2008年01月14日
義母の誕生日
今日は、妻のお母さんの84歳の誕生日。大津まで、お祝いに行ってきた。
行きしなにお花屋さんに寄って、赤い四季咲きベゴニアを買って持っていった。
花を贈ることはカナダでは日常的なことで、需要があるのだろう、街角のグローサリーでも手軽に買える。
日本はそこまでの需要はないように感じている。
男性が女性に花を贈るというのもあまりないようで、日本の女性に花をあげると喜ばれるはずだが、日本の若い男性諸君はこの簡単なテクニックを何故か使わない。
そんな話はともかくとして、毎年、誕生日のお祝いは、変なことだがお母さんが自分で琵琶湖ホテルの日本食に招待してくれていたが、今年は、今晩私の都合が悪いので昼食を一緒にすることで済ましてもらうことにしていた。
本来なら会席なみの食事といきたいのだが、これまた昨日から私のお腹の動きが悪く、申し訳ないが、鶴木のそばにしてもらった。
安いからというわけでもないだろうが、今年は妻が、私がおごる、と言ってお母さんを驚かせていた。普通の家庭のやり方になっただけだが、大きい転換点なのかもしれない。
帰国してから、経済的には我慢とか忍耐という言葉しかないようなことだった。それももう少しのところまでこぎつけた。
一度築き上げた生活を捨て、生まれた国とはいえ、もう一度築くのは容易なことではない。
妻にも経済的に忍耐を強いていたので自分サイドの方には心を抑えていたのだろう。
理解してもらってるとは思うが、申し訳ないことだった。
食事がすんで、お母さんのスーパーの買い物に付き合ってたら、お母さんがカラオケに行こうと言い出した。
そういわれてみると、毎年食事の後はカラオケに行っていた。
それで、いつも行く浜大津のアーカスで歌うことになった。
昼というのに、今日は成人式と祝日のせいか、駐車場も空き待ち、カラオケルームも待たされた。
3人でココアを飲みながら一時間ほど歌い続けた。久しぶりにアルコール抜きで歌った。おかげで喉も荒れなかった。
遊んでもらっているという気持ちがあるのだろう、カラオケ代はお母さんが払った。妻も今回は当然のような顔でいる。大きい転換点でもなかったようだ。
行きしなにお花屋さんに寄って、赤い四季咲きベゴニアを買って持っていった。
花を贈ることはカナダでは日常的なことで、需要があるのだろう、街角のグローサリーでも手軽に買える。
日本はそこまでの需要はないように感じている。
男性が女性に花を贈るというのもあまりないようで、日本の女性に花をあげると喜ばれるはずだが、日本の若い男性諸君はこの簡単なテクニックを何故か使わない。
そんな話はともかくとして、毎年、誕生日のお祝いは、変なことだがお母さんが自分で琵琶湖ホテルの日本食に招待してくれていたが、今年は、今晩私の都合が悪いので昼食を一緒にすることで済ましてもらうことにしていた。
本来なら会席なみの食事といきたいのだが、これまた昨日から私のお腹の動きが悪く、申し訳ないが、鶴木のそばにしてもらった。
安いからというわけでもないだろうが、今年は妻が、私がおごる、と言ってお母さんを驚かせていた。普通の家庭のやり方になっただけだが、大きい転換点なのかもしれない。
帰国してから、経済的には我慢とか忍耐という言葉しかないようなことだった。それももう少しのところまでこぎつけた。
一度築き上げた生活を捨て、生まれた国とはいえ、もう一度築くのは容易なことではない。
妻にも経済的に忍耐を強いていたので自分サイドの方には心を抑えていたのだろう。
理解してもらってるとは思うが、申し訳ないことだった。
食事がすんで、お母さんのスーパーの買い物に付き合ってたら、お母さんがカラオケに行こうと言い出した。
そういわれてみると、毎年食事の後はカラオケに行っていた。
それで、いつも行く浜大津のアーカスで歌うことになった。
昼というのに、今日は成人式と祝日のせいか、駐車場も空き待ち、カラオケルームも待たされた。
3人でココアを飲みながら一時間ほど歌い続けた。久しぶりにアルコール抜きで歌った。おかげで喉も荒れなかった。
遊んでもらっているという気持ちがあるのだろう、カラオケ代はお母さんが払った。妻も今回は当然のような顔でいる。大きい転換点でもなかったようだ。
Posted by江龍武at19:23
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