで扇ぎながらお経を上げてもらってお焼香をする。
それが終わったら一般的には本堂に上がり今度は住職の上げるお経でまたお焼香をするのだが、母の実家はそのお墓とは別に近くに埋葬地があるので本堂に上がる前にそこへもまた花や線香を供えに行く。
昨年は伯父、今年は伯母がそこに埋葬された。
ここにはお坊さんは頼まない。
そのようにお墓参りも粛々と終わり、母の実家に全員戻り宴会となる。
皆で畑の出来具合のことを話してたら、日本の自給率の話題になり、昔のタンパク質の摂取の話になった。
この墓参りに来るとお祖父さんが朝からすき焼きのため鶏を絞めていたことを思い出す。
12羽飼うと一月に一羽、24羽だと二羽食べられるとか言ってブリモースという種類を飼っていたこととか、川に鮎を捕りに行ったことなど、タンパク質は貴重だった。
しかし、それくらいのタンパク質の量で十分だろうと年老いてきた我々の意見は一致した。
と言いつつ、テーブルの弁当やオードブルのタンパク質をお腹一杯まで食べていた。
今日はまたすこぶる暑い日だった。
テーブルに並べられたビールも暫くするとぬるくなる。
昔はこんな温度やったと飲んでいたが、兄が我慢できなくなって最後に冷たいのが飲みたいと冷凍庫に二本入れてもらっていた。
今晩は中学時代の仲間とも飲むことになっている。
飽食の時代に生きるのはなかなか体調管理が難しい。
従兄弟の代になってからは呼ばれなかったが、今年は伯母が亡くなったこともあったのか呼んでくれた。
浄土宗のお寺が同じ事をしてるのかどうかは知らないが、母の実家のお寺は9,10日を墓参りとしていて、門のところで番号札をとって受付に行く。
住職は本堂でお経を上げ続けていてその声はスピーカーで境内に流されていた。
墓地にいてこれがなかなかの舞台効果というのか雰囲気を作ると思った。
お花を供えたり持ってきた香炉を設置したり線香に火をつけて用意したお墓のところで、墓地でお経を上げているお坊さんが番号順に回ってくるのを待つ。
お坊さんに日傘をしうちわで扇ぎながらお経を上げてもらってお焼香をする。
それが終わったら一般的には本堂に上がり今度は住職の上げるお経でまたお焼香をするのだが、母の実家はそのお墓とは別に近くに埋葬地があるので本堂に上がる前にそこへもまた花や線香を供えに行く。
昨年は伯父、今年は伯母がそこに埋葬された。
ここにはお坊さんは頼まない。
そのようにお墓参りも粛々と終わり、母の実家に全員戻り宴会となる。
皆で畑の出来具合のことを話してたら、日本の自給率の話題になり、昔のタンパク質の摂取の話になった。
この墓参りに来るとお祖父さんが朝からすき焼きのため鶏を絞めていたことを思い出す。
12羽飼うと一月に一羽、24羽だと二羽食べられるとか言ってブリモースという種類を飼っていたこととか、川に鮎を捕りに行ったことなど、タンパク質は貴重だった。
しかし、それくらいのタンパク質の量で十分だろうと年老いてきた我々の意見は一致した。
と言いつつ、テーブルの弁当やオードブルのタンパク質をお腹一杯まで食べていた。
今日はまたすこぶる暑い日だった。
テーブルに並べられたビールも暫くするとぬるくなる。
昔はこんな温度やったと飲んでいたが、兄が我慢できなくなって最後に冷たいのが飲みたいと冷凍庫に二本入れてもらっていた。
今晩は中学時代の仲間とも飲むことになっている。
飽食の時代に生きるのはなかなか体調管理が難しい。
2008年08月08日
長い息
昨日バンクーバーの友人Nさんの奥さんFさんに電話治療をした。
その際、Nさんの空手の恩師S先生の奥さんが調子が悪いからと頼まれた。
こういう治療は気にする人がいるので、NさんがまずS先生に尋ねてたようで気にされないということだったので治療依頼となった。
私の都合の良い日をやり取りするのは面倒だし、今でよかったらということでNさんが京都に住むS先生宅に電話連絡をしてくれて、奥さんのTさんから直ぐに電話を受けた。
