また腰痛

江龍武

2011年10月18日 18:51

腰痛でこれといった働きができず、でもやっと椅子に座っても大丈夫なようなので久しぶりにブログを更新します。

私は林の中のような所に住んでいるのだが、沢山の松や雑木が立ち枯れになっている。
それで、台風が来ると小屋も含めて建屋に倒れてくるのが心配しながら過ごすことになる。
台風12号の時はひさしのようなスレート屋根が真っ二つになった。
それを直してもらってから2日後ぐらいに台風15号がこちらに向かって来るのが分かり張り直してもらったスレート屋根がまた壊れてはもったいないと周りの立ち枯れの雑木をチェインソーで切り倒した。
ついでに父が池見小屋のような建屋を作っていた周りにも少し高めの松とミモザが立ち枯れになっていたのでそれも切り倒して15号に備え安心していた。
もう一本その近くに高さ10メートルは優に超える立ち枯れの松があったがそれはちょっと手強そうだし、その時は12号の時も大丈夫だったからということにして手をつけないことにした。
これを倒すには長いロープがいるから兄に借りてからと考えていたが、本音は、まだまだそれを思った方向に倒す自信がなかったというのが正直なところだ。
カナダで庭の木を切ったときすんでの所で家を潰すかもしれないというような事態になった経験があり木が倒れる方向を見極めるのは難しい。
15号の後始末でお二人が木の下敷きになって亡くなられたニュースもあったぐらい木を倒すのは素人には難しい。
15号が過ぎその前に倒した木を短く切っていたら小さいチェインソーに修理が必要になった。
それが直るのを待ってついでに少し大きめのチェインソーの刃があまりにちびってたのでそれも取り寄せてもらったら懸案のその高い枯れ木はともかくとしてチェインソー仕事を俄然やる気になった。
まずは畑に影を落とし、一生懸命虫取りをして食べる日を夢見て作っている無農薬の白菜の生長を妨げている、細いが高い雑木を切ることにした。
これはロープがなくても簡単に思ったほうに倒せた。
チェインソー仕事を連日すると体に良くないと思い一日置いて、今度はちょっと難しいが手すりの上に枝が出ているそう高くもない松の枯れ木と小道に横倒しになっている松を切った。
今回はロープを使ったが、思った方向にどんぴしゃで倒せた。
なんだか自信が出てきたので例の高い枯れた松も、倒れてほしい方向にどう見ても傾いてるし思った方向に倒せるだろうと思い出した。
その日は思っただけだったが、その後チェインソーオイルの小分けにしてあるのがなくなったので、また小分けにするため取りに行った場所で長いロープを見つけた時点で腹は決まった。
在庫ぐらいしっかり把握してるべきだが、父が人に働いてもらってたときその人たちが使っていた道具をしまっている所に必要なときに見に行くだけだから頭に入っていなかった。
そして10月7日ついに決行することにした。
妻に梯子を押さえてもらい下から5メートルぐらいにロープを括りつけその端を倒したい方向の20メートルほど先にある太い松に結びつけた。
逆に倒れたらこんなものでは防ぎようがないがそれは万が一にもないと思えた。
倒れる際に少し引っ張ってくれるように妻に頼んで少し緊張しながらまず横にチェインソーを入れた。
もう止められない。
地表から80センチぐらい上に入れだしたが幹はかなり太い。
その太さにちょっと不安になりながら今度は斜めにチェインソーを入れ切り倒す準備は整った。
サァー倒すぞー!と一言妻に声をかけ、思い通りにこけてくれと願いながら反対側からチェインソーを入れたら思った方向にメシッと音を出しながら動き出したので、逃げろと言いながら自分も逃げた。
本当に思った方向に倒れ二人で思わず拍手。
心底ホッとした。
それからも近くの高さ3メートルほどのツゲの木の上に倒したのでそこから落とすのに苦心したが3メートルほどに切って地面に横たえやっと一息つくことができた。
ここまでは自慢したいほど上手くいったが、腰痛はこの後始末で起こることになる。
7日はそれで終わり、8日は田に長いままで残してもらった藁を集めに行き、9日は親戚の法事で飲み10日は商工会の視察旅行で高山まで行き飲み、倒した松を短く切る作業は12日にした。
商工会の旅行のとき兄にあの松を倒したと言ったら、割り木に使えるか?と訊いたので表面が腐ってぼろぼろやけど芯はしっかりしてるみたいで使えるやろうと答えていた。
実家ではお正月のもち米を蒸すのにカマドを使うので少しだが割り木がいる。
それに春になると竹の子を茹でるのにも要る。
そんなこともあって12日まず30センチほどに短く切った後、斧を持ち出し試しに割ってみた。
最初は試すだけだったが、肩の力を抜いて当たるときに最大のインパクトを加えるようにと斧の使い方を練習したら全部してしまえという気になりしんどいながらもやり遂げた。
薪割りをし過ぎたからだろう、案の定あくる日13日朝から腰が痛かったが、雨が来るという予報だったのと芋蔓を昆布と炊きたいから買ってきてくれと母が妻に頼んでいたのを畑にあるからと止めていたのでサツマイモを掘ることにした。
腰にバラコンバンド(生ゴムチューブ)をして痛がりながらサツマイモを掘り出したのも悪かった。
