準備
精神世界に関して読んだ本の中に、宗教法人GLAの創始者高橋信次氏の本がある。本の題は忘れたが、その中に書かれてあったことを実践している。修行とか教義を学ぶとかそんなものではない。
それは、高橋信次氏の臨死体験の場面で氏自身の体験だが、、会社のことや、支払いのことや、この現実の世界において関わっていることを処理できないもどかしさやそんな時のために準備をしておかなかった悔いのようなことが書かれていた。
それを読んでなるほどと思ったので、以来、死んでから私自身の魂が悶々としないように、後に残ったものが残務処理で困らないように出来るだけ準備しておくことにしている。
カナダでは遺書がないと夫婦間でも相続するのに手間取る。日本でもそうだが、死亡が分かると銀行口座は封鎖される。遺書がなかった場合、例えば夫が亡くなったとすると、相続の権利を持っている者が他にいないと証明できないといけないが、ないものを証明するのは難しい。特に内縁の妻がいるかもしれないということだろう。それで、勢い弁護士を雇うことになるがこれが高くつく。それに時間もかかる。上手くいくかどうかも定かではない。下手をすると国庫に入る。
日本人にとって遺書を作るのは今でこそ珍しいことではないが、まだまだ多くの人が作っていないのが現状だろう。カナダに住む日本人もその例外ではない。それで、書いたようなことが結構あるようだ。
私が、それを知ったのは日本から来られていた方のことで直接関わったからである。その方は、バンクーバーの大学に研究に来られていて、帰国後、日本で結婚されその後亡くなられたのだが、カナダ滞在中の銀行口座をなにかと将来も便利かとそのままにしておかれた。それで、日本にいる奥さんから預金の引き出しについて問い合わせがあったので、その銀行に出向いて事情を説明したら遺書が要るといわれた。遺書はないしどうしたものかと困っていたら、銀行のカードが見つかったとまた連絡があった。それを郵送してもらって引き出そうとしたら出せない。私が銀行に事情を説明した時点で口座が閉鎖されていて引き出せなくなったことを知った。亡くなった旨言ったことを思い出し、しまったと思ったが後の祭り。困って、家を買ったときお世話になった日本人の弁護士に相談したら、銀行に請願書を書いて掛け合ってくれ事なきを得たが、それは30万円ほどの小額だったから、まあいいか、という感じで銀行が出してくれたようだ。額が大きかったら責任問題になるので事はさほどに簡単にはいかないということだった。実際その弁護士さんが関わって一年がかりで何とか解決した話も聞いた。
それを知るまでは私もカナダでの遺書の大事さを知らなかったので、急いで店でお願いしている弁護士さんに作ってくれるよう頼みに行った。
それができてからは、夫婦二人して家を留守にする時は、遺書を預かってもらってる弁護士、店の会計士、生命保険、負債、預金など事細かに書き、机の上に誰にでも分かるように置いておいた。特に、日本に行く時などは、しっかり内容を確かめ変更するところはして飛行機に乗っていた。
遺書を作ったとき、死ぬということを現実問題として考えることになりちょっと寂しいというかはかないというのか変な感情が起こったが、反面なにか肩の荷が下りたように感じた。
日本に戻ってからはまだ作っていない。カナダのようなことはないので、作るのはそのうちでいいだろうと目先の出費を抑えている。その代わりとして、妻には洗いざらい言ってある。変更があったり忘れてるといけないと思ったとき確認しているが、書いとけば済むことだった。近々書くことにしよう。
妻には、大きなものは残せないが食べていくには充分だし、今のところは辛抱ばかり要求して申し訳ないと思っているが、そんな準備はしているということをご理解願い、金儲けにあくせくせずのんびり暮らさせてもらうことにしている。
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