Tさんは以前日本一のソプラノ歌手を目指された有名な方だったということが今日のNさんのメールで分かったが昨日は知らなかった。
治療を終わった後、Tさんが「すごく息が長いですね~。私、昔、声楽をやってたのですがびっくりしました」とおっしゃられた。
そんな有名な方とは知らないもんだから、「昔、知らべてもらったら私の声は倍音を出してるそうで、それでかんかんというように響くそうなんです」なんて言ってしまった。
それ以上のことを知ったらしそうに言わないで助かった。
とにかく、そんな方がびっくりされたということだから普通以上にはなってるようだ。
ちょっと音痴だしリズム感が悪いのは直らない。
その際、Nさんの空手の恩師S先生の奥さんが調子が悪いからと頼まれた。
こういう治療は気にする人がいるので、NさんがまずS先生に尋ねてたようで気にされないということだったので治療依頼となった。
私の都合の良い日をやり取りするのは面倒だし、今でよかったらということでNさんが京都に住むS先生宅に電話連絡をしてくれて、奥さんのTさんから直ぐに電話を受けた。
Tさんは以前日本一のソプラノ歌手を目指された有名な方だったということが今日のNさんのメールで分かったが昨日は知らなかった。
治療を終わった後、Tさんが「すごく息が長いですね~。私、昔、声楽をやってたのですがびっくりしました」とおっしゃられた。
そんな有名な方とは知らないもんだから、「昔、知らべてもらったら私の声は倍音を出してるそうで、それでかんかんというように響くそうなんです」なんて言ってしまった。
それ以上のことを知ったらしそうに言わないで助かった。
とにかく、そんな方がびっくりされたということだから普通以上にはなってるようだ。
ちょっと音痴だしリズム感が悪いのは直らない。
タグ :息
2008年08月07日
亀
いつもよりほんの少し早く畑に行った。
収穫しながら昨日間引いて土寄せした金時人参のところまで来た。
昨夕少し雨が降ったので土寄せはどうなったかと見たら苗が地面に倒れていた。
???
昨日の雨ぐらいでそんなことなるかな?とよく見たら小動物に踏みつけられた感じでよい苗ほどちぎれて散々な状態になっている。
猫に違いないと思った。
やっぱり水をしっかりやって土を濡らしておくべきだったかと思ったりしながら、とにかく倒れているのを起こし始めた。
本当に無茶苦茶で、猫なら二匹が喧嘩でもしないとこうはならないのにと思いながら作業していた。
しかし、それにしては不思議で、二条のうち一列がほぼ畝の端から端まで踏まれている。
よりにもよって何で生えてる上を歩くんや。
大丈夫なのもあるようなので、間引きの手間が省けたと思うことにしたが、間引きすぎっちゅうねん。
やっぱり、くそ~!くそ猫が!!と思いましたね~。
まあ、起きたことは仕方がないし今さら蒔くには遅いので様子を見るしかないと気をなんとか静め、収穫を終え水撒きをしだした。
そして収穫物がないので近寄らなかった場所に、先日ネギを植えたので水を撒きに行った。
ネギ苗が足りなかったので植えた場所しか水をやらなくて済むのだが、畝の残り半分に植える準備として盛ってある土を水で固めておこうとノズルを向けてぱ~と一面に撒いた。
その時、目の端が何かを捉えたような気がして撒き始めの場所を見てみた。
あっ!こいつや。
そこに犯人がいた。
亀
土を掘って作った穴にまたがって卵を産もうとしていた。
近づいて見たらまだ卵は産んでなかったので離れて見ていたら、私がいるのが気に入らないのか産むのを諦めて歩き去った。
先日金時人参の種を蒔いた時も、亀が卵を産んで土を戻したとしか思えない場所があったので、もう亀の襲撃はないと思ってたが・・・
同じ畝に二回も来ることはないでしょうに~。
身に覚えのない猫にもう少しで冷たくするところだった。
猫さんごめんやで~
収穫しながら昨日間引いて土寄せした金時人参のところまで来た。
昨夕少し雨が降ったので土寄せはどうなったかと見たら苗が地面に倒れていた。
???
昨日の雨ぐらいでそんなことなるかな?とよく見たら小動物に踏みつけられた感じでよい苗ほどちぎれて散々な状態になっている。
猫に違いないと思った。
やっぱり水をしっかりやって土を濡らしておくべきだったかと思ったりしながら、とにかく倒れているのを起こし始めた。
本当に無茶苦茶で、猫なら二匹が喧嘩でもしないとこうはならないのにと思いながら作業していた。
しかし、それにしては不思議で、二条のうち一列がほぼ畝の端から端まで踏まれている。
よりにもよって何で生えてる上を歩くんや。
大丈夫なのもあるようなので、間引きの手間が省けたと思うことにしたが、間引きすぎっちゅうねん。
やっぱり、くそ~!くそ猫が!!と思いましたね~。
まあ、起きたことは仕方がないし今さら蒔くには遅いので様子を見るしかないと気をなんとか静め、収穫を終え水撒きをしだした。
そして収穫物がないので近寄らなかった場所に、先日ネギを植えたので水を撒きに行った。
ネギ苗が足りなかったので植えた場所しか水をやらなくて済むのだが、畝の残り半分に植える準備として盛ってある土を水で固めておこうとノズルを向けてぱ~と一面に撒いた。
その時、目の端が何かを捉えたような気がして撒き始めの場所を見てみた。
あっ!こいつや。
そこに犯人がいた。
亀
土を掘って作った穴にまたがって卵を産もうとしていた。
近づいて見たらまだ卵は産んでなかったので離れて見ていたら、私がいるのが気に入らないのか産むのを諦めて歩き去った。
先日金時人参の種を蒔いた時も、亀が卵を産んで土を戻したとしか思えない場所があったので、もう亀の襲撃はないと思ってたが・・・
同じ畝に二回も来ることはないでしょうに~。
身に覚えのない猫にもう少しで冷たくするところだった。
猫さんごめんやで~
2008年08月06日
やり取り
近頃は毎朝夏野菜を収穫した後畑に水を撒いているが、金時人参に水を撒いたら水滴の重みに耐えられず寝てしまうので土寄せしないといけないと思い、午前中は間引きをしながら土寄せをしていた。
ピンセットで間引いては土を手で細かくして根元に置いた。
ほぼ10メートル近く畝があり二条に芽が出てるので根気の要る仕事だったが、なんとかやり終えた。
畑から戻ってきたら知らない車があって、人が降りてきた。
見たような人だと思ったら、
「いつもお世話になってます。読売新聞です。二年の契約が来年の一月で切れますんで、またお願いできませんやろか?」
とおっしゃったのでよ~く分かった。
「早いですな~」
「他紙からも来はりますやろさかいに今時分に寄せてもろたんですわ」
「そうですか。ほなまた二年お願いしょうか」
「おおきにすんません。二年でっさかいビール一箱と洗剤一箱置かしてもらいますわ。」
「洗剤は一杯あるしそれはもう・・・要りませんわ」
「そうですか~、ほな~ビール二箱置いときますわ」
ということで、アサヒビールだったが朝から二箱手に入った。
洗剤の代わりにビールが欲しいとは言ってないのが自慢。
営業マンというのはつい普段の上手口調が出てしまう。
カナダでもテレビを買いに行った時、ちょっと考えてたら向こうから幾らにマケルと値段を下げたことがある。
安売り店では特にその傾向が顕著のようだ。
上品に自分の思うように相手にしてもらうやり取りは知恵比べのようで楽しい。
おどすように強引に値切るのは面白みにかける。
いつでもなんででも遊べます(笑)
外出から妻が帰ってきたとき、「どうしたん、このビール?」と訊いてくれた。
嬉しかったですね~。
それで上のようなことを説明してまた楽しめました。
ほめてももらいました(笑)
さて、このブログは昨年の8月7日に始めたので今日でちょうど一年になります。
記事総数は今日を入れて344。
ほぼ毎日書いていました。
書けないと思った日もひねくりだして書いたりしました。
こんな妙な内容のブログに興味を示していただいて読者の皆様には感謝感謝です。
昨年の始めたころのブログを見てみたら8月9日に金時人参を同じようにピンセットを使って間引いていました。
淡々と同じような生活をしていることが自分でよく分かった次第です。
明日から二年目に入りますが、この分では内容が重複する可能性大ですし、手も抜くかもしれません。
それでも今後ともよろしくお付き合い下さい。
ファーストアニバーサリーを記念して、滋賀咲くブログのコンピューターも訪問者の数を実際の数より今のところ200も多くしてくれてます。