15日にある近くの会社の秋祭りに招待された兄が昨年同様誘ってくれ昨年結構飲んだので体をいたわる意味もあり、腰も痛いことだし早く直るようにと13日の晩から飲まないようにして養生しだした。
それでも14日は朝から腰痛がさらにひどくなり到底畑仕事はできないが手は動くからと先日拾っておいた山栗で渋皮煮を作ろうと妻が洋裁を習いに行ってる間鬼皮を剥いていた。
夕方になると少し体がスムーズに動くのでこれなら明日は大丈夫かと思っていた。
ところが、15日朝トイレに行って、寝ぼけてるときとか酔っ払っているときは万が一のことがないように男便所を使わずに便座に座って用を足すことにしてるが、座るなりビキッと痛みがきて耐えることは到底不可能に思えすぐ立ち上がり寝室に戻ろうとしたが足が前に出せない感じでトイレの戸の所で掴まって立ちすくむしかなかった。
妻を呼び、肩を貸してもらったり父用につけた手すりを持ったりしながらほうほうの体で何とか布団の上に転がることになった。
トイレに行っても座れないならできるだけ行かないようにしないといけないし、それには食べないことだと思った。
腰痛には断食がよく効くと信じているし試してもいたので、今回は食べずは当然として飲むのもできるだけ押さえひたすら寝ることにした。
動物ならこうするしかないと思いながら寝ていた。
13日から体をいたわっていたのも良かった。
アルコールを抜いた翌日翌々日はトイレによく行くものだがそれがなかったので助かった。
夕方一回行って夜無理やり一回行ったが、それはそれは苦行でこれまた父が使っていた歩行補助具のアルミのパイプで四足になってるものを使い妻の肩も借り手すりを持ってなぜか横歩きの方が楽なので横にヨチヨチと伝い歩きをしながらトイレに行った。
立って用をたすしかないがその立つことすら痛いので妻に後ろから抱えてもらってするしかない。
帰りも同じようにヨチヨチと戻るのだが、時々襲う激痛にじわっと脂汗がでる。
布団の上に寝転ぶのも大変でしゃがめないので最後は体をどたっと投げ出して倒れこんだらついグウェッというような変な声が出るほどの激痛が走り軟骨から変な音がしたようで椎間板をやったかなと思ったほどだった。
そんなあまりの痛みもあって疲れたのか昼も寝てるのに夜もよく寝た。
水は朝からコップに1杯弱しか飲まなかった。
喉も渇かないしお腹もすかなかった。
翌日16日は朝から少しだけ歩くのがマシになった。
痛みも少しだけだがマシになり妻の介助がなくても一人で立って用をたすことができた。
トイレに行ってる間に妻がこれまた父が使った折りたたみのベッドをしつらえてくれたので寝転ぶのが楽になった。
この日も夕方まで食べずで水分も栄養補給にと妻が玄米スープを作ってくれたが口を湿らす程度しか取らずひたすら寝ていた。
妻は前からその日友達と京都で会食することになっていてキャンセルしようかと悩んでいたが、飲んでないし食べてもいないのでトイレに行くこともないし大丈夫だからと言って行ってもらった。
その代わり昼過ぎ母がトイレを心配して来たが本当に行きたくないから静かにしておいてほしいと言って転がっていた。
テレビをつけてみたが音も光もこういう時は応える感じでどちらかというと暗くして寝ている方が楽だった。
妻が帰ってきて夕食にりんごを擂ったのはどう?と訊いたので食べることにした。
少しりんごが酸いからと蜂蜜を加えてくれたのをちょっと食べたが、この日も水分はコップ1.5杯ほどだった。
17日朝はずいぶんと歩けるようになった。
歩行介助具を持ってるよりないほうが歩きやすいと思えるようになった。
しかしまだ油断大敵だと思い午前中はベッドの上でおとなしくしていた。
あまり断食を続けると復食が大変なのでベッドの端にも何とか座れるからトイレの大の方も何とかできそうに思え、朝は3分粥を茶碗に半分ほど食べることにした。
昼はさらに歩けるので台所まで行って茶碗に七分目ほどの3分粥を食べた。
夕食も大き目の茶碗に3分粥を1杯とちょっとだけお惣菜を口にした。
昼食後はリハビリもかねて少し歩こうと畑に水遣りがてら行ったりもし、妻も来てくれたので長いこと見ていない白菜の虫を見ることにしたら見つけると見過ごすわけにはいかないので妻に要領を教えながら捕ってもらうことにしたが、やはり初心者には見つけることかなわずのようなのがいてついついしゃがんで捕ったりしてしまった。
それで、今朝はまた悪化するかと心配していたがさらによくなって、食事も量は少なくしたもののいつものように戻し、昼は固めのお粥にしたものの少し大きめでいただいた。
昨日はコンピューター前に座って短いメールを書くのがやっとだったが今日は読んでもらうにはどうでもいいほどの内容をくどくどと長く書いても大丈夫で、妻に手伝ってもらいながらも栗拾いも野菜の虫取りも高枝切を使ってアケビの実までも採ったりした。
トイレも昨日から食べだしたら正直なもので今朝便意があって無事出した。
まだなんとなく違和感があるもののもう大丈夫なようだ。

と言うような顛末でした。
私の記録にと書きましたが最後まで読んでくださった方ありがとうございました。


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