回想録

江龍武

2007年09月01日 14:58

昨日書いたようなことを、気で人を治すということに興味を持ってる人が読んで真似をすると危ないと思うのでESPでこの能力が発露するまでの過去のことも書いておきたい。とにかく70人も一日にするというのは異常なことでそれもやりだしてから3ヶ月足らずでは何か準備がなかったらできるものではないと今でも思っている。
無事名古屋空港から両親共々バンクーバーに行く機内での回想録と思って読んで欲しい。
私は子供のときは元気そうに見えるが虚弱だった。そんな私を心配した父は何か外で遊んで元気にならないかと投網を買ってくれたりしたのを覚えている。
当時、肉は高価な食材でいつでも手軽にというわけには行かなかった時代だ。肉のすき焼きが食べられるという時は同世代の子供は目を輝かしたものだが、私はどちらかというと食べたくなかった。あの油と砂糖の組み合わせが苦手だった。兄などは最初の油を引く塊を途中で上手いと食べていたが私にはとんでもないことだった。どうも膵臓の働きが悪いらしい。10年ほど前そんな話を友達にしたらそう指摘されて判った。今でも食べないことはないがすき焼きは自分から食べたいメニューではない。妻には脂肪の少ない安い赤みを私用に買ってきてくれるよう頼んでいる。ステーキは一年に2,3回食べてもいいと思う。これもオージービーフで充分だ。ステーキは砂糖を使わないから大丈夫なんだろう。
膵臓の働きが悪いことは、友達に指摘されて納得したのだが、そういわれてみると、20代半ばに簡単な人間ドックを受けたとき血糖値の下がり方がおかしかった。医者が再検査した方が良いと言ったが、その数値を見る前に、あんたのような若い者がこんな検査を受けるのは常識では考えられんというようなことを言ったので、医療に従事する者の意見としては理不尽だしいくら目上とはいえ生意気な医者だと頭にきていたものだから、放っておいた。
また、移民のときに健康診断があるのだが、それは問題がなかったようだ。それ以降カナダでお医者さんに殆ど行かなかったので調べていなかった。
昨年、糖尿ではないが、日本に帰ってから市の健康診断に行って血糖値の高いのを指摘された。生命保険の関係で血液検査をしたことはあるが、保険を断られるようなことはないので知らなかった。
健康診断は移民以来のことだ。妻があまりにも行かないので心配するものだから安心さす意味で行ったのだが、弱点を発見されてしまった。しかし判ったので注意できるし、また今年は健康診断に行かなかった。
そんな私だが、子供のときから按摩が上手いと言われていた。
大学の頃、指圧を考案したという浪越徳治郎がテレビに盛んに出ていたのを今でも多くの人が覚えているはずだ。「指圧の心は母心、押せば命の泉湧く」というあの有名なフレーズも忘れられない。とにかくよくテレビに出演されてたので、按摩上手は新たな技術に興味を持ち知らず知らず指圧の真似事をするようになった。
あるとき家業の取引先の奥さんが行ったら腰を痛めていた。旦那が指圧したってくれと言う。それまで指圧の真似事を肩が凝ると聞いたらしていたようだ。ただの真似事やし・・・と断ってみたが、とにかくしてみてくれの一点張り。根負けしてやったら即治ってしまった。これにはした私がびっくりした。
こんなこともあった。
高校の終わりごろ父が胆石で入院した。父は胆石と判るまで1,2年の間、何か分からずお腹を痛がっていた。そして同じ期間、私も何故かお腹を痛がったり下痢をしたりしていた。小さい頃から虚弱と思ってたので不快ではあるが、そういうこともあると思っていた。しかしあまりに続くのでお医者さんに行ったら肝臓値が悪く出た。なんか薬をもらった気がするが、父が治るまでそれは治らなかった。
こんなこともしていた。
結婚してからのことだが、日本に帰ったとき本屋で「仙道入門」という本を手に入れた。それから結構その本に書いてある気を回す練習をした。阿含宗の教祖、桐山靖雄の本も手に入れてそれも気の使い方の練習教本とした。
そんなことで気の感触というのは独学だが、少し分かっていた。と思う。
とにかく気の話が何故か好きだった。今思い出せるのはこれくらいだが、また思い出したとき書くことにするが、そういう経過があったのでなんとか日本で始めてすぐにあんなにもできたのだろう。ESPで開花するまでにかなりの年月の間、知らず知らず修行していたようだ。


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