ピンセットで間引いては土を手で細かくして根元に置いた。
ほぼ10メートル近く畝があり二条に芽が出てるので根気の要る仕事だったが、なんとかやり終えた。
畑から戻ってきたら知らない車があって、人が降りてきた。
見たような人だと思ったら、
「いつもお世話になってます。読売新聞です。二年の契約が来年の一月で切れますんで、またお願いできませんやろか?」
とおっしゃったのでよ~く分かった。
「早いですな~」
「他紙からも来はりますやろさかいに今時分に寄せてもろたんですわ」
「そうですか。ほなまた二年お願いしょうか」
「おおきにすんません。二年でっさかいビール一箱と洗剤一箱置かしてもらいますわ。」
「洗剤は一杯あるしそれはもう・・・要りませんわ」
「そうですか~、ほな~ビール二箱置いときますわ」
ということで、アサヒビールだったが朝から二箱手に入った。
洗剤の代わりにビールが欲しいとは言ってないのが自慢。
営業マンというのはつい普段の上手口調が出てしまう。
カナダでもテレビを買いに行った時、ちょっと考えてたら向こうから幾らにマケルと値段を下げたことがある。
安売り店では特にその傾向が顕著のようだ。
上品に自分の思うように相手にしてもらうやり取りは知恵比べのようで楽しい。
おどすように強引に値切るのは面白みにかける。
いつでもなんででも遊べます(笑)
外出から妻が帰ってきたとき、「どうしたん、このビール?」と訊いてくれた。
嬉しかったですね~。
それで上のようなことを説明してまた楽しめました。
ほめてももらいました(笑)
さて、このブログは昨年の8月7日に始めたので今日でちょうど一年になります。
記事総数は今日を入れて344。
ほぼ毎日書いていました。
書けないと思った日もひねくりだして書いたりしました。
こんな妙な内容のブログに興味を示していただいて読者の皆様には感謝感謝です。
昨年の始めたころのブログを見てみたら8月9日に金時人参を同じようにピンセットを使って間引いていました。
淡々と同じような生活をしていることが自分でよく分かった次第です。
明日から二年目に入りますが、この分では内容が重複する可能性大ですし、手も抜くかもしれません。
それでも今後ともよろしくお付き合い下さい。
ファーストアニバーサリーを記念して、滋賀咲くブログのコンピューターも訪問者の数を実際の数より今のところ200も多くしてくれてます。
2008年08月05日
84歳の歌声
午前中は草刈。
7日が立秋ということだが、暦というのはよくできているようで昼過ぎまで働いていたが熱射病になる気配はなかった。
頭がちりちりしだしたら止めようと思っていたが、その前にお昼になった。
少し温度も湿度も下がったようだ。
午後からは、今、妻の実家に義兄の息子が横浜からバイクで来ているので、私達と一緒にお墓参り、夕食、カラオケという予定をお義母さんが立てていた。
出発前に友人のYさんと電話で二元論について話をしていたのだが、私は仏陀を先生と勝手に仰ぎ目標にしているのだが、悟りとか覚醒という次元は二元論では説明できないような感覚を持っている。
まだ上手く説明できないのがもどかしい。
上記のようなことを書いたが、読者は私がそんな高みにいるとは決して思わないで欲しい。
それどころか近頃瞑想も殆どしていない。
出発しないといけないので途中で話を打ち切ることになったが、そのまま話をしていても答えが得られるものでもない。
ただ、Yさんには私が今後どのように変わっていくか見ていて欲しいと言った。
やはり生き証人は身内だけでは十分ではない。
到達できるかどうかはとにかく、どこかで自分を信じてます。
妻の実家でお母さんと甥を拾ってまず墓参り。
私はお父さんの面影を思い出して形ばかり手を合わせただけ。
それ以上のことは何も願わず何も思わず。
そのまま琵琶湖ホテルに行って日本食。
暑いのでぺたぺたとゴムぞうりで行った。
妻は心配して靴を車に用意していてくれたが、ドレスコードがあるとも思えないし、こういうときはそういう意識をもたないで当たり前のような顔をしていることにしている。
エビスの生ビールを楽しみ松の司の純米大吟醸を冷酒で味わって気持ちよくなった。
隣のアーカスへカラオケのため移動。
お母さんの声が高く綺麗になっているのにびっくりした。
義兄の治療のお礼に歌を一曲、と言ってた意味がよ~く分かりました。
84歳ですよ!
いや~、びっくり。
声帯って何歳でも鍛えられるということを教えてもらいました。
7日が立秋ということだが、暦というのはよくできているようで昼過ぎまで働いていたが熱射病になる気配はなかった。
頭がちりちりしだしたら止めようと思っていたが、その前にお昼になった。
少し温度も湿度も下がったようだ。
午後からは、今、妻の実家に義兄の息子が横浜からバイクで来ているので、私達と一緒にお墓参り、夕食、カラオケという予定をお義母さんが立てていた。
出発前に友人のYさんと電話で二元論について話をしていたのだが、私は仏陀を先生と勝手に仰ぎ目標にしているのだが、悟りとか覚醒という次元は二元論では説明できないような感覚を持っている。
まだ上手く説明できないのがもどかしい。
上記のようなことを書いたが、読者は私がそんな高みにいるとは決して思わないで欲しい。
それどころか近頃瞑想も殆どしていない。
出発しないといけないので途中で話を打ち切ることになったが、そのまま話をしていても答えが得られるものでもない。
ただ、Yさんには私が今後どのように変わっていくか見ていて欲しいと言った。
やはり生き証人は身内だけでは十分ではない。
到達できるかどうかはとにかく、どこかで自分を信じてます。
妻の実家でお母さんと甥を拾ってまず墓参り。
私はお父さんの面影を思い出して形ばかり手を合わせただけ。
それ以上のことは何も願わず何も思わず。
そのまま琵琶湖ホテルに行って日本食。
暑いのでぺたぺたとゴムぞうりで行った。
妻は心配して靴を車に用意していてくれたが、ドレスコードがあるとも思えないし、こういうときはそういう意識をもたないで当たり前のような顔をしていることにしている。
エビスの生ビールを楽しみ松の司の純米大吟醸を冷酒で味わって気持ちよくなった。
隣のアーカスへカラオケのため移動。
お母さんの声が高く綺麗になっているのにびっくりした。
義兄の治療のお礼に歌を一曲、と言ってた意味がよ~く分かりました。
84歳ですよ!
いや~、びっくり。
声帯って何歳でも鍛えられるということを教えてもらいました。
2008年08月04日
橈骨(とうこつ)神経麻痺
昨晩10時ごろに電話が鳴った。
表示を見たらカナダからの番号が出ている。(カナダからのも出るんです。びっくりしてます。)
「この時間にカナダから・・・?」とちょっと時間的に変なので知り合いに悪いことでも起こったのかと心配しながら出たら、28日に電話治療をしたFさんからだった。
「Fです」というFさんの声は明るかったので悪いことではないと直ぐ分かったが、続けて「痛みがなくなったのでお礼が言いたくて我慢できずに電話しました」と言ってもらったのでさらに一安心できた。
治療の次の日から何か変わった感じになり丁度一週間で痛みがなくなったということだった。
日本の病院でもカナダの病院でもとうこつ神経というのが不調とか麻痺の状態という診断が下されていた。
肺摘出の手術後自分で考えられたのだが、左側を下にしてず~っと寝ておられたということだったが、同じ姿勢からの圧迫からそうなられたというところだろう。
寝る時は輾転とするのがよい。
寝相が悪かったら貴方は健康といってもよい。
お礼の電話だったが、いつかもう一度してもらいたいとおっしゃるので、またメールで予約をしてもらうより今したほうが簡単だと思ったので、やることにした。
今度はさらに効いただろう。
私の体への反応だが、骨か筋が音を出して状態を変えていたからそう思う。
後は、前回Fさんに紹介した友人の治療院に行かれたら十分だと思う。
バンクーバーは午前6時。
早起きしていただいたんだろうと終わってから時間を割り出して思った。
表示を見たらカナダからの番号が出ている。(カナダからのも出るんです。びっくりしてます。)
「この時間にカナダから・・・?」とちょっと時間的に変なので知り合いに悪いことでも起こったのかと心配しながら出たら、28日に電話治療をしたFさんからだった。
「Fです」というFさんの声は明るかったので悪いことではないと直ぐ分かったが、続けて「痛みがなくなったのでお礼が言いたくて我慢できずに電話しました」と言ってもらったのでさらに一安心できた。
治療の次の日から何か変わった感じになり丁度一週間で痛みがなくなったということだった。
日本の病院でもカナダの病院でもとうこつ神経というのが不調とか麻痺の状態という診断が下されていた。
肺摘出の手術後自分で考えられたのだが、左側を下にしてず~っと寝ておられたということだったが、同じ姿勢からの圧迫からそうなられたというところだろう。
寝る時は輾転とするのがよい。
寝相が悪かったら貴方は健康といってもよい。
お礼の電話だったが、いつかもう一度してもらいたいとおっしゃるので、またメールで予約をしてもらうより今したほうが簡単だと思ったので、やることにした。
今度はさらに効いただろう。
私の体への反応だが、骨か筋が音を出して状態を変えていたからそう思う。
後は、前回Fさんに紹介した友人の治療院に行かれたら十分だと思う。
バンクーバーは午前6時。
早起きしていただいたんだろうと終わってから時間を割り出して思った。
2008年08月03日
肉体という服
昨日夏祭りでサンバを見ていて妻に話しかけた。
仏陀が瞑想してる時に、心をたぶらかすべく女性が出てきたらしいがこんな風な女性やったんやろかと。
仏陀はそれを無視して覚醒に至っていったわけだが、私なら負けるだろうな~と思いながら目の前で申し訳ない程度の衣装であらわに露出された大きな胸やお尻が、挑発的にくねくねぶるぶる震えるのを見ていた。
ある時点でふっと感じた。
何かが変わった。
肉体は神からの借り物とよく言われるが、ビールの酔いも手伝ったのか魂が肉体という機能的な服を選び動かしてるように思われた。
そういう例えは読んで知っていたが、感覚として始めて感じた。
その思いは特に胸の大きいダンサーを見たとき強くなり、この人はこの服を欲しくって選んだのだと強く意識した。
褐色の体の人は、その服がお気に入りだったに違いない。
そして自分は、この服が好きなんだろう、大事にしないといけないと思った。
その感じは今日も続いている。
脳のどこかあるいはチャクラが表面的なものに惑わされないように進化したのなら嬉しい。
仏陀が瞑想してる時に、心をたぶらかすべく女性が出てきたらしいがこんな風な女性やったんやろかと。
仏陀はそれを無視して覚醒に至っていったわけだが、私なら負けるだろうな~と思いながら目の前で申し訳ない程度の衣装であらわに露出された大きな胸やお尻が、挑発的にくねくねぶるぶる震えるのを見ていた。
ある時点でふっと感じた。
何かが変わった。
肉体は神からの借り物とよく言われるが、ビールの酔いも手伝ったのか魂が肉体という機能的な服を選び動かしてるように思われた。
そういう例えは読んで知っていたが、感覚として始めて感じた。
その思いは特に胸の大きいダンサーを見たとき強くなり、この人はこの服を欲しくって選んだのだと強く意識した。
褐色の体の人は、その服がお気に入りだったに違いない。
そして自分は、この服が好きなんだろう、大事にしないといけないと思った。
その感じは今日も続いている。
脳のどこかあるいはチャクラが表面的なものに惑わされないように進化したのなら嬉しい。
2008年08月03日
夏祭り
夕方から妻と湖南市の夏祭りに行ってきた。
着くなり中学時代の同級生に会い、ところてんを買わされた。
最初は貴生川の寿賀蔵の地ビールを飲むことから始めるつもりだったので予定が狂ったが、断っては9日にも会うので具合が悪い。
ところてんは夏見の名物ということらしいが、この地方の友達からもそんな話は聞いたことがなかった。
観光物産協会の会長に丁度出会ったので、その話をしたら東海道53次時代からところてんを売ってた店があったらしい。
へぇ~と思った。
そんな話より会長の肩越しにお目当ての地ビールが見えたので、ところてんはもうどうでもよくなった。
濃い色の方を頼み、つまみにスペアリブとフランクフルトを買った。
その近くで従兄弟が関係する団体が店を出してたので近づいたら先に向こうが見つけてくれチヂミを二パックおごってくれた。
それらを持って、サンバが始まる時間も近いのでステージの前の方に行き、しっかり腰を据えた。
お腹もすいてたので買ってきたのをがつがつ食べながら飲み、途中で妻が一回、その後自分でもう一回ビールを買いに行って都合三杯も飲んだらお腹が一杯になってしまった。
雰囲気でも。





着くなり中学時代の同級生に会い、ところてんを買わされた。
最初は貴生川の寿賀蔵の地ビールを飲むことから始めるつもりだったので予定が狂ったが、断っては9日にも会うので具合が悪い。
ところてんは夏見の名物ということらしいが、この地方の友達からもそんな話は聞いたことがなかった。
観光物産協会の会長に丁度出会ったので、その話をしたら東海道53次時代からところてんを売ってた店があったらしい。
へぇ~と思った。
そんな話より会長の肩越しにお目当ての地ビールが見えたので、ところてんはもうどうでもよくなった。
濃い色の方を頼み、つまみにスペアリブとフランクフルトを買った。
その近くで従兄弟が関係する団体が店を出してたので近づいたら先に向こうが見つけてくれチヂミを二パックおごってくれた。
それらを持って、サンバが始まる時間も近いのでステージの前の方に行き、しっかり腰を据えた。
お腹もすいてたので買ってきたのをがつがつ食べながら飲み、途中で妻が一回、その後自分でもう一回ビールを買いに行って都合三杯も飲んだらお腹が一杯になってしまった。
雰囲気でも。
2008年08月01日
カナダからの置物
昨日久しぶりに兄が鳩を捕まえるためトラップを設置した。
田に水がはってあるので餌が乏しいのだろう。
三羽も入った。
そうなると、早起きして放鳥に出かけることになる。
ということで、今朝は4時半に出発した。
早朝の匂いって独特のものがある。
深呼吸をして味わった。
日が短くなってきてるのだろう。
その時間でも、まだかなり暗い。
現地について放鳥のため鳩を捕まえてびっくり。
羽根が綺麗に切ってある。
三羽のうち二羽までがそうだった。
その仕事ぶりは我々の仕業のように思われた。
もし以前放鳥したのだとすると、どうも放鳥後しっかり生きていけるように思った優しさが、帰還ということを成し遂げさせたようだ。
風切羽を先2枚残してやったのだが、それが甘かったということになる。
それにしても、書いたとおりだったらすごいというしかない。
再放鳥するのが惜しいぐらいだった。
が、現実は1枚だけさらに切って離したのだが、それでも筋肉ができてるのかしっかり飛んでいた。
さらに今回驚いたことがあった。
残りの一羽が箱の中に卵を産んでいた。
掴んだタイミングとしてはよかったのだが、なにか割り切れない思いもある。
鶏の卵なら気にしないくせに、どういうことでしょう。
放鳥も終わり、景色を眺める余裕もできた。
太陽がうっすら雲の中から見えていて光が水面に映えて綺麗だと思い写真を撮ってきたら雲が顔のような感じに写っている。

どこかで見たような顔だと眺めていたらふっと思いついた。
カナダから持って帰った置物に似ている。
それはエスキモーが鯨の骨から作った代物で、私が氣を出してるイメージそのもの。
見るなり一目ぼれして買った。

エネルギーが来るように思いませんか。
それで、帰国後、弱った父がいつもいる部屋に置きました。
写真はたまたまそう写っただけでしょうし、似てることに意味を感じるのは考えすぎですが、それにしてもよく似てます。
田に水がはってあるので餌が乏しいのだろう。
三羽も入った。
そうなると、早起きして放鳥に出かけることになる。
ということで、今朝は4時半に出発した。
早朝の匂いって独特のものがある。
深呼吸をして味わった。
日が短くなってきてるのだろう。
その時間でも、まだかなり暗い。
現地について放鳥のため鳩を捕まえてびっくり。
羽根が綺麗に切ってある。
三羽のうち二羽までがそうだった。
その仕事ぶりは我々の仕業のように思われた。
もし以前放鳥したのだとすると、どうも放鳥後しっかり生きていけるように思った優しさが、帰還ということを成し遂げさせたようだ。
風切羽を先2枚残してやったのだが、それが甘かったということになる。
それにしても、書いたとおりだったらすごいというしかない。
再放鳥するのが惜しいぐらいだった。
が、現実は1枚だけさらに切って離したのだが、それでも筋肉ができてるのかしっかり飛んでいた。
さらに今回驚いたことがあった。
残りの一羽が箱の中に卵を産んでいた。
掴んだタイミングとしてはよかったのだが、なにか割り切れない思いもある。
鶏の卵なら気にしないくせに、どういうことでしょう。
放鳥も終わり、景色を眺める余裕もできた。
太陽がうっすら雲の中から見えていて光が水面に映えて綺麗だと思い写真を撮ってきたら雲が顔のような感じに写っている。
どこかで見たような顔だと眺めていたらふっと思いついた。
カナダから持って帰った置物に似ている。
それはエスキモーが鯨の骨から作った代物で、私が氣を出してるイメージそのもの。
見るなり一目ぼれして買った。
エネルギーが来るように思いませんか。
それで、帰国後、弱った父がいつもいる部屋に置きました。
写真はたまたまそう写っただけでしょうし、似てることに意味を感じるのは考えすぎですが、それにしてもよく似てます。
2008年07月31日
梅干
昨日干した後、梅酢にもう一度浸かってもらい今朝からまた干すため並べなおしたのが上の写真で、色付けの赤紫蘇もふりかけ「ゆかり」を作るため写真左上のように干してある。
3時過ぎから曇ってきたので、外出中の夕立が心配で今日はその時点で家の中に取り入れた。
明日もう一度干したら出来上がり。
割れ梅干を試しに口に入れたら、お~っ!酸っぱい、しょっからい。
頭がしゃんとした。
塩分は18%で作ってる。
梅干はこれくらいでなくっちゃと思うんだけど・・・
その後バンクーバーの肺癌のHさんから電話があって、田舎暮らしから一転治療。
この生活のギャップが面白い。
Hさんは、癌が小さくなって来ているということで9月まで制癌剤治療も休止になったらしい。
余命4ヶ月といわれたのが、右肺のはなくなり全滅に近い左肺のも小さくなってきているということだが、こんなこともあるんだと治療してるものがびっくりしている。
今日の治療では、これといって悪いところは感じなかったが、右腰の前面が縮んでいるように思った。
Hさんはゴルフが好きで今も調子が悪くっても行くような人だ。
それで、その場所に力が入って筋肉に無理をかけてると思われた。
それは、左肺か心臓位置に無理がかかる原因になるのかもしれないとHさんを治療し始めてから考えてるのだが、まだ結論は出ていない。
とりあえず、私の結論より結果の方が大事なので、少しでも筋肉の癖をとるため左利きの振りを勧めておいた。
脇腹下前の筋肉が原因でその反対側の肺への影響があるのかないのか興味深い。
身体って面白いですね。
2008年07月30日
墓掃除
今日からまた猛暑になるということが分かるような朝を迎えた。
それで、雨でのびのびになっていた梅干を干すことにした。
今年は昨年の2倍はあると思い義姉の竹ざるも借りてきていて準備は整っていた。
暫く妻と二人で仕事をしていたが、先日から兄に頼まれている墓掃除の時間になったので梅干の方は妻に頼んでお墓に行くことにした。
墓掃除といっても実家と新家の新家も含めた一族の私有墓地だから尋常ではない。
墓地の状態が分からないので使い分けるため草刈機を二台積み、掃除用の熊手、枝切バサミ、竹筒を打ち込む槌を車に積み込んでお墓に行った。
お墓までは昔は里道と呼ばれる道があったのだが、工場ができて里道がなくなった。
その代わり権利として工場がつけた進入路から入らせてもらう。
ゲートがあって工場の人はそれを開けるカードを持っている。
こちらはないのでゲートの手前にあるインターフォンで守衛所を呼び出し開けてもらって入る。
兄がすでに来ていて草刈機でがんがんやっていた。
こちらも、急いで草刈機に混合油を入れエンジンスタート。
熱射病が心配なので途中水分補給を二回したが、それから二時間刈り続けた。
そうこうしてる内に妻も来て参加した。
四人でやって2時間半ほどかかった。
午後用事があったので私達夫婦は先に失礼したが、兄夫婦は最後の仕上げにまだそれからも残っていた。
一族の墓地の写真です。
松くい虫でやられる前は大きな松の木があちこちにあり暗くて子供時分は不気味な感じでしたが、今は明るすぎて墓地らしく感じません。
所々に自然生えの松が大きくなってきたので死ぬまでには今一度昔と同じ雰囲気を味わえるかと楽しみにしています。


まだ場所があるので、今のところ死んだら小さな墓石が一個もらえます。
来年の掃除は交互なので新家の番。
無事当番が終わりかけてます。
それで、雨でのびのびになっていた梅干を干すことにした。
今年は昨年の2倍はあると思い義姉の竹ざるも借りてきていて準備は整っていた。
暫く妻と二人で仕事をしていたが、先日から兄に頼まれている墓掃除の時間になったので梅干の方は妻に頼んでお墓に行くことにした。
墓掃除といっても実家と新家の新家も含めた一族の私有墓地だから尋常ではない。
墓地の状態が分からないので使い分けるため草刈機を二台積み、掃除用の熊手、枝切バサミ、竹筒を打ち込む槌を車に積み込んでお墓に行った。
お墓までは昔は里道と呼ばれる道があったのだが、工場ができて里道がなくなった。
その代わり権利として工場がつけた進入路から入らせてもらう。
ゲートがあって工場の人はそれを開けるカードを持っている。
こちらはないのでゲートの手前にあるインターフォンで守衛所を呼び出し開けてもらって入る。
兄がすでに来ていて草刈機でがんがんやっていた。
こちらも、急いで草刈機に混合油を入れエンジンスタート。
熱射病が心配なので途中水分補給を二回したが、それから二時間刈り続けた。
そうこうしてる内に妻も来て参加した。
四人でやって2時間半ほどかかった。
午後用事があったので私達夫婦は先に失礼したが、兄夫婦は最後の仕上げにまだそれからも残っていた。
一族の墓地の写真です。
松くい虫でやられる前は大きな松の木があちこちにあり暗くて子供時分は不気味な感じでしたが、今は明るすぎて墓地らしく感じません。
所々に自然生えの松が大きくなってきたので死ぬまでには今一度昔と同じ雰囲気を味わえるかと楽しみにしています。
まだ場所があるので、今のところ死んだら小さな墓石が一個もらえます。
来年の掃除は交互なので新家の番。
無事当番が終わりかけてます